第161話・中立国宣言。


永禄五年十二月

月山富田城 荒隈城(尼子方白鹿城攻めの陣城) 毛利元就


月山富田城の海側の支城・白鹿城はなかなか堅城だな。ここを落とすと月山富田城は孤立する。焦らずじっくりと気長にやるしかない。凍える手を手あぶりで温めながらそんなことを考えていると、重臣・亀井が泡を食ったような顔で駈け込んで来た。いや、亀だから泡を吐いたのか…


「大殿、三村が帝の意向により備中国は中立の立場をとると言うております」


「ん・どういう事だ?」


「昔の朝廷が作った鬼の城がある備中国は日の本の要地で、欲の赴くままに侵略を繰り返して良い土地ではないとほざいております」

「なんと……」


「まったく、我らの後援を受けていながら、けしからぬ事ですな」

「……」


「大殿、どうされますな?」


「うるさい、ちと黙っておれ!」

「はっ…」


鬼の城だと、帝の意向? 中立の立場だ? 三村は美作を狙っておったが諦めたか、どういうことだ?

山中の影響か、あっという間に宇喜多を倒して備前の半分を手に入れた。僅か一日の事だ、手早いものじゃな。勢力が落ちた尼子を倒すのさえ先が見えぬ毛利とはえらい違いじゃ…


 それも豊前で大友と戦っているせいでもある。そちらは将軍家に和睦を持ちかけると決めた、東と西にも兵を割くのは愚策の極みじゃ…

 欲の赴くままか、確かにそうじゃな。戦国の習いだが、それが世の納まらぬ原因なのは間違いない。

 ふむ、そう考えると儂などは世を乱している元凶じゃな、こんな事をしている内に年をとってしまった。いつまでこんな事を続けるのじゃ…


 これは良い機会かも知れぬな…


「良いではないか…」


「は? 」


「備前国が中立ならば兵を動かさずに済む。毛利の東が安全になったのじゃ。良い事ではないか」

「三村の言い分をお認めになると?」


「三村では無い、帝の御意向だ。まさか帝のご意向には逆らえまい。そうだ、大森銀山を帝と将軍家に献上する。それで大友との和議を願うのじゃ。敵は尼子だけで十分じゃ」


「…相分かりました」




大和多聞城 山中勇三郎


 備中国は中立を宣言した。

 三村元親は領土欲を捨てて、内政の充実を行なうと誓った。兵制やら商いを山中に見習うと言って、今は備前の九鬼春宗の元で教えを受けている。


 そうだな、備中十七万石に一万もの兵は多すぎる。五千で良い。五千の強力な常備兵を持ち公の仕事をさせれば良い。山陰寄りの山で取れる良質な鉄は山中が幾らでも買うぞ。備中国の資金に不安は無かろう。九鬼春宗ならば指導するのに適任だ、忙しいだろうが備中のお目付役を頼むぞ。



九鬼春宗に託した備前は、例によって大普請の最中だ。

宇喜多の支配していた領地の城塞は、全て攻略して破棄した。なんせ氏虎・竜玄・図書介の三匹の猛将を放ち、それに先駆けて島野隊と颯風隊が案内する二百の兵も放ってあるからな。

 死者の供養をしたのち、元宇喜多家の主な将らが臣従してきた。彼らは新兵共々泥まみれになって吉井川の付け替え大普請をしている。その仕事に耐えられない者は去れば良いのだ。山中常備兵の仕事は調練と普請仕事だと分かる必要がある。



 博多城は完成した。山中特有の極めて単純な縄張りだ。城の強さを兵の練度に求めた我らの形だ。

そこに富田を将とした三百の山中兵と二百の新兵が詰めて、博多の街とその周辺の治安維持に当たっている。二百の新兵は周辺住民からの希望兵だ。周辺の国人衆も山中家への臣従を打算しているようだ。

豪商・神屋宗湛が石炭の採鉱に入った、石炭があれば高温の溶鉱炉ができる。これは期待が大だな。



 防人の司は、大野城のある太宰府、つまり豊前にも適用される。その事を念頭に置いて対処してくれと富田には伝えてある。

湊街には三千軒もの家屋が立てられて、その木材を供給している高橋氏は、ホクホク顔だそうだ。相当儲かっているらしい。


 豊前での毛利と大友の戦いは激化している。

門司城とその南の海岸線の豊前松山城を大友軍が包囲して何度も攻撃をしているが、まだ落ちていない。

 周防で兵を集めた毛利隆元が、小早川水軍で段階的に兵を送って辛うじて死守している状況だ。


 その結果、両軍ともかなりの死傷者を出している。

 本当にいい加減にしろと言いたい、続く戦乱で戦場となった豊前の民はかなり疲弊している。大国の狭間ですり潰されようとしているのだ。

 豊前を取るのはそういう事だ。その暁には門司城も豊前松山城もみな破却する。大友が文句を言うのならば、朝敵にして佐伯城に大砲を撃ち込んでやる。



 九州の南では、肝付と伊東が頑張っている。両家は武器を調達しに紀湊にも来ている。紀湊は商人街の出店数も一千を越えた。

だが島津方の種子島氏も良く来るようになったぞ。砂鉄を売って武器を買ってくれる上客だ。毎度あり!

その他紀湊には、尾張・駿府や土佐中村の商人も良く来ている。蘭国や琉球からも直接船が来る様になったぞ。敵も味方もみんなお得意様だ、大繁盛、毎度あり!!



京では幕府政所の伊勢貞孝が反乱を起こして、松永様が命じられてそれを鎮圧した。それはそれでいいが、その後任の摂津晴門の性悪さがかなり問題だ、彼の者は幕府滅亡を迎える駒なのかも知れぬ。彼の者の横柄な言動がおそらく三好衆の怒りに火をつけるだろう・・・・・・



 そして四国。

 東伊予の石川氏は山中家に臣従してきた。そこで石川氏の居城・高峠城には元吐田領の国人・南郷庄右衛門に三百兵を付けて相談役として入れた。南郷の役割は兵の調練と商人の保護・湊街の開発だ。

東伊予の湊街には熊野屋の支店が開設している、風待ち湊でもあるこの湊は、別子銅山に近い、今後の発展が期待出来る。


 長宗我部は徐々に周辺の国人衆を取り込んでいる。商いも盛んだ、紀湊へ船を出して産物を売って武器を買っている。毎度おおきに!



 藤内に子供が出来た。女の子だそうだ。やったね。それに百合葉も子供を授かっていると言う。第二子だ。生まれるのは秋だ、待ち遠しくて嬉しいぞ。


 百合葉の顔を見て太郎の頭を撫でる。心の中で二人にお別れをして、法用砦に戻る。忘備録を記し、来年からの動くべき事を書き残す。これが年末のいつもの作業、つまり俺の終活だ。


こうして俺は毎年死を迎える。

 また再生することを夢みて・・・・・・




第三章・雌伏はこれで終わりです。

雌伏の意味は、畿内では表面上の動きが無い状態と言う事でした。

ですが第四章では、畿内の情勢が大きく動きます。史実でも永禄六年は歴史が大きく動く始まりの年でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る