第181話・木浜城の攻防。
永禄六年十月七日 近江木浜城 新藤賢盛
次々と集まって来る情報で、山中家の侵攻が異常に早く、しかも大規模であることが分かってきた。美濃部・和田・大原らの逃げ込んで来た甲賀衆の活躍で詳細な情報が手に取るように分かるのだ。
騒動の起こった翌早朝には千種街道から北勢の兵が侵入して来ていた。我らが騒動を知り六角家に対する叛意の兵を集めている時刻には、東海道から五千の山中本隊が鈴鹿峠を越境して来たのだ。
間違い無く山中はこの騒動を事前に予測して動いていた。我らもある程度は予測していたが意外な展開で驚き戸惑っていた。
六角の両藤と言われた後藤殿父子が亡くなったのならば、某が立たねばならぬ。そういう気持ちで兵を挙げた。それに永田・楢崎・永原らが合流し、さらに甲賀衆も逃げ込んできて見る間に四千もの大勢力になった。
「まったく、儂の真ん前で築城を始めやがって!!」
武闘派の永原殿の鼻息が荒い。永原城は石部宿で築城中の山中陣城に近い位置だ。さらに直近の三上殿は永原殿の誘いを断って籠城中だ。
「憎っき阿呆めを庇っている蒲生殿など見限ってきたわい!」
蒲生家に近い領主の永田も憤っている。単独で最も勢力のある蒲生殿は、逃げ込んだ義治様を庇って静観しているのだ。それに歯がゆい思いをしているのは周辺の領主だけでは無いだろう。
「山中隊です。山中隊がこちらに向かって来ます!!」
来たか。山中隊が・・・
我らは六角家に叛旗を上げて立て籠もっているだけなので、山中隊からの攻撃は無いかも知れぬという甘い期待は裏切られたな。
近江を鎮圧しに来た、臣従するか戦うかを選べ、と山中隊から通達が来ていたのだ。答えを出さずに兵を挙げて城に籠もっていれば対抗する意志ありで攻撃されて当然か・・・
「勢力は?」
「およそ二千、本隊に大隊長旗が上がっております。山中軍を統括する北村大隊長が率いた山中本隊です!」
柳生高弟の北村新介殿か、南都東里の小領主時代からその名が聞こえていた剣客だ。今では山中軍を統率している大隊長北村殿が自らこちらに来たか、二千と言う事は蒲生家を牽制する半数の兵を残しているのだな。
しかし我らは四千だというのに、半数の兵で堂々と行進してきている自信はなんだ。倍の敵を瞬時に打ち砕くという噂は本当なのか。こちらが圧倒的に有利なのにぞっとするほどの恐怖を感じるのは某だけか・・・
「各々方、まだ戦端は開かれていない。戦うのを避けて山中家に臣従するという選択も今ならばありますぞ」
「某は拒否する。山中隊は侵略者だ、断固戦うべし!!」
「某も永原殿に同意致す」
「敵は少数だ。ここで山中隊の大隊長率いる部隊を破れば、戦況は我らに一気に傾くだろう。ここは全力で当たるべし!!」
うむ、是非もなし。四千もの兵は木浜城には納まらぬ。その半数以上が露営しているのだ。従って籠城という手段はとれない。進軍して来た敵と戦う一手しかないのだ 。
先の将軍地蔵での戦いで彼らの将兵の多くが松永隊と戦って討死した。永原殿に至っては父親を失ったのだ。山中は松永の麾下でありここで山中隊に応じることが気持ちの上で出来ぬ理由であろう。
やむおえぬ。ここは乾坤一擲の勝負に出るしかあるまい。永田の言うようにもし山中本隊を押し返す事が出来たのならば戦況が変わるかも知れん。運よく敵隊長を討ち取ることが出来れば我らの圧倒的勝利だ。
対陣した山中隊は、少数ながら圧倒されるような威圧感があった。何よりも武具と兵の姿勢が整っている。統一された濃紺の戦装束に前列に並ぶ大楯、その後に少しの狂いも無く立ち並ぶ長槍(実は竹槍)などが戦慣れした精兵部隊であることを感じる。
山中隊の構えは単純だ。五百の部隊が四つ、右翼・左翼・中央とその後に本隊がいる。通常より右翼左翼が離れているのは、多数の我らに囲まれないようにか。
こちらの狙いは一つだ。敵左右を牽制して本隊を叩く。永田隊八百、楢崎隊八百が敵の左右を牽制して、永原隊一千が中央を叩く、そこに某の一千と遊軍の甲賀衆四百が加わり一挙に本隊を潰すのだ。
こうなれば細かな策など要らない、力と力のぶつかり合いだ。如何に敵が精兵であろうとこちらが倍以上の勢力なのだ。望みは有る、いや勝てる。
「突撃せよ!!!」
「おおおおおーーー」
両軍は矢合戦も無く指呼の間に接近していた。突撃した前軍が同時にぶつかる。中央は激しい攻防をしている、左右は・・・左右も激しく当たっている。
甲賀衆四百は本隊を突くべく大きく迂回している。それだけでも敵本隊に近い人数だ。
よし、これならばいける、いけるぞ!
