第184話・織田と将軍家。


 十月中旬 小牧山城 織田信長


「殿、浅井が美濃に攻め入りましたぞ!」


「なにぃ、どう言う事だ?」


「はい、物見の報告によれば、浅井が大軍を催して不破の関を越えて西美濃に雪崩れ込んだのが五日前のことだと」


「それで、どうなったな?」


「美濃勢は突然の事に兵が集らぬままにこれを迎えて討って散々に敗れたそうで御座います。浅井勢はその勢いで大垣城と曽根城を囲み猛攻を加えて、氏家と稲葉は支えきらずについに浅井に降伏したと」


「なんと・・・・・・」


 浅井が大軍を起こしたのを何故美濃衆は気付かなかったのか。

それに浅井は南近江進出を狙っていたはずだ。六角に後を見せて美濃を攻める事は考え難い・・・ひょっとして六角に何かあったのか?


 それにしても氏家と稲葉が浅井方になれば、揖斐川西岸の大部分は浅井領になったと言う訳か。我らがここ小牧山に居城を移して、これから美濃攻めを行なおうという時だ。まずは西美濃を抑え浅井と同盟して背後を固めて、美濃を切り取ろうとしていた矢先だ。


 これは由々しき事態だぞ、方針転換をせざるを得ないな・・・・・・


「他の西美濃衆はどうなったな?」


「垂井の竹中は菩提山城に籠城、北方の安藤は揖斐川東岸に兵を集めております」


「で・あるか。ところで六角の情報は無いのか、甲賀衆はどうしたな?」

「はっ。それが、甲賀衆からの繋ぎが絶えておりまして・・・」


 …解せぬ。甲賀衆は並の者とは違う、報告することがあれば、山を川を越えてあらゆる方法で知らせに来る筈だ。今来なければならぬ、こういう時のためにき奴らを飼っているのだ。それが何故絶えておるのだ……


「もっと人をやれ、あらゆる方面から近江を・六角を探れ!」

「ははっ!!」



 情報が集ってきたのは翌日だ。


「事の始まりは、六角義治が重臣の後藤を騙し討ちした事で御座います。それに家臣らが一斉に反発して叛旗を上げました。そこへ後藤の弟・北勢の千種が山中隊を率いて駆け付け、それに呼応して東海道・五僧街道から山中の大軍が雪崩れ込んだ様で御座いまする」


「何時のことだ?」

「騒動は今月の一日、山中隊の侵入は翌二日と」


「大軍とは?」

「聞き込んだ話を合わせると、北勢勢一千五百、東海道五千、五僧街道五千との事で御座いまする」


「…なんと! どこの隊か分かるか?」

「それは分かりかねまするが、部隊長の名は解っておりまする」


「申せ!」

「はっ。五僧街道の部隊長は、山中隊中隊長の藤内殿、東海道は大隊長の北村殿で、こちらが近江に侵攻した山中隊本隊のようです」


 解せぬ。

藤内は五條で北村は紀湊の栗栖城に居たはずだ。まさか、一晩で動いたのか、いや、やはりこうなることを事前に読んでいたのだな。山中は恐ろしい男だ……


「美濃に侵攻する。すぐに一万の兵を集めて出陣せよ。と言えば何日掛るか?」

「はっ、早馬を出して兵糧と武具の準備、集って来た兵を編成して……急げば何とか三日・四日で出陣可能かと」


「…であるな」

「…」


「殿、浅井との同盟はどう致しましょう?」

「続けよ、急ぐのだ。勢力の増した浅井を敵に回す訳には行かぬ」


「ですが、西美濃を加えた浅井は我らに比肩する領国になり申した。当初の予定と違って同盟は対等なものに成らざるを得ませぬが…」


「構わぬ、同盟に違いは無い、お市を嫁入りさせよ。それから美濃の様子を探るのだ、隙あらば攻め入る。東美濃と飛騨・木曽調べよ」

「はっ」



 だが、美濃は西美濃に兵を出すどころか尾張領をさらに警戒しており、織田軍の付けいる隙は無かった。




京 御所 足利義輝


「上様、六角義治殿が来られておりまする」


「む・・・、今どこに?」

「某の屋敷に留めておりまする。相当なお疲れと見えて、くたびれ果てて見るも無惨なご様子で・・・」


「左様か。滞在を断ることは出来ぬのだろうな…」


「それは成りませぬぞ。義治殿は上様の御傍衆であり、過日の近江落ちでは我らが大層世話になり申した、ここで彼の者を放逐すれば武士の頭領として取り返しの付かない汚点となり申す」


