第112話・河内の敗残兵。


紀ノ川北岸・市脇付近、北岸制圧隊・新野治正


「銭坂城、恩地氏、臣従です!」

「名古曽城、開城しています!」

「北の山田氏、臣従するとの事です!」


 放った使者が次々と戻って来て報告する。ここは五條城に近い、戻って来た使者が次々と臣従を伝えてきた。最大勢力の名古曽城など既に九度山に赴いているようだ。

 取りあえずの戦いを避けられて、某を含めて大部分の者はホッとした。だが、一部の者が不満を露わにしている。その筆頭は松山どのだ。


「ええい!!、この辺の国人衆は腑抜けばかりか、正面切って挑んでくる者はおらんのか!!」


 と言いつつ、立ち上がり様、床几を蹴ったくった。

 これが我らの隊長だからな。まあ気持ちは某も分かる。なにせ吉野では傍にいて愚痴を聞いてきたからな。



*** 新野治正の回想


 去る日の吉野での出来事。

「新野殿、某の殿は十市殿じゃ。その十市殿が南紀で戦っていると言うのに何故呼ばれぬ。某、手勢を率いて駆け付けては行かぬかのう・・」

と、松山どのが深刻そうな顔で相談してきた。


「駄目ですぞ、松山どの。軍の編成を決められたのは大殿で御座る。大殿に無断で動くおつもりか」

「いや、そのような事はせぬ。せぬが某、居ても立ってもおられぬのじゃ」


「ならば、大殿に書状で嘆願してみればどうか。行くも行かぬも大殿のご判断に従わなければならぬからの」

「大殿に書状か、なんか叱られそうじゃのう・・」


「叱られても良かろう。相手は大殿だ」

「そりゃそうじゃ・・」


 どうやら書状を書くのが苦手な松山どのも、代筆を頼まず何度も書き直ししながら何日か掛かって書状を仕上げたようじゃ。

机の前に座るのは真に珍しい事で、と家のものが驚いていたそうだ。

ははは。某はその見聞したことを大殿に書き送った。きっと大殿は喜ぶだろうと思ったからな。それに松山どのの真摯な態度を伝えたかったのだ。


「大殿からの返書が来ましたか?」

「おお、右近は出陣無用、大和で調練をしておれと書いてあった」


出陣を断られたくせに嬉しそうな松山どのだった。松山どのの苦悩を察した大殿から、吉野を離れて五條や橿原に調練に出ても良いとの許可を得られたのだ。

松山どのは手早く連れて行く配下を集めて、翌日には五條に向かって行った。その生き生きとした表情を今でも思い出すわ。

吉野の兵も山中の調練を受けていたとは言え、藤内殿のおられる五條や大隊長のおられる橿原とはまるで違う。いくら越智家きっての武闘派の松山どのとはいえ、血反吐を吐くまで鍛えられるのは見えておるのにな。



「隊長、ここは名古曽城へと兵を進めましょうぞ。そこで一泊して体を休めて、明日の戦に備えましょう」

「うむ、相分った新野どの。そう致そう」


 名古曽城は城砦というより大きな城館だ。三千兵が入れる程の大きさだ。

到着すると主の塙坂(はねさか)氏の歓待を受けた。塙坂氏は高野山政所の一族だ。すみやかに九度山に行って指示に従うようにと指示して、腰を下ろした。

ここは丁度、九度山の対岸になる。幾筋にも立ち昇る煙と駐屯地に働く大勢の人々・高野山から下りてくる行列などが見える。こうやって見ると、高野山とは隔絶した山上にあるのだと良く分かるわ。


「新野様、壮観で御座りますな」

「おお主どのか。ここから見ると、高野山とはよく言ったものだと思いましてな」


「左様ですな。あの人里離れた山上にあって莫大な土地を支配していた。それを考えると、なんやら夢の様でしたな・・」

「その高野山が何故莫大な富を手放す気になったのですかな?」


 その経緯は、某らは知らぬ。山中の殿の動きに寄るものだとは見当がつくが、実際のところは分かっておらぬのだ。


「一言でいえば、焦りですかな。あそこは本来・仏の道を究める聖地でしたが、兵を雇い武具を買い広がった土地の分だけの雑事をこなす内に、次第にその道から遠のいておりました。その焦りですな」

