第104話・高野山の異変。


遠勝と嘉隆が差配配下に水軍がいる事を懸念した。地域の差配者がそこまでの権力があったら謀反が出来ると言う。


「地域差配の者が、土地と兵を掌握して独立しようとする。そういう気になるのは山中の支配力が衰えている時だ。例えば儂に何かあった時など、その機運が来れば独立するが良い。それがこの世の習いだ。今の世は将軍の力が弱まり地域差配の武士が独立した状態だからな」

「・・・」


「だがな、独立しても周囲にはおのれ同様、強力な兵を持つ山中の差配がいるのだ。彼らとまともに戦えば共に疲弊する、となると独立しても周囲の差配や山中家と友好関係を結ぶしか無い。そう思わぬか」


「確かに、強力な兵を持つ山中隊と戦いたくは無いですな。おまけに山中忍びや斥候隊が敵では命が幾つあっても足りぬな」


「うん、そういう事だ。独立するならば、すれば良い。だがそういう時には、それを機運とみた他国の数万の兵が各個撃破すべく攻めてくるかも知れぬ。だから内では友好的な独立を目指し、外敵には今まで同様協力して当たるしか無い」

「なるほど、大将はそこまで見ておられるか」


「遠勝、独立しようと思えばすれば良い。その為には善政に心を砕き、十津川や尾鷲・日置・田辺など周囲の者らにも正しく接しなければならぬぞ」

「こりゃあ、大変な事になったのう。名君でなければ独立出来ぬか・・」


「ふふふ、ともかく儂は一旦大和に帰るが、ここの差配を頼むぞ」

「お任せあれ、吉野では倅が老臣に鍛えられておりますので、親はいない方が宜し」


「うむ、あまり根を詰めるなよ。必要ならば橿原や吉野から使い易い元の配下を呼べば良い」

「心配ご無用で御座る。新城らに委細まかせて適当にやりまする」


 まことに十市がいてくれて助かる。水軍は氏虎や嘉隆・春宗らに任せて南紀全体を十市に任せたいくらいだが、山また山の地形がそれを拒むのだ。




「殿、お帰りなされませ」


 本宮大社から果無峠を越えた所で大滝五郎左衛門の出迎えを受けた。

西から平谷に流れてくる川端で涌いている湯を見つけたという。行きがけに俺があるかも知れぬと言っておいた湯だ。


「殿のお告げ通りでしたぞ。河原の岸からしっかりと熱い湯が湧いておりました。早速、湯船を拵えましたで、お入り下され」

「そうか、ならば世話になる」


 河原の岸辺に木をくり抜いたこぢんまりとした浴槽が作られてあった。そこに杉吉と二人で入った。下には河原を掘っただけの大きな浴槽も作られていて、兵が交替で入れるのは気が利いているぞ。

気温が下がってさらに湯が恋しくなる季節だ。俺たちだけで入るのは気が引けるからな。この湯に名前を付けてくれと五郎佐が言うので、上の湯と付けた。上ノ湯、川は上湯川となりそうだ。



「ふう、いよいよ年の瀬だな」

「はい、大将はまことに良くお働きになりましたな」


露天の湯に浸かって、冬の夜空を眺めている。

ここから見えるのは、両脇に山が迫って狭い空だが冬の澄んだ空気にキラキラと輝く星たちが宝石のようだ。

明かりの無いこの時代の星は、現代より遥かにでかいのだ。真珠をばらまいた様な天の川の周辺にゴロゴロとした輝くダイヤモンドが無限のように転がっているのだ。


「いや、杉吉や保豊・氏虎や遠勝らと兵の皆が働いてくれたのだ。おまけに女房どのまでしっかりと働かせたな。儂がした事といえば、由紀姫を当て落としたぐらいだったわ」

「ははは、左様でござるな」


俺に縋りついて睨んだ由紀姫は柔らかくて良い匂いだった。これは言わないけどね。


 氏虎と言えば、その由紀姫のいる日置を動きたくない雰囲気がプンプンだった。なんとか由紀姫を口説き落とせば良いが。まあ、あの強引さで何とかなるだろう。

俺はそれには関わらないぞ。

たとえ振られても知らないっと。それでも結果的オーライだった。日置を氏虎に任すことで将の配置が上手く出来たのだ。


「それにしても、奥方様の働きは見事でしたな」

「うむ、予想以上だ。あれなら儂はいらぬな」

「何を仰る。大将の真の働きは戦場で見えるものだけではありますまい」

「そう言うが、裏で腹黒い事をするのは気が咎めるぞ」

「どうやら、その成果が出たようですな」


 杉吉のご宣託で周囲の空気が揺れた。何者かが来たようだ。


「殿、平太です」

 山中忍びの新造配下の若者だ。ちなみにほとんどの者は知らぬが、新造は黒蔵の倅なのだ。入浴中に来たと言うことは急ぎの知らせだ。


「申せ」

「はっ、高野山で僧兵同士の戦が始まりました」

「遂に始まったか。どのような経緯だ?」


「へえ、三日前に傭兵四千を召し放ち、その威勢を持って三坊に道整備を要請しました。一日五十文の奨励金付き要請に、反抗していた僧兵も応じて大股村に昨日のうちに移動しています。

本日、残りの僧兵七百が水ヶ峰に進出。静山坊が率いた四百が布陣して颯風坊が三百を率いて西に迂回したようです」


 道普請が必要なのは、三浦の里の北と大股村の南に聳える伯母子山の登り下りだ。ザレた土地で急峻、小辺路参詣道の難所である。

 水ヶ峰は大股の北方の峠の集落だ。そこを押さえれば先行した三坊の僧兵達は高野山に戻れない。つまり高野山側は、悪僧どもを高野山の外で撃破して追放に掛かった訳だ。


「ふむ、四千もの傭兵召し放ちの威勢を持っての談判は断れぬか。考えたな」

「左様、高野山も遂に腹を決めましたな」


「して追討側の士気はどうか?」

「へえ、傭兵召し放ちの威勢が効いて皆必死の様相です」


「竜玄坊は追っ手が出た事に気付いておるか?」

「来た時の状況では気付いておらぬ様でしたが、すぐに知れましょう」


「戦巧者の二百対七百か、どうなるかな?」

「追討側には竜玄らと通じている者もおろう、百も寝返る、或いは逃散すれば勝敗は分かりませぬぞ」


「だな、高野山としては山内には紛争を持ち込みたくないであろう。だとしたら、同時に他の手を打つかも知れぬな」

「さよう、その場合には近隣の国人衆に頼もうな。兵が出せるのは龍神・玉置・湯川・湯浅あたりか、ですが大将が本命ですぞ」


それはある。特に山本・安宅・目良が滅びて、龍神・玉置が俺に下ったと知ればその可能性は大きくなる。高野山がどこまで情報に通じているかだろうな。


「とにかく、しばらくはここで湯治だ。大和には女房どのと一緒に帰る」

「ならば儂は、竜玄坊が不利になれば手助け致しましょうかな?」


「いや他国の争い事に手出しは無用だ。それに高野山は普請道具を大量に購ってくれたお得意様だ。大事にしたい。・・まあ、迂回した隊が道に迷うなんてのは良くあることだな。それに付近の住民が竜玄方に他の兵が来ていると通報するなんて事もあろう」

「ですな、ふっふっふ」



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