第159話・備前・西市の戦い。


宇喜多隊 宇喜多直家


 左翼に花房の二百、右翼は明石二百、後軍に岡の二百を置いて、儂が本隊四百を率いる。四百ほどの山中隊を一掃した後に、転進して福岡市の敵を蹴散らす。いや、いっそそのまま撫川城を攻撃して三村元親を討つのはどうだ・・


 とにかく女神だが女狐だが知らぬが、宇喜多を舐めたことを後悔させてくれるわ。



「花房・明石は敵の右翼左翼を引き離せ!」

「「おう」」


「岡は前に出て、敵中央を牽制しろ!」

「おう」


 よしよし、さすが宇喜多の両将だ。上手い具合に敵を誘い、引き寄せているわ。その隙に岡が巧みに敵の中央隊を引きだしたな。さすがに岡だ、儂の思惑通りに動いてくれるわ。


「敵中央に当たったあと、劣勢を装って逃げよ、と岡に伝えよ!」

「はっ!」


 ふふ、岡はさすがに上手い。敵の中央隊が劣勢を装って後退する岡隊を追いかけたわ。馬鹿めが、実にたわいも無い敵じゃ。


「長船と戸川は、百を率いて右翼左翼を挟撃せよ!!」

「「はっ!! 」」


 これで敵本隊が孤立したわ。

脆いもんよ、報告通り本隊の半分は女ではないか。

ふん、戦を知らぬ女めが、話にもならぬわ。宇喜多を舐めた者は、女であろうと子供であろうと手加減せぬぞ。皆殺しだ。


「よし、一気に蹴散らすぞ。突撃!!」

「オオォォォーーー!!!」




山中隊 九鬼春宗


 敵は我らの前衛三隊引き寄せて本隊を孤立させようとしている。各将は手加減しながらそれに素直に応じている。さらに右翼左翼の挟撃部隊が出て、残り半分の本隊がこちらに突撃して来た。

 それでも二百兵はいる、こちらの倍数だ。敵将にとっては思い通りで、楽勝の駆け引きだろう。その得意げな顔が見えるようだ。


 我らの前に並んだ十人五列の華隊が短筒を構えた。前方いるのは敵隊のみだ、それが指呼の間に突進して来た。


その敵に向かって火縄が一斉に放たれた。

敵隊は突進してくる勢いのまま、もんどり打って倒れ仰け反る。当然の結果だ、外れる訳が無い至近距離だ。

 一列が打ち終わると素早く後に下がり、次の列が間を開けずに放つ。敵は僅かな間に数を減らす、それでも止まない銃声。短筒は二連装、一列で二十発の玉が撃てるのだ。


 やっと銃声が止んだ。多くの敵が倒れている。

銃声に足が止まった敵を、護衛隊の精鋭が竹槍で一方的に突き倒している。山中の竹槍隊の攻撃には槍隊では為す術も無いのだ。西からは猛然と三村隊が向かって来ている。我らが劣勢と見て助勢に来られたのだ。


「ドンッ」と衝撃があった。護衛隊の攻撃で数を半減させながらも、敵本隊が果敢にぶつかって来たのだ。周囲の状況からこちらの大将を倒すしか無いと分かったのだろう。

 だが護衛隊はそれを容赦無く打ち倒す。展開した華隊が左右から切り崩している。どんどん数を減らす敵、その中に憤怒の敵将の顔が見えた。


あれが宇喜多直家か、思ったより若いな・・・


「お滝、合図して!」

「ポン・ポン――ッ」とお方様の指示で、お滝が火縄を空に向けて放つ。


 その合図で護衛隊が左右に分かれた。その先には憤怒の敵将と数人の旗本が残っている。

お方様が彼らに向かって進み出た。


「おのれ、女狐めが!!」

 彼らは怒号を上げてお方様に向かって突進して来た。





三村隊 三村元親


 宇喜多一千が山中隊に突撃して来た。我らも約定通り出撃した。宇喜多隊は巧妙に山中の本隊を孤立させようと動いている。それに山中隊も釣られて、徐々に本隊から離れて行く。

(これでは拙いな・・・・・・)


「急げ、山中本隊と合流するのだ」

「「おお!! 」」


 その時、凄まじい火縄の銃声が轟いて火煙に包まれた。山中本隊に突撃していた宇喜多隊が次々と撃たれて倒れている。銃声は兵の数以上に連続している。

 周囲に散らばり戦っている軍勢も山中隊の反撃が凄まじく、宇喜多隊はあっという間に少なくなっていく。


(・・・・・・これは我らの助力は無用だな)



  本隊に突撃した宇喜多も半数ほどに減り、さらに三方から攻められて急速に数を減らしている。半数は女兵の山中本隊であるが、さすがにお方様の旗本隊と言う事か、それにしても強い。一方的な戦いだ。


山中本隊で「ポン・ポン―ッ」と火縄が放たれると兵が左右に別れて、そこに薙刀を持った美しい立ち姿の女武者が進み出た。巴御前と評判の山中のお方様だろう。

その表情には戦場に立つ緊張や気負いというものが微塵も感じられない。まるで神々しい釈迦如来の様だ。


 槍を構えた憤怒の宇喜多らが突進してお方様と交差した。キラキラと白光が光り宇喜多の首が空に舞い上がると同時に側近の者らがどうと倒れた。


 とたんに戦の騒擾が止み、静けさが周囲を包んだ。


「ガチャ・ガチャ」という無粋な音がしている。しばらくしてその音の出所が気になった。近いのだ、すぐ近くから聞こえる。やがて某の体がおこりのように震えて、防具を揺らして鳴る音だと気付いた。



・・・・・・ふと前を見て、気付いた。

山中の隊がこちらに向いて並んでいる。その両脇の隊もにもこちらに向いている。目の前にだ。


 ・・・・・・なんだ?


「三村隊も我らに馳走しに来られたか? ならば、有難くお受け致しますぞ。我らはまだ物足りぬでな」


 ん、そうか。我らは抜き身の槍を持ったまま駆け付けた体裁のままだ。これでは誤解されて当然だ。


「皆の者、武器を納めよ!」



「これは失礼致した。あまりに見事な戦ぶりに見とれて我を忘れていました。三村は山中隊に敵意はありませぬ」


「左様か・・・」



「氏虎、華隊を連れて石山城に向かい、内政の者以外は解放しなされ」

「はっ」


「図書介は怪我の手当てを、竜玄は生き残った将を集めて」

「はっ」

「はっ」


 宇喜多が滅んだのだ。あの手強い宇喜多が少数の山中隊に、それもあっという間に・・・

 目の前で見た事なのに、信じられぬ思いだ。山中隊は恐ろしく強い、それだけがはっきりと分かった。


 見た目でもそうと分かる猛将らにも、てきぱきと指示をされているお方様は、統率・指導力ともに秀でたお方である事が分かる。この美しいお方は決して飾りでは無いのだ。甘く見ると宇喜多のように……いやそうではない。

 宇喜多は半数の女武将率いる隊に、守兵も残さぬ全勢力で打ちかかったのだ。

某ならばそこまでの兵を動かさなかっただろう。それが出来るのが宇喜多の強い理由であろう。


それでも負けた、圧倒的な力の差があったのだ。


「三村様、ご助力感謝致しまする」

「いえ、我らの出番はありませんでした」



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