第183話・南近江の復興。


とある籠城兵の会話。


「蒲生様が山中家に降ったとは、ほんまかや?」

「そっだ。御次男の青地様もそれに習っただよ」

「ほな、三上様は?」

「三上様の話は聞かねえで、そのまんまでねえか」


「三上山は山中の陣城の真ん前だ。さぞかし生きている心許はねえだろうな」

「うんだ。陣城は途轍もなく大きいらしいからな、蛇に睨まれた蛙って心持ちだろうな・・・」



「ところで山中は、新兵の募集をおっ始めたらしいな」

「ああ、皆こぞって登録しているらしい・・・」

「枠があるのけ?」


「そりゃああるさ。何でも前より少ねえらしいぞ」

「そんなら、早く行かねえと・・・」

「この砦からも抜け出して行っているらしいぞ」


「・・・それで人が減っているのか」

「隠岐やら岩室らが居なくなったのは、それだか?」

「・・・ったく、甲賀者は信用出来ねえな」


「ところで・」

「なんだ?」

「おららここに籠もって、何を待っているだ?」


「ええっと・・・・・・」

「そんな事知るかよ」

「・・・」

「…」




十月八日 近江三上城 三上恒安


「三上殿、山中の殿が近江の発展のために力を貸して欲しいと言われておりまする」


と言う千種殿に一片の驕りも感じられない。

 木浜城に籠もった新藤殿ら四千が半数の山中隊に一揉みに押し潰されたのが一昨日、昨日は蒲生殿が臣従してそれに静観していた国人衆が次々と続いた。

 某のところに鎮圧の兵が来るのは何時かと思っていたのだ。だが、来たのは山中家の使者・千種殿だった。後藤家と親しい某は千種殿とも親しい間柄だ。


「近江の発展の為か、山中家の発展の為では無いのか」

「左様、近江の発展は山中家の発展でもありまするが三上殿、それに不服がお有りでしょうか」


「・・・いや、それは当然の事であったな。忘れてくれ。民を大事にする山中殿の治政を手伝えるのならば、喜んで臣従致そう」


「忝い。民の明るい笑顔が弾ける世になった時には飲み交わしましょうぞ」

「民の笑顔が弾ける世か、そのような時が来るだろうか?」


「来ますとも。現に今の大和や紀伊がそうですから」

「ならば、その時には」


「はい。必ず」




永禄六年十月中旬 木浜城 山中勇三郎


蒲生が臣従してくると、静観組も次々と臣従して来た。そしてふと気付けば、方々の城塞に籠城していた元六角家の者達は消え去っていた(^0^)


大和から派遣された大勢の内政の者が続々と入って来ていて、南近江の復興が始まっている。まずは新兵を集めての一大普請だ。水害の多い野洲川の付け替え、溜池や水路の整備、そして道の整備など二万人規模の普請が始まろうとしていた。

なお、この近江からは動員兵を少なくしている。以前は三十石に一人の割合だったが五十石に一人、一万石で二百人の動員にした。

領国を拡げるにつれて増えてゆく軍事力は更なる領土拡大を求めるという一面がある。増えた軍事力を維持する為に他国に攻め込むという悪循環になりかねぬのだ。それで失敗している歴史を俺は知っている。


全体の様子を見るために、湖畔の木浜城に移っていた。淡海の中でも有数の湊があるここは船を使っての交易や移動に便利な所だ。穏やかな静水と活気がある町、そして対岸に見える雄大な比良の山々など景観もゆったりとしている。つまり、こぢんまりとしたこの城は、なかなかに居心地が良いのだ。



「殿、永平寺はだいぶごねましたが武装放棄することを承知致しました。だが石山寺は比叡山との闘争があり武装を解けないと申しておりまする」


 寺社との折衝に当たってくれていた宗智どのが、困った顔で報告する。百済寺や金剛輪寺などを説得して、だいぶごねる永平寺に対しては、かなり脅したと聞く。さすがは前の大領主だ、並の出家とは貫禄が違う。


