第146話織田主従、泉州堺でお買い物。
永禄五年一月下旬 泉州堺 織田上総介
久し振りに堺に来た。
ん・・堺とはこんな感じだったかな?
二年前に来た時に比べて、何か活気が今ひとつのような気がする。
気のせいか・・・
まずは火縄の買い付けだ。これが今回の一番の目的だからな。
今、堺で一番勢いがあるという泉屋に入る。以前とは違い火縄の扱いも、今では泉屋が一番大手だと聞いた。
暖簾を潜ると顔馴染みの重五郎という番頭が奥に座っているのが見える。
「許せ」
「これはこれは、上総介様、ようこそいらしゃいました。本日はどのような御用でしょうか」
「重五郎、主はおるか」
「上総介様、泉屋の主はわたくしになりまして御座います」
「なに・・」
泉屋と言えば堺一の豪商だぞ。その財力は並の大名では太刀打ち出来ぬ筈。それに泉屋寿三郎は儂と変わらぬ年で、まだ二十代だったで、代替わりという話では無い。堺では寿三郎と話をするのも楽しみの一つだったのだ。
「泉屋寿三郎は亡くなったか?」
「いいえ、寿三郎様はお元気です。
「では如何致したな?」
「はい、新たに廻船問屋を立ち上げて、そちらに注力されることになりました」
「廻船問屋か・・」
船で荷を運ぶのか、確かに港から得られる利は膨大だ。ふむ、さすがは寿三郎だな。利に聡いわ。
「火縄を買い付けに来た。百丁だ、こちらで用意できるか。それに南蛮の珍しき物を見せてくれ」
「畏まりました。織田様、火縄銃は重いゆえに桑名湊でお渡し出来ますが如何で御座いますか?」
「なに、それは助かる。してその代金は幾らだな?」
「桑名までの荷駄賃を含め、火縄一丁六十貫文、百丁で六千貫文で御座います」
「うむ・・」と言って傍の藤吉郎を見る。
「ちょ・ちょい、番頭さん、いや主殿。百丁と数を揃えたのだ。ここは五千貫でどうだな」
藤吉郎はすかさず値切りはじめる。このために連れて来たのだ。
「参りましたな。では清水の大舞台から飛び降りる気持ちで、五千七百貫文!」
「いやいや、泉屋殿。纏め買いは一割引が当たり前だぎゃ。五千四百貫!」
「それでは儲けがありませぬ、大まけしても五千六百貫文!」
「うむ、仕方がねえずらか・・」
「では五千六百貫文、ここで明日お渡し致すと言う事で」
「ちょ・ちょっと待っておくんなさい。桑名渡しの油揚げを浚われたのは痛い。それに桑名渡しを入れて頂戴な」
「では桑名までの荷駄四台と人夫八名二日分、おおまけして一貫文でどないだす。代金は品と引き替えで結構でおます」
藤吉郎は儂を見た。頃合いだというのだ。約四百貫文の値引き、火縄八丁分だ。それに、桑名まで運んで貰えれば我らは大いに助かる。
「良かろう。五千六百一貫文で手を打とう」
「まいどおおきに!」
「ところで泉屋、金銀を両替したいのだがここで出来るか?」
「山中硬貨にですか、それは出来ません。ここ堺は山中領ではありませぬ」
「だが山中硬貨は尾張にも大量に入って来ているぞ」
「それは存じません。恐らくは尾張の商人が桑名湊で両替して勝手に持ち出していますのやろ。織田様が禁止しはったら宜し」
そうなるな。
だがそれを禁止すれば尾張の商いは力を失うだろう。それは出来ぬ。尾張独自に作るという手もあるが、既に山中硬貨は相当に広がっておって、単なる少数の物真似に過ぎなくなる。
そうなると尾張が侮られ兼ねぬ。
既に遅いのだ。
「両替出来るのは、山中領のどこだな?」
「はい、南都・五條・桑名湊・紀湊の四ヵ所の銀座で御座います。ですが月半ばには、売り切れで硬貨が無くなり両替出来ぬ状態です」
「と・殿、今はもう月末で御座る・・」
「そうか。ならば月が明けるのを待とう。泉屋、四ヵ所の内、一番近いのはどこだな?」
「一番近いのは、五條で御座りますが。織田様は一万貫文もの両替をなされようと?」
「そうだ。金銀、しめて一万五千貫文ほどになろうか」
「そのような大金は、一度に両替出来ませぬ。供給量が少なく、お一人五千貫までと定められておりまする」
「ならば、我ら三名で両替すれば良いだぎゃ」
「いえ、そのような事では御座りませぬ。お三方でひと組で御座る。そうしないと硬貨が足りなくなるのです」
「うげぇっ」
理は分かる。領外で両替しないのも。だが、南蛮船も両替して帰るという。何か抜け道があるはずだ。
「泉屋、何か手は無いか?」
「桑名湊で小分けして両替するわけには参りませぬか?」
「泉屋、ここまでわざわざ持って来たのだ。持ち帰れなどと、そんな連れないことを言うでは無い」
「そうだぎゃ。我らは火縄百丁の大得意様だぞなもし」
「・・分かりました。特別に両替出来る様に大殿に許可を願います。それ程の両替が出来るのは南都か紀湊で御座います」
「南都か紀湊・・そこ、なんとかならぬか。ここから運ぶのは難儀だ」
「お察し致しますが、それは無理で御座いましょう。なにしろ京でも両替せよという将軍家や帝の要請にも応えておりませぬから」
「将軍家・・帝・・・」
藤吉郎は目を見張ったが、儂はその話を聞いたことがあった。やはりあれは本当の事であったか。
泉屋は山中の関係する店だ。直営店と言っても良いだろう。儂が無理に頼めばここで両替して貰えるかと思ったが、まさか都の天上人の要請まで撥ね付けているのなら無理だな。
「相解った。紀ノ湊までどのくらい掛かるか?」
「堺から紀湊までは陸路十一里半、ゆっくりならば一日半、気張って一日で御座います」
「と・殿、南都ならば帰り道で御座るのに、わざわざ紀湊まで行かれるおつもりですか?」
「折角ここまで来たのだ。二日三日行程が増えようとも、何ともあるまい」
「それは左様で御座りますが、紀伊などの辺鄙な所に行かなくとも・・」
「藤吉郎、嫌ならばお主はここから帰っても良いぞ」
「との、そんな殺生な~」
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