「うおおおぉぉーー」
と一際高い声をあげて永原隊が敵中央を割っていった。さすがに永原隊だ、厚い山中隊の壁を突き破ったのだ。その後ろにいるのが敵本隊だ。迂回した甲賀隊と共に敵本隊を挟撃する態勢が出来た。
今だ、まさしくここが切所だ!
「我らも永原隊に続け、中央に突撃しろ!!」
「おおおおおー!!!」
だが、永原隊が割った道はすぐに閉ざされて「ゴツン」と言うような強い衝撃が伝わってきた。その強烈な一撃で前衛が倒れ敵の槍先が逆に錐の様に延びて来た。
「押し返せ、押し返して突撃するのだ!!」
「おおおおお!!!」
押し返そうとするも、押せない。逆に押されている。目前の半数の敵を突破できないばかりか逆に押されているのだ・・・
「敵の圧力が・・・!」
「殿、このままでは拙い。ここは一旦下がるべきです。退いて態勢を建て直すのです!」
気が付けば我が隊はかなり数を減らしていた。たしかにこのままでは拙い。
「うむむ・・・・・・下がれ、元の場所まで戻るのだ!」
対陣した場所まで後退して編成し直した。敵は追っては来ない、あの位置でこちらに備えている。あの一度の突撃でなんと兵が半減していた。永原隊と当たって減っている隊なのに、あのままだと危うかった、なんという精兵だ・・・・・・
敵の後方では、永原隊と甲賀隊が敵本隊を攻撃している。我らがあの場所にたどり着けなかったのが残念だ。戦況は兵が邪魔で良く見えぬわ。あの強力な敵を永原はよく割って入ったものだな。
左翼右翼はどうなった?
うむ左右共に味方が押されている・・・いや、我が方が半減して敵の数の方が多くなっている。我らを押し返した敵中央隊は、相変わらずにこちらに向いて備えている。それに違和感がある、背後では倍する敵と本隊が戦っているのに…
何故だ、何故後方の本隊の救援に行かないのだ?
「右翼・左翼とも瓦解!」
「楢崎隊、逃散!」
「永田隊、こちらに向かって退却してきます!」
次々ともたらせられる情報が我が方の敗戦を示している。
「甲賀隊、永原隊敗走!」
「美濃部殿、討死!」
「永原殿討死!!」
むう、本隊攻撃隊が壊滅した。その前に左翼右翼隊も逃散している。
なんて事だ、戦いは先ほど始まったばかりだぞ、こうも簡単に、あっと言う間に負けてしまったのか。
・・・ん、ひょっとしたら永原殿が敵を割って本隊に突撃できたのは、敵の罠・というか誘いだったのか。
つまりそれ程敵には余裕・余力があったのだ。倍する兵を相手にしながら・・・
「新藤殿、負けた、負けた。まったく手も足も出なかったで御座る。ここは兵を解散してとっとと逃げるべし!!」
永田殿が駆け去りながら言い放った。
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