宗智を頼りにして良かったわ。俺だと頭にきて焼き討ちをしかねないからな・・・。いや、俺は信長君とは違う、きっと、たぶん円満に解決出来ただろう・・・と思いたい。

でもね。比叡山の堕落ぶりはとんでもない。とても仏道求道の場所とは思えぬ性悪さだ。それでも女子供まで焼き殺したりするのは行き過ぎだがな。



「・・・ところで石山寺は六角家の支配下にあったか?」


「いいえ。敵対してはおりませぬが大津との堺にあり、独立した寺門でどちらかと言えば将軍家寄りの勢力でした」


 石山寺と比叡山は何度も激しく衝突している犬猿の仲だ。そう簡単には武力を手放せないだろう。それに大津には狭いエリアに圓城寺・日吉大社・比叡山などの一大宗教勢力がひしめき合っている厄介な地域だ。それらに関わりたくないな・・・・・・


「ならば山中国は瀬田川を境界として定めよう。石山寺には構うまい。宗智どのご苦労であったな、充分な成果だ。しばらくはゆっくりとして寺社の様子を監察していてくれぬか」

「承知」



「大将、甚左衛門どのの手の者が来ておりますぞ」

「そうか、通してくれ」


「報告致します。浅井軍五千は不破の関を一気に抜いて、安八郡に雪崩れ込みました。西美濃衆は氏家・稲葉を核に三千ほどの兵で対抗しましたが間もなく敗走しました。浅井軍は二手に分かれて、大垣城と曽根城に向かっておりまする」


「おう・・・・・・」


 いきなりの斜め上の報告だった。なにしろ六角領の鎮圧に頭がいっぱいだったからな・・・

そうか、西美濃衆が敗れたか、そりゃそうか。南近江を攻めるつもりの兵が急に転進して来たのだからな、美濃衆に取ってはまさに青天の霹靂、兵を集めるどころか戦支度する間も無かっただろう。浅井軍の転戦に意表を突かれた訳だ。衆寡敵せず、なんか俺にも責任の一端があるような、無いような…


 これは、大垣城と曽根城は落ちるな。

城に守備兵は殆ど残っていないだろうし、浅井勢も時間が経てば不利になるのが分かっているから攻撃の手は緩めないだろうしな・・・


 と言う事は、美濃の勢力図が大きく変わる。

美濃・特に西美濃は土壌の豊かな土地だ。それを浅井が取ると浅井の石高は倍増するだろう。

 それにそこには、あやつがいる…


「垂井の竹中はどうなった、それに北方城の安藤は?」


「竹中はいち早く浅井の侵攻を知った模様で、菩提山城に兵と民を入れて籠もっております。北方城は分かりませぬ、我らも浅井の侵攻に付いていくのがやっと、長良川を越えての探索は出来ておりませぬ」


「・・・そうか、そうだな。ご苦労であったな。西美濃の事は無理をするな、大局さえ分かれば良いと甚左衛門に伝えてくれ」

「はっ」


 城取の家か・・・ひょっとしたら竹中重治が浅井家に仕える可能性も出て来たな。


「大将、何をお考えで?」


「あ、いや、浅井長政と菩提寺山城の竹中重治は似たような年頃だったなと」

「・・・ふむ、どちらもまだ二十歳前でござるな、殿の半分に近い歳で」


 そうだった。俺はもう・・・ん、何歳だったっけ・・・

 どうも、一年が全ての様な生き方をしてきて自分の歳を振り返る余裕が無かったな。

 浅井長政と竹中半兵衛(重治)、瑞々しい若さと輝くような才能を兼ね備えている二人だ。一度会ってみたいな・・・


 それはそうと、浅井・美濃と来れば気になるのは尾張だな。


「有市、最近の織田の状況は?」


「はっ、織田信長は新たに小牧山に築城して、家臣共々清洲城から居住しておりまする」


「小牧山城か、どのような城だな?」

「二層から三層の石垣に取り囲まれた円形の平山城で、忍び衆の報告に寄れば築城奉行や工匠など多数を大和多聞城に見に行かせて工夫したようで御座いまする」


 そう言えば信長君に建築中の多聞城を案内したことがあったな。多聞城の内部には数段の石垣がある事を彼は知っている。あれを外に配置したのだろうか。

 ふむ、そうすると豪壮で圧倒的な見栄えと強固な城が出来上がる訳だ、後世の安土城のはしりだな。


 ちなみに多聞城は外から見てもその構造は分からない。そこまで攻め入って始めて分かる必殺の縄張りなのだ。必殺のキルゾーンなので攻め入ってきた敵はそこで壊滅する、つまり攻め入った敵から秘密が漏れることは無いという秘密の恐るべき構造だ。ぐっへっへっへ。


 信長君はきっと、いや絶対に、そこまでは分かっていないからね。


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