第113話・紀ノ川南岸の城塞。


南岸制圧隊・梅谷柵之丞


 某は九度山から、一千を率いて紀ノ川南岸を西進している。津田殿の吐前城前からは大隊長率いる三千の隊が引き返してくる予定だ。

こちらが北岸に比べて兵数が多く強力なのは、山が深い上に城塞や村が多く畠山や湯川・湯浅の強力な国人衆が背後に控えているからだ。

まずは五十兵単位の武装した威力偵察隊を幾つも放って、各城塞の様子を確かめている。


「皮張城、星川城臣従の意志を確かめました」

「今坂山城、開城して降伏します」

「志賀城、城主・兵共に九度山に向かいました」


「飯盛山城に兵が集っています!」

「秋葉山城、門を閉ざしています!」


 どうやら飯盛山城は交戦するらしい。その背後にある秋葉山城も怪しい。と言う事は背後の湯浅・湯川氏からの援軍があると言うことか?

 湯浅・湯川勢は攻撃してくれば叩くが、深追いはしないという方針だ。和佐山城の守護殿に到っては、無いものが如く無視しろ。これが大将からの命だ。

 どういう訳かは分からぬが、我らは大将の指示通り動けばいいのだ。


「龍門山城、城兵の見張りが尋常ではありません!」


 ふむ、龍門山城もか。龍門山城の後には日待峠城に襷城がある。たぶんその二城も協調しているだろう。我が隊ではそこまで手が回らぬ、そちらは大隊長に丸投げだ。


 それにしても、今坂山城・飯盛山城・龍門山城の三城は、高低はあるが稜線続きだ。何故今坂山城だけが開城した?

 今坂山城の開城を単純に信じては危ういな・・



「切山、三百連れて今坂山城を確保せよ。開城は罠かも知れぬで充分に気をつけよ」

「承知!」


 切山は南紀遠征で一回り逞しくなった。例え少々の罠があっても処理できるだろう。

 しかしこの山は険しいな、一段低い今坂山城でも大和・龍王山城より高いのだ。これ程の山城を攻略するのは始めてだ。焦る必要は無い。背後は味方で兵糧も兵も充分にある。ここは手堅く慎重に行こう。


「皆で手分けして村々を回ってくれ。城兵の数が知りたい」

「ははっ」


 敵の兵数を知るのは攻城の第一の事。しかし斥候で探ってもさすがに山上の城塞の守兵までは分からぬのだ。それを少しでも知りたい。


「忍びの者を呼べ」

「はっ」



「梅谷様、ご用で」

「うん、背後の村々に、もう一度噂を流してくれ」

「どのような噂で」

「山中隊は高野山の守護部隊だ。山中隊に逆らうことは高野山に逆らう事と同じだが、山中は高野山ほど優しくは無い。抗う者・敵に内通する村には容赦しないと」

「畏まりました」


 この衝立の様に聳える山の背後には無数の村々がある。その数は五十を超えて百もあるかも知れぬ。その村々は立地上、高野山との関わりが非常に強いが守護殿や湯浅・湯川との繋がりも強かろう。

 そんな村々が敵に味方すれば戦は悲惨なことになる。我々はおそらく村々を焼き討ちする羽目になるだろう。もちろん既に大将が手を打って大勢の素波衆を動員して、そうならないように釘を刺す噂を流してはいるだろうが、それを避けたいための念入りの一手だ。


「飯盛山城主は、南蓮上院弁仙という僧で遊佐家の者だと言う事です」

「普段の守兵は五十ほどで、麓の館にも五十程の兵がいたそうです」

「少し前に、河内から落ち武者が数百人来たと、」

「四百程だそうです。城館に入り名手の町まで良く往復していたと、」


 村々へ聞き込みした報告が次々と上がって来る。

 弁仙以下百兵と落ち武者四百か、飯盛山城の要請に応えて兵糧米五十石を九度山の政所がつい先日運んだと言ったのはそのせいか。

この堅城に五百兵も籠もればそう簡単に落ちぬ。攻め手は東西の尾根筋と背後の村からの補給路の三つだ。特に北側は攻め手を寄せ付けぬほど急阻だ。

 厄介な城だ。


「切山隊、今坂山城を確保。尾根筋を西に進軍中です!」


「おう、無事に確保出来たか」

「只今、今坂山城主をこちらに連れて来ています」



「産蓮と申す。拙僧は弁仙様とは違い、僧正衆が決めた事に従います」


 僧侶とはいえ一城を任される武辺者だ、なかなかの貫禄がある。元々高野山の僧は、各地の有力大名家の次男・三男が多い。お家安寧のために強い力のある高野山と繋がりを望んでいるのだ。


「山中隊中隊長・梅谷柵之丞でござる。開城後は、学僧の方は高野山に戻られて、傭兵は九度山の駐屯地に向かわせて下されますように」

「相分った」


「それと、産蓮様には近隣の城塞の勢力をお教え頂きたい」

「はい。飯盛山城は弁仙様率いる百兵・火縄二十・弓二十、龍門山城は截然様で勢力・武具は同じですが、飯盛山城には河内遊佐家の残党が入り、龍門山城は根来の僧兵上がりが入っています」


「残党と僧兵上がりの数は?」

「残党がおよそ四百、僧兵は三百五十ですが火縄を五十は持っているようです」

「背後の三城の勢力は?」

「湯浅・湯川などの兵が来ているようだが、彼らが援軍に出るかは微妙なところです」


「解り申した。ありがとう御座ります」

「はい、お役目ご苦労様です。後はよろしく頼みます」


 ふむ、飯盛山城は百兵と残兵四百だな。多い・・


「今の話を大隊長にすぐに伝えてくれ」

「はっ」


「中隊長、北岸の新野隊長からの伝言です。丹生谷城に飯盛山城の兵およそ三百がいると」

「ご苦労。伝言忝しと伝えてくれ」

「はっ」


 三百兵減った、これは良い知らせだ。おそらくは兵が増えて兵糧米が足りずに丹生谷城に移していたのだな。となると、飯盛山城の守兵は二百だ。三方から攻めれば何とかなる。


「中隊長、麓の城館に兵糧米がおよそ四十石保管されています」

「・・そうか。よく調べたな」


 政所から運ばれた兵糧米は、まだ飯盛山城まで運ばれていなかったのだ。我らの動きが早かったせいだろう。だとしたら、山城の兵糧は枯渇仕掛けているかも知れぬな。ここはじっくりと掛かれば、敵は自滅するな。


「ここで野営だ。敵の兵糧は乏しい、我らは腰を据えて攻めれば良い。ここは対岸の丹生谷城の攻略でも見ておこうか」

「おお!」


「野原隊長は三百を連れて背後に回ってくれ。城の搦手を封鎖して村々への威圧を頼む。特に城への兵糧入れは許さず、それを行なった村は見せしめに村の一部を燃やすのだ。逃げる兵は追わなくて良い」

「承知!」


今回、藤内どのは五條の国人衆を積極的に動員してきた。野原殿はその最年長の隊長だ。他に兵長の二見殿、島野殿の子息・安兵衛殿に野原殿の子息の頼早殿も普請の指揮を取っている。彼らはこれから期待出来る山中家の若手武将だ。





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