第186話・越前朝倉家の反応。


 永禄六年十一月初旬 越前一乗谷 朝倉義景


「なんだとー、それはまことか!」


「はい。当主の義治が忠臣の後藤を謀殺、それを知った家臣の殆どが叛旗を上げて六角家は崩壊、その隙に山中が兵を入れて国を盗んだようで御座りまする」


「なんと、三好の陪臣でどこの馬の骨か解らぬ山中如きが近江を取ったのか!!」


「左様で御座います。山中は六角領に接していますれば、六角家の動揺を突いて兵を入れるのは造作も無きことでありましょうな」


「うぬぬぬぬ…浅井はどうした? 浅井も六角とは領地を接しておろう。その上に日頃から虎視眈々と六角領を狙っていた筈だ」


「浅井殿も勿論、兵を集めて出陣しております。浅井の大軍は、そのまま南進して六角領に雪崩れ込むと思える動きであったと聞いております。ところが佐和山を前に突如東に転進して、一気に西美濃を切り取った模様で御座る」


「おう、さすがに父親から家督を奪った夜叉丸よ。なかなかやりおる。だが大軍を興しながら何故美濃に転進したな?」


「はっ、南近江に進軍した山中隊は、佐和山城の北に五千兵で陣城を構築中との事です。おそらく浅井長政殿は、この陣城は浅井軍だけでは崩せぬと判断した様で御座る」


 ふむ、佐和山近辺は狭隘な所だ。そこを塞ぐように陣城を築けば、少々の軍勢では通れぬな。五千兵の籠もる陣城か、攻めるのには最低二万は必要か、成る程浅井軍だけでは手に余るな…



「ならば近江は朝倉が手に入れよう。大至急、兵を集めよ。一万兵で良い、足らぬ分は浅井に出させる!」


「殿、お待ち下され。すぐに雪が降りまする。今進軍すれば雪溶けまで戻る事は出来ませぬぞ」


「そのような事は分かっておるわ。だが時は敵の味方で我らには不利となるのだ、近江の態勢が整わぬ今が絶好の攻め時だ。雪解けまで待てば近江国人衆を取り込んだ山中の兵力は倍増する。南近江を取るのは、今しか無いのだ」


「…分かり申した。だが一万の兵と兵糧を集めるのに二十日は掛りまするぞ」


「二十日か、ぐぬぬぬぬ…」


 最早十一月だ。二十日も掛れば雪が降るかも知れぬ。雪が降れば我ら五ヶ月は動けぬ。逆に五ヶ月もあれば南近江の態勢が整うだろう。そうなれば朝倉の精兵といえども一万や二万兵では、山中の追放は難しいのだ。

 老臣どもは、それが分からぬのか!


 しかし皆から信頼されている老臣を外すのは拙い、歯がゆい限りじゃ。

何とか出陣を早める方法はないか……




 五日後


「高橋、鳥居、もう待っておれぬ。今いる兵だけで明日進発する。先陣は真柄、後陣は魚住、総大将は儂だ。このこと皆に伝えよ」

「畏まりました」


「後続が集り次第に山崎が率いて合流するように伝えよ」

「はっ」


集っていた一千兵で一乗谷を進発した。近江を取る千載一遇の機会だと思えば、いたずらに時を逃すのは耐えられぬ。儂が先発すれば老臣どもも本腰を入れて働くだろう。

 農閑期の今、兵が集るのが遅すぎる。降雪を怖れた重臣どもが、わざと時間を掛けているのに違いないのだ。


 当主が先発すれば、残りの兵も慌てて追ってくるはずだ。それに敦賀で五百の兵を合流させれば一千五百の兵となる。武田と浅井からも兵を出して貰おう。


「鳥居、浅井に使者に立て。南近江は朝倉が取る故に、一万の兵で先払いせよとな」

「はっ!」


「それに早馬だ。景鏡に五百兵を用意せよと。それに若狭武田に援軍三千を頼め」

「承知!」



将軍家より再三の上洛命を断る儂の身にもなってみよ。このままでは御傍衆の地位を剥奪されるぞ。そうなれば世間の物笑いの種にされてしまうのだ…




十一月中旬 敦賀 朝倉景鏡


 一乗谷から殿が出陣したという先触れが来た。そして敦賀では兵五百を率いて某も従えという有難い仰せである。


五百兵と言えば敦賀の全軍である。若狭の武田が親族とはいえ国人衆が離反していて纏ってはおらぬ、その指示は軽率すぎる。敦賀が空である事を知れば、国吉城の粟屋が攻め込んでこぬとも限らぬのにな…


 それに相手にする山中家の事をどうも良く知らぬようだ。目の前の海を強力な武装した船が行き交っているのにな…

 湊に伝わる噂では、日の本一円どころか南蛮交易もこなすという山中水軍は圧倒的な力を持っているらしい。それも山中国の一面だ、陸にいる軍はそれを上回る力を持つだろう。そうで無いと六角領を呆気なくもぎ取ることなど出来ぬ。越前・朝倉が総力をあげても敵う相手では無いのだ。


 まあ良い。儂は精兵と共に敦賀に残る。出兵する部隊の半数は徴収した民兵だ。義景が強力な山中軍と激闘して討死すれば、朝倉家は某が掌握する。阿呆の家臣などやってられぬからな…



「これは義景殿、三日後と聞いておりましたが、もうお越しですか」


「景鏡殿、近江を取る千載一遇の機会なのだ。支度する年寄りの気長さに付合ってはおれぬでな」

「…成る程、ですがこの軍勢で、近江を取れますかな?」


「足らぬ分は浅井と武田に出兵を命じてある、それに後続九千が越前から駆け付けて来る。合わせて二万四千五百だ」

「ほう、それは大軍ですな。ところで肝心の近江山中の事は調べておいでですな?」


「三好の陪臣に過ぎぬどこぞの馬の骨の事など知らぬわ。有無を言わせず蹴散らせば仕舞じゃ」


 …正気か、敦賀でもあれ程流れてくるとんでもない噂を聞いていないのか。


「見れば鏘々たる武将が揃っていなさる。万が一のことを考えて、某は敦賀を固めておりまする。殿のご武運を」


「そのような必要は無かろうが、…では頼む」

「承知」


 浅井が西美濃を取った事は知っている様だな。それにしても命じたとは、浅井が朝倉に迫る勢力になった事まで思いつかぬか。それで無くとも浅井と朝倉は主従関係になった事は今まで一度も無かろうに…


 それに五日待って集ったのが朝倉二万の軍勢の内、たった一千とはな。それでこの自信はいったい何なのだ?


 この分ではどうやら、朝倉隊は惨敗か壊滅は確実なようだな。次ぎに来るのは儂の時代だ。

 さてと、気長な年寄りどもの取り込みを始めようかの。


 ふぁっはっは。

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