第160話・防人の司。


三村隊 三村元親


 山中本隊に突撃した宇喜多直家を始め二百の隊は壊滅していた。だがそれ以外の隊は多くの者が生きていた。山中隊が棒で叩き竹槍で突き倒したお蔭だ。それらの者らがお方様の前に集められた。

 その中には宇喜多の両将と言われる、花房正幸、明石全登と宇喜多三老の岡家利、長船貞親、戸川秀安もいた。


「勝敗は時の運です。今日は運良く我らが勝つ事が出来たが、明日はどうなるか分からぬのです」


「生き残ったそなた達に頼みがある。亡くなった者たちを、家族の元に戻してあげて下さい。宇喜多殿は菩提寺にての供養の許可をします。それが終われば、全員を解放致します」


「!! 」


 声にならぬ響めきが起こった。山中は宇喜多家臣団を解放すると言ったのだ。生き残った宇喜多勢はここに七・八百もいて、兵を募れば更に一千兵も集める事が出来ように。


「但し、領内で兵を集めるようなら即座に殲滅します。山中は拠点の城に全ての兵を集め、それ以外の城塞は破棄します。そのおつもりで」



「殿、船が」

 その言葉に海を振り返って見れば、海岸が停船した船で埋め尽くされたようになっていた。圧倒的な大きさと、数だ。


(これが山中の水軍か・・・)


 海岸には下船した数百の兵が並び、その一部が一糸乱れぬ姿勢で行進してくる。


「百合葉ご苦労であったな。見事な采配であった」

「はっ」


 先頭の将に対して、お方様が姿勢を低くして恭しく礼をとった。という事は、この将が山中様ご本人か…まさか、こちらに来られていたとは思わなんだ。


「春宗、この兵らを伴って石山城を差配してくれ、すぐに内政の者を起用して新兵を募ってくれ」

「はっ」

 お方様の傍にいた将が、四百ほどの兵を連れて石山城に向かう。



「さて、各々方、話は聞いてくれたな。まずは亡くなった者を弔いたい。力を貸してくれ」


「お尋ねする…」

と、集められた宇喜多兵の中で一人の男が立ち上がった。宇喜多三老の一人・長船貞親だ、武芸よりは政ごとに才があると聞く男だ。


「兵を弔った後、我らを解放するとは真か?」


「そうだ。野に戻るなり他家に仕えるなり勝手にすれば良い。兵を集めて宇喜多の敵討ちをするのも自由だ。但しその場合は殲滅する」


「…我ら宇喜多への忠義はこの戦までで尽くした。だが武家としてこの地に残りたい。山中は元宇喜多家の者は雇わぬのか?」


「兵は雇う。元宇喜多兵であろうとなかろうと労を惜しまぬ者ならば喜んで迎えよう。戦続きで荒れたこの地を復興しなければならぬ、多くの兵が必要だ」


 山中様の言葉に頷いた長船が兵を連れて動けぬ者の元に向かう。それに続いて兵たちが次々と立ち上がり死者や怪我人を手分けして運び始めた。

残った山中隊は敵味方関係無く兵の治療に当たっている。某も出来る事を手伝えと家臣に命じた。



「これは三村殿か、それがし山中勇三郎で御座る。此度はご助勢真に忝し」


「三村元親に御座います。某の出番など無かったようで御座る」


「いやいや、そうでは無い。三村殿がおられたからこそ、我ら安心して戦えたので御座る」


「左様で御座るか・・・・・・」

「左様です。ところで折り入って話が御座るが、明日にでも時間を頂けないか?」


「・・・それは構いませぬが、どのようなお話で?」

「無論、ご当地の今後の事で御座る」


「・・・相解り申した」


 山中殿は三村に何をお望みか、それは分からぬが備前の体制が変わり、備中も今までの様にはいかない。今後山中はどうするのか、我らはどう動くべきかを考えなくてはならぬ。




 備中常山城 山中勇三郎


 今朝も鶴殿や侍女らの調練の指導を大和丸の女乗組員がした。緊張しながらも嬉しそうな女たち、それを上野殿や三村殿が微笑ましく見ていた。


 大和丸には華隊のほかにも女兵士が乗り込んでいる。普段は医務方や炊方をしているが、戦となれば火縄銃を持ったり大砲をぶっ放したりする頼もしき戦士だ。


 この女兵士がいるのは大和丸だけだ。狭い熊野丸では女性用のスペースが取れないせいだが、最も問題なのはトイレ事情だ。

船での排泄は船尾から身(ケツ)を乗り出して致す。それが普通なのだ。だが女性にそれを強いる訳には行かないし、見たくも無い。


そこで大和丸には船内に便所を作ったのだ。しかも男女で分けた。それは百合葉や貴賓が乗船することを考えての事だ。まあ、海に落とすのは変わらないけどね(^0^)

 寝る場所も男女で分けた。そうでないと勝手に懸想して押し掛ける氏虎のような者が居たら困るからね。そのほかに上層の指令所横には、船長・航海士長の個室があって貴賓室もある。俺と百合葉はそこを使っている。



 城主・上野殿に願って、常山城の離れの間を貸して貰った。

座っているのは俺と三村元親殿だけだ。内密で重要な話である。最もうちの幹部達には事前に話してある。


「三村殿、実は帝が憂いておられるのだ」

「・・・み・帝・・・が?」


「そうだ。大野城がある太宰府もそうだが、備中には朝廷が昔作った城がある。つまりこの備中は、朝廷・日の本にとって特別な土地なのだ。そこを認識して欲しい。決して近隣の大名どもが欲のままに踏みにじって良い土地では無いのだ」


「・・・・・・」


「今回某が来たのは、帝より『防人の司(さきもりのつかさ)』に任じられたからだ。備中を本来あるべき姿に戻せと、またそれにふさわしき者がいれば、役目を委譲する事もできる」


「防人の司ですか、それはどのような役割で?」


「無論、日の本の要地を護ることです。周辺の勢力に荷担すること無く、ここを維持するのです。某はそれを三村殿に委譲したいと思っておる」


「そ・某に。備中を護るという役割をですか?」


「左様、」


「し・しかし某は毛利の後援を得て備中を掌握したのです。ここで毛利から離れることは仁義に反しまする」



「そうではありませぬ。実は儂の手の者が、宇喜多が三村殿の暗殺を画していることを察知しております。謀略に長けた彼の者ならば、これを必ず成し遂げましょう。そうは思いませぬか?」


「む、彼の者の考えそうなことだが、それが?」


「三村殿が亡くなれば三村家は急速に勢力を落とします。必然的に宇喜多は逆に大きく勢力を伸ばす。そしてそうなった暁には、毛利は強い宇喜多と手を組み三村を攻め滅ぼしまする。間違い無くそうなる」


「む、むう・・・・・・」


「故に毛利に遠慮などは要らぬ。帝の命にて中立を保つと宣言なされば宜しい」

「う・、成る程」


「防人の司、受けて下さるな」

「お・お待ち下さい。どのような役割か、もう少しお聞きしたい」


「周辺勢力の毛利・尼子・浦上・山名・赤松らの手出しを許さず、こちらからもしない。中立の立場を取るのです」


「そ・それは、周辺全部を敵にすることと同じ、今の三村では、とてもとても・・・」


「無論、山中は助力しますぞ。三村に手出しすれば山中を敵とする事になる」

「・・・う・む・」


 防人など古い時代の役割だ。いや、当時にも防人の司などという称号は無かっただろう。鋳銭の司から考えた俺の捏造だ。防人の長官とか大宰大弐(だざいのだいに)とかは在ったようだが。もちろん、帝には話を通してある。


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