「ふむ、道を離れる焦りか・・」


「武士の道とはなんでしょうか、戦うことですかな?」

「いや、それは違う。戦うのは護る為だ。民や土地を外敵から守る、それが武士の道だろうと思います。まっ、中には戦うことを生き甲斐としている者もいますが」


「山中様は毘沙門天の化身だという噂を聞いています。その周囲からは外敵は退散して、民が増えて国が豊かになっている。山中様はまさに国を護る守護神ですな」

「いかにも、左様です」



 翌日も地頭・国人衆が次々と臣従していった。我らはまるで無人の戦場を敵を求めて進む部隊だ。だが、敵はまだ現われない。そのせいで隊長どのは次第に不機嫌になっていく。


「兄山城、不穏です。武装した兵がいます!」

「丹生谷城、防備を固めています!」


「なんだと。よおし、やっと敵が来たか!!」

「隊長、お待ち下され。まず斥候です、敵の様子を見定めます」


 松山どのの嬉しそうな顔。気持ちは分かるが放っておくと、このまま突撃しかねない勢いだ。そうなればいくら屈強な部隊でも相当な被害が出る。まずは引き留めねば。


 うん、屈強な・・

そうだ、今の兵は殆どが山中兵なのだ。

おう、某としたことがすっかり忘れていたわ。五條から多数の山中兵を借りたのだ。いずれも藤内殿が鍛えた強力な兵だ。某、山中隊を指揮して戦うのは初めてだな。


そう考えると某もワクワクしてきたぞ・・・


「兄山城、山中隊と戦う意思は無いとの事。武装は丹生谷城に対しての様です!」

「臣従するのか、戦う意思は無くとも臣従しなければ攻めると申せ」


「はっ、確かめて参ります。お待ち下さい」



「某、高田道之丞と申します。山中様に臣従致しまする。何卒、宜しくお引き回し下され」


 使者が兄山城の城主を伴ってきた。高田氏が臣従すると言うと、一つ減ったかと、松山どのの残念そうな小さな声が聞こえてきた。某は苦笑いを噛み潰して高田氏に問う。


「某、参謀役の新野治正で御座る。高田どのには九度山に行って指示を仰いで貰いたいが、まずは丹生谷城の詳細を聞きたい。勢力は?」


「はっ、城主葛谷主水をはじめ兵およそ五百、弓二十五、火縄数丁と推察しております」


「兵五百もいるか、民兵はどれ程だ?」

「山中隊に葛谷が抗うと知り、付近の民はいち早く逃げて民兵は少ないと思われますが、人数までは分かりませぬ」


「民兵少なめで兵五百は多いと思うが・・」

「はい。通常は百兵ほどですが、飯盛山城の兵が多数入り込んでおります」


「飯盛山城?」

「飯盛山城の南蓮上院弁仙は河内守護代遊佐家の者です。葛谷はそれに連なる者。先の河内の戦の敗残兵が飯盛山城に多数身を寄せており、名手の町にも兵がよく遊興に来ておりまして・・」


名手はこの辺りでは一番大きな町だ。周囲の村々から遊興や所用で訪れる者も多かろう。山城に居候している者も遊興に訪れてもおかしくはない。その際に丹生谷城を宿舎代わりにしていたか・・

いや、山城ではつまらぬでこちらに滞在していたと考えた方が良さそうだな。


先の戦と言うと畠山が三好と争った戦だ。それの敗残兵となれば、松永麾下の山中は敵と言う事か。敵である山中隊が来たと知って籠城したか・・


「城内の配置は知っておられるか?」

「はい、大体のところは」


「ならば、手伝いを願えるか。いや、戦に加われというのでは無く、民に危害が及ばぬように配置して貰えると有難いが・・」

「承知致した」


 丹生谷城は町の傍だ。流れ矢や鉄砲玉で民が怪我するのは避けたい。


だが敗残兵か、どのような策が効果的か・・

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