第114話・土橋城・丹生谷城の戦い。


土橋城攻撃隊・嶋清興


土橋城を大きく扇状に囲んで接近した。

右翼は玄海隊五百、左翼は雲海隊五百、中央に某が七百の本陣を率いて、本陣の後方には南郷隊三百を置いて敵襲に備えている。この地域では土橋城以外は臣従したとはいえ敵中と思った方が良い。対岸の雑賀荘から攻め寄せてくる恐れもある。


 火縄銃用の大楯を並べて射程外の二町まで進み、夕暮れを待って接近する。一町まで来ると敵の火縄が猛然と火を噴き始める。大楯に当たる無数の銃弾音に包まれる。だが既に闇だ。狙える筈も無くただ盲めっぽう撃っているだけだ。


 今回我らは火縄銃を持ってこなかった。持って来ても城塞から狙う射手を撃つのは無理だからだ。


「弓、始めよ」

「弓隊、連続して攻撃しろ!!」


 火縄に比べれば小さな音だが、その空気を振わす独特の弦音が絶え間なく響いて周囲を満たす。扇状に広がった部隊から数百本の火矢が夜空に弧を描いて、扇の中心の城に落ちて行く。

 見事だ。美しい光景だ。


 城から火の手が無数に立ち上がる。それが次第に大きくなる。放っているのは火矢だけでは無く、刺さった衝撃で油をぶちまける油矢と通常の矢も多数混じっている。


次第に火縄の音が減ってきた。燃え上がった火を消そうとした兵が夜空から落ちてくる矢にやられているのだ。容赦の無い攻撃だ。


「ドドドドドー」と鈍い猛烈な音が空を焦がして地面を揺らした。どうやら火縄銃用の火薬樽に火が付いたようだ。


 その爆発と共に火縄の音は完全に止んだ。城内の気配がおかしい。相当な被害が出たか・・


「攻撃を一旦止めよ」

「攻撃中止、そのまま待機せよ!」


弦音も止んだ。

不意に城門が開いた。そこから手を上げた兵が出てくる。


「降伏する、撃たないでくれ!!」

 兵が次々と出てくる。火縄を両手で上げた射手も出てくる。彼らの武器をまとめて受け取る。降伏した兵は無腰で本陣の前の地面に座り込んだ。

彼らの背後で城から一層大きな炎が上がった。


 終わったな・・




紀ノ川北岸・丹生谷城付近


「城に籠もる城兵に告ぐ。間も無く応援部隊が来る。精強を誇る雑賀土橋城も昨夜一刻で焼け落ちた。ここも同じ運命をたどるだろう。だが今ならば、我らが同数の兵で相手をしよう。城と共に焼け死ぬか戦って死ぬか選べ」


 期待に満ちた顔で城兵に大声で告げるのは、松山隊長だ。土橋城同様に火矢を射掛けて城ごと燃やす事も出来るが、それでは闘いたい松山どのの鬱憤が溜まろう。


「その申し出、真であろうな!」

「無論。この松山右近定信の言葉に嘘はござらん!」


「よし。ならば、出よう!」

 城門が開いて敵兵が出て来た。

一間棒を積んだ荷駄を彼らの前に引いて行く。


「これを持たれよ。これならばお互い同じ条件だ。棒だとて立派な武器だ、みくびったならば命は無くなる」

「棒でだと・・承知」


 戸惑いながらも棒を持つ城兵。それを見て松山どのが四百兵を率いて出て来た。


「いざ参られよ!」

「おお!」


 いやはや、松山どのは堪らなく嬉しそうな顔をしている。某もそれを見て嬉しくなったわぃ。松山どのの配下の兵長は、南郷・五百家(いうか)・友則の元吐田領の者だ。藤内どのが付けてくれた武闘派の者たちだ。松山どのとも調練を繰り返していて、気心が知れている者らしい。