「分かっておる。だがの、義治は佐々木越中のところに居たのでは無かったのか」


「佐々木越中殿のところには、承禎殿が居られて早々に出立した様で……」


 承禎どのは、大六角を潰した不心得者を追放したか…

いっそその場で自決させるなり手打ちにするなりすれば良かったのだ。なれば余の手を煩わせることも無かったろうに……


それにしても厄介な者が転がり込んできたな。この事を知った松永は、三好はどう出るか、具合の悪い三好はもうしばらくの辛抱だな……



「松永殿から、具合悪くしばらく大和で療養するという報告がありました」

「左様か…」


 松永もやはり六角の者とは会いたくないか。さもあろう、先年には激しく戦い双方で亡くなった者は数百にも及ぶのだ。不倶戴天の敵と言う訳だ。


 それにしても、松永がおらぬと不便だな。六角が滅んだ今となっては、三好のあとに頼みにするのは松永しかおらぬというのにな…

 替りに山中はどうだ、余の後ろ盾になってくれぬかのう…。松永の麾下であるからと断わられるであろうな。


毛利・大友はまだか、和睦をしたのだ、そろそろ上京して三好を追い払ってくれぬかのう…

それとも越後の長尾か、関東の北条はどうであろうか…、武田も有望だな、尾張の織田もなかなかの者だと思う。


…いやいやそれよりも越前の朝倉だ。最も近くて六角ほどの勢力を持っているのに何故来ぬ。急ぎ上洛して三好を駆逐するように再度命じよう。

念のために大友・毛利・長尾・北条・武田にも書状を送ろう。三好が弱っている今こそが、上洛の機会だと上洛して余を助けよと。



永禄六年十月下旬 清水山城 高島広高(佐々木越中)


 近江湖西の高島郡、安曇川の流れる豊かな土地である。ここを名門佐々木四家のひとつ高島氏が支配していた。一族である田中、山崎、横山、能登、永田、朽木と共に高島七頭と呼ばれ総領の高島氏は代々佐々木越中守と名乗っていた。


 ところが北近江の浅井氏の台頭、特に野良田の戦い以降は浅井氏の攻勢に押されっぱなしの状態であった。先の小競り合いでも相当な被害が出て戦力は著しく低下している。

さらに先日の浅井の大軍動くの報を受けてから高島七頭は、まさに滅亡の秒読み状態であった。先代六角当主の承禎、さらに義治が避難してきて京に移っていった。その事に六角家の滅亡をじかに感じて戦々恐々ながら清水山城に集って善後策を協議していた。



「越中殿、浅井が西美濃を手に入れて領土が倍増しては、もはや我らで対抗するのは無理で御座いまする」


「山崎殿、ならばあれほど戦った浅井に降れと申されるか!」


「いやいや、さにあらず。兵を殺し殺された浅井とでは、何かとやりづろう御座る。ここは山中に降るべしと存ずる」


「しかし、山中に臣従すると領地は召し上げられて、城は破却で御座るぞ」

「そうだ。それに某は耐えきれぬ」



「では山中と戦いまするか、浅井でも対抗出来ぬのに山中はその比では御座らぬぞ」


「木浜城では倍の兵が瞬く間に蹴散らされたという…」

「戦上手の六角にいた永田でも、山中は恐ろしい強さだと言うておった…」


「その上に弓だの火縄だのは数え切れねえ位持っておると…」

「倍の六角勢に半数で挑むのに、それを持たずに来たと・・・」


「噂では、山中の治政は素晴らしいと言うぞ」

「それは儂も聞いた。なんでも軍役が無く、開墾だの水路だのを兵士に行なわせる手厚い施策だそうだ」

「現に南近江では野洲川の大改修が行なわれると言う。どこの民も山中の治政を熱望しているそうだ」


「…浅井に降れず山中にも到底対抗出来ぬのなら、臣従するしか無かろう」

「ああ、浅井が駄目なら山中しかねえな…」

「…だな。領地没収も仕方あるまい。このままでは我らが滅亡する瀬戸際なのだ」


 こうして我らは山中家に臣従する腹が決まった。

善は急げと、山中家に送る使者を誰にするかと言う話が始まった。


「相手は二百万石を越える大大名家だ。生半可な者ではいけませぬぞ」

「左様、かといってこちらにおる者は限られておる…」

「むむむ…」




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