第182話・蒲生の決断。
永禄六年十月八日 近江中野城 宗智
「父上、浅井の様子が分かりまして御座います」
「ふむ、如何なった?」
「六日に七千で南下したところ、山中の陣城から放たれた火縄の連射に停まり美濃に転進したそうです」
「七千か、浅井のほぼ全軍だな・・・侵入を許せば危うかったな」
「左様です。今浅井が進軍してくれば、我らの過半は浅井方となりましょう。だとしたら我らでも防ぎきれませぬ」
「佐和山は?」
「佐和山城はその前に山中方に、菖蒲嶽城は浅井方が取りましたが城兵は山中の陣城に合流した後だと」
「ふむ、境界の砦は全て浅井方になったか・・・」
「ところが父上、菖蒲嶽城は城兵の手によって破却されていたという報告があります」
「だとしたら、山中の指示だな。山中は山城など要らぬか・・・・・・」
「恐らくはそのようで、」
「ふ・む・・・、山中の陣城の規模は?」
「六里四方と聞いています。矢倉川を堺として、丘陵を均した台地状の城と言うよりは屋敷地の様だと」
「それは山中流の築城だな。橿原・五條・栗栖もそのような城だと聞いている。山中家では拠点とか駐屯地とも言うそうだな」
「はい、石部宿外れにもそれを作っています。そちらは十二町四方だとか。どうやら山中はこの二つで南近江を治める様ですな」
「・・国人衆の様子はどうじゃ」
「新藤の木浜城には、永田に楢崎・永原そして甲賀衆らが加わり四千ほどの勢力になっていました。昨日、これが山中本隊二千の攻撃を受けて瓦解しました。果敢に戦った永原は討死、楢崎と甲賀衆は降伏、新藤・永田は船で対岸に逃がれた模様です。他は、三上殿と青地殿らが自城に籠もっております」
木浜城の四千に対して、山中隊は二千の兵でそれを圧倒したか。実力の差が如実に表れているな。正規軍と寄せ集めの烏合の衆という感じか。
自城に籠もっている彼らは、ただ閉じ籠もっている事しか出来ぬ。反撃しようとすれば、すぐさま殲滅されるだろう。
それは我らとて大差は無い・・・
「山中方は?」
「佐和山周辺に山中隊五千、それに池田隊七百が合流。その南に目賀田・久徳らが約一千、後藤館に山中隊千五百、ここに山中本人が居る模様。
後藤・平井ら三千も後藤館の周辺に集結しています。水口に山中本隊二千に甲賀衆ら一千、石部に山中隊一千に三雲・山岡ら一千五百といったところです」
倍の敵を圧倒するという山中隊が合わせて一万二千を越えている。この軍はおそらく総力をあげた六角軍と浅井軍に勝てる編成だろう。
さらに山中に臣従する国人衆も六千以上はいて日々増えている。新規に臣下となった彼らはまさに必死の働きをするだろう。
つまり分裂して少数になった我らではまったく相手にはならぬと言う事だ。既に山中は、南北に拠点を作って山中領としての統治を始めているのだ。
もはやどうあがいても山中の動きは止められぬ。
中野城 蒲生家
「馬淵殿、戻られました!」
「すぐに呼べ」
義治様を落とされたら如何ですかと千種殿が来られたのは二日前だ。対岸の佐々木越中を頼れば如何と、その道中は山中隊が守護すると言うのだ。
この件は山中殿の指示だ、我らと親戚の千種殿を使者に寄越して信用せよと言う事だ。
賢秀と相談してそれに乗る事にした。
山中隊が守護してくれるのならば、道中の安全が保証される。叛旗を上げて籠もっている者どもも、山中隊に向かって攻撃するのは控えるだろう。
送り出して心中ほっとした。
義治様は厄介なお方であったのだ。家臣の一斉蜂起で自分のしでかしたことを知り、青くなってただ震えておるだけだ。どんなに後悔しようと最早取り返しが付かぬのだ。逃亡先の佐々木越中も六角当主で将軍家御傍衆の義治様を無下にはしないだろう。なんなら公方様を頼っても良いのだ。
「殿、大殿、義治様は無事に佐々木方に到着致しました」
「馬淵、ご苦労であったな。道中何事もなかったか?」
「・はい、大した事は御座いませなんだ」
「・・少しはあったか?」
「民が、厳しい目で見ている民が些かおり・・・少々の石も飛んで来ました・・・」
「・・・そうか。大儀であったな」
後藤家の縁者か、或いは過去に因縁があった者らか、まあ大事無く過ぎたのであれば良いわ。山中隊もそれを制止したが、民の咎め立ては特にしなかったようだしな。
それよりもこれからの事だ。
「で定秀、蒲生はどうするな?」
「はい、蒲生は山中様に臣従致しまする」
「山中に臣従すると領地も家臣も失うのだぞ」
「無論です。叔父上(千種三郎左衛門)に詳細は聞いております故に、その覚悟は出来ており申す」
「うむ、ならば善は急げと申す。早速、後藤館に向かい山中様にお目通りせよ。儂も参ろう」
「はっ」
山中家では還暦や古希を過ぎた者でも役目を与えられて生き生きとして働いているらしい。儂にも働き場があるやも知れぬからな。
同日 後藤館、
「義兄上に賢秀どの。よくぞ参られたな」
後藤館の周辺は、幾つかの部隊が駐屯していた。近づく我らは誰何されることも無く、笑顔の三左衛門が向かえてくれた。
「ご決断なされたか?」
「うむ、蒲生は山中様に無条件臣従致す」
「それは重畳、蒲生と戦わずに済み、某は嬉しい限りでござる」
「戦っても勝ち目の欠片も無いからな」
「殿がお待ちです。案内致す」
どうやら我らの動きは把握されているようだ。観音寺騒動の翌日に一万もの兵を入れた山中隊ならば、そうで無くてはならぬ。我らとしても手間が省けて良いわ。
「蒲生賢秀で御座いまする。蒲生家は山中様に無条件で臣従致しまする」
「山中勇三郎で御座る。蒲生殿、臣従忝し。またこの度の進退は見事で御座った。これからの近江の発展にその力を貸してくれぬか」
「何なりと仰せつけ下さるように」
うむ、山中様は思ったよりも気さくなお方じゃな。恐ろしいほどの武芸の腕を持つと聞いて鬼の様なお方かと思っていたが、見掛けは優しいお顔をしておられる。だが圧倒されるほどの威がある、これは義治様とはいわず義賢様や定頼様、公方様にさえも感じなかったものだ・・・
「そちらは、宗智どのか?」
「これは申し遅れました。宗智で御座います。隠居の身ですが老体にも出来る事あればと参上致しました」
「それは実に有難い申し出だ。経験豊富なお方は国の宝でござる。早速是非にも頼みたい事が御座るのだ」
「何なりと」
「山中国では寺社が武装する事を認めていない。そこで近江の寺社に武装放棄するよう説得して欲しいのだ。出家された経験豊富な宗智どのならば適任と存ずる」
「・・・畏まりました」
そうか。僧兵の追放か・・・、百済寺・金剛輪寺・永平寺・石山寺などか、いずれも一筋縄では行かぬな、これは大変な役目を申しつかったぞ・・・
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