「おおおおおー」

と雄叫びを上げて、松山隊百が先頭で突っ込んだ。敵を弾き飛ばすほどの勢いのある突撃だ。

が、二・三枚弾き飛ばしたところでその動きが止まった。さすがに激戦をして来た兵たちだ。すぐに松山隊を包んで攻撃しようとしてくる。

その手を押し退け開いた隙間に、第二陣の南郷隊が躊躇うこと無く突っ込んでいく。その衝撃で敵が怯んだ隙に素早く松山隊は後退している。

第三陣・第四陣と敵に隙を与えない見事な連携が続く。再び松山隊が突っ込んで行った時には、敵で立っている者は無くなった。


「はっはっは、この勝負我らの勝ちであるぞ!!」


 松山どのの高らかな笑い声が響いた。見事な手際、さすがに武闘馬鹿だけある。あっ、これは大殿の書状にあった言葉だ。まさに松山どのを言い表している言葉だ。




太田城 山中勇三郎


 土橋城を攻略した嶋隊も合流して、臣従した太田殿の勧めで太田城に入った。土橋城の降伏した城兵から火縄銃百五十丁を得た。山中隊の損失は無かった。

土橋城は火矢によって火薬樽に火が付いて、近くに居た兵士共々に城主土橋が吹き飛んだそうだ。残る兵は城と共に燃え尽きるか、降伏するかの選択をして門を開けて降伏したらしい。

ともかく、二百名からの命が助かったのは儲けものだ。


「殿、新野殿から使者です」

「通してくれ」


 右近は丹生谷城に立て籠もる城兵に、土橋城の経緯を告げて城と共に燃え尽きるか外で戦うかの選択を迫ったという。闘いたい気持ちを持て余している右近を思いやった新野の苦肉の策だそうな。

 うむ、新野を付けていて良かったわ。右近だけだと強引に城攻めしていたかも知れぬでな。


 死闘を避ける為に棒で戦った。もちろん同数の右近の兵が圧勝したそうな。ところが命を失わずに済んだ敵兵が四百、これの処分に困った。叩きのめされた城兵らは進退を右近の指示に従うと言っているが、解き放って守護殿や他の城の仲間に合流させるのは拙いし、かといって城に再び入れるわけにも行かぬ。


 この寒空に外に繋いでおく分けにもいかぬし、四百人も入れる家も無しと困っている。

そこで新野が考えたのは、右近が率いて五條に連れて行き、そこで山中兵の基本を指導して新宮に送る事だ。その為に俺の判断を仰いでいる。


 うん、まあそれしか無いか。折角助けた命だ。右近に責任を持って処置して貰おう。

 と言う事で、松山隊は降兵四百名を連れて五條行き、新野隊は小寺隊に合流だ。




北岸制圧隊 小寺浪平


 昨日は栗栖荘から紀ノ川を渡り、山裾にある北野城の開城を確認して東進し根来寺の南で野営した。

 夜には雑賀中郷で抵抗し赤く燃え上がる土橋城の炎が見えた。根来寺や周辺の山々からもその炎は見えていただろう。あれは山中隊からの周辺の国人衆にたいする警告なのだ。

幾ら火縄銃と腕の良い射手を揃えても、山中隊には敵しないという警告だ。


 今日は開城した古和田城に入り、北にある春日山城と重行城を望んだ。

春日山城は守護殿の身内が籠もっている山城だ。それに味方する根来寺の僧兵が入っているという。重行城には遊佐の残党が入っているようだ。


 まずは春日山城だな。山城は背後の高い山の突き出た尾根にある。高さは九十尺(250メートル)ほどか、そうは高くない。手前と左右に尾根が伸びて、正面の尾根が大手道だ。

ここを攻めるとなれば、三つの尾根を登って行くしか無い。おそらく補給路は背後の山にある。そこにも兵を入れたい、回り込むのに時間が掛かるので百五十兵を先行して出した。


手前に一旦下がって小丘のように盛り上がった所に出丸跡があり、そこに入り本陣とした。三つの尾根の前に百五十兵ずつを配して、明日の攻撃に備えさせる。本陣は四百だ。



「新野隊から合流するとの連絡がありました」


 夕方になってから東にいる新野隊からの連絡があった。大将の指示を仰いで明日から動けるという。

丹生谷城の攻略は今朝の内に終わったのだ。半数の松山隊は、降兵を連れて五條に行くという。ならば新野隊には重行城の攻略を頼もう。重行城に籠もっているのは、丹生谷城の敗残兵の仲間だと思われる。


「新野隊に重行城を頼むと連絡せよ。丹生谷城・降兵の仲間と思われると」

「はっ」


 さて、我らは春日山城だな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る