第105話・僧兵らの戦。


「竜玄どの、高野山への道が塞がれておりますぞ」

「なんだと、どう言う事だ」

「武装した大勢の僧兵が、水ヶ峰を封鎖していると地元の者が言っております」


 どういうことだ。僧兵が何故参詣道を封鎖する。参詣道は高野山にとって飯の種では無いか・・


そうか、我らを閉め出すためか。言う事を聞かぬ我らを放逐するために嘘をついてまで外に出したのか。

 嘘をつくなぞ、それでも仏の教えを伝える僧侶のする事か、

 ええい、このまま黙って退く儂では無いぞ。ここは騙した奴らに目にものを見せてやる!


「皆の者、道普請は中止だ。我らは僧正衆に騙されたのだ。戦だ、野営地に戻って戦の準備をする!」

「「「おう!!」」」



 彼らはすぐさま野営地に戻って物見を出して、戦の準備をした。野営地は大股の村から半刻ほど上がった平坦地だ。この周辺には何百人も泊まれる集落は無い。唯一の例外が水ヶ峰の旅籠だが、そこでは道整備する場所まで遠い。故にここで野営している。


ここから見た大股側は急斜面で見晴らしが良く、水もあって野営陣地に適している場所だ。急いで柵を立て土塁を作り防御を固めはじめた。

 その陣地作りの最中に高野山からの書状を預かったと物見の一人が戻ってきた。

竜玄坊は皆を集めてそれを読んだ。


一つ、竜玄坊・喜善坊・心悸坊の者は素行が悪く神聖なる聖域を汚して、僧正衆の指示にも従わない事は言語道断である故に解雇する。

一つ、上記の者は道整備の場に普請道具をまとめて置いて、速やかに立ち去る事。

一つ、以降は二度と高野山に立ち入らない事。立ち入った場合は命の保証は無い。

永禄三年十二月三日 高野山 僧正衆



「以上だ。儂らはお役御免になった。それだけでなく追っ手を差し向けて追撃する構えだ。儂は僧正衆に騙された事が気に喰わぬ。皆はどうか?」


「拙僧も気に喰わぬ。土いじりをさせられた挙げ句に騙されて放逐とは」

「拙僧もだ。こうなったからには、一暴れして目にものを見せてくれるわ」


「宜し、ならば一暴れするとして、軍議に移ろうぞ」


「まず、水ヶ峰に布陣している追っ手は、攻めて来ると思うか?」


「水ヶ峰の兵は、我らを遮断する兵だ。無理に攻めてくる必要は無かろう」

「そうだな。土地の優位を持って戻ろうとする我らを追い散らせば良い」


「だが攻めて来ぬとも我らの糧道は絶たれたのだ。小さな大股集落では我らを喰わすほどの物はあるまい」


「ならば、兵糧の尽きる前に攻め込んで一泡吹かせるべしだな」

「或いは奴らの兵糧を奪うかじゃ」


「だが追っ手は多数で我らには弓矢や槍が少ない。これを何とかしなければな」

「ううむ、道整備に武器は不要だからな。まんまとしてやられたな・・」


「懸念は兵糧と武器じゃな、ならば追っ手から奪うのみだ。奴らは数の優位で油断しておろう、今夜の内に移動して朝駆けといこうではないか」

「ふむ、たしかに善は急げじゃな。それが良い、そうすべきだ」

「異存は無い!」



 戦慣れした彼らの動きは早かった。手早く飯の支度をすると、敵の物見がいる手前までの参詣道を一気に進んだ。そこで気付かれぬように迂回して一旦谷に降りて別尾根を登って回り込んだ。

そして夕刻前には水ヶ峰に通じる稜線まで到着して、物見を出して埋伏して持って来た飯を食って翌朝に備えた。


三百を率いて西に迂回した追っ手の颯風(はやかぜ)隊は、伯母子山を目指して大きく迂回していた。竜玄坊らのいる具体的な位置が分からなかった為だ。伯母子山までに優に一日かかる長い行程だ。

その目的の竜玄らの隊は、本陣の水ヶ峰の至近まで来ている。ここで追っ手七百の内、三百が離脱したのと同じ状況になったのだ。しかも敵の虚を突こうとした颯風坊隊には竜玄坊に比肩する戦巧者が揃っていた。追っ手側の最強部隊だったのだ。


「水ヶ峰の奴ら、こちらには物見を出していませんや」

「ふむ、予想通りだ。多勢に油断したな。よし、今のうちに敵の位置と兵糧・武器の位置を探れ」


 竜玄は物見の知らせを受けて主要な者を集めて、それぞれの分担を決めた。


「敵の各隊の位置は、大股側に五十の見張り兵、こちらと大滝側にも見張り五十兵で、総数は分からぬが、各旅籠に坊ごとに分散しているようだ。

 まずは、喜善坊が大股側の兵を払い落とす。その騒ぎに驚くこちらの兵を心悸坊が追い散らし、旅籠から出て来た兵を儂の隊が追い散らす。良いか?」


 喜善坊と心悸坊が頷く。


「逃げる者は放っておけ。皆同じ高野山の仲間だった者らだ、彼らが憎い訳では無い。棒で叩き谷に追い落とせば良い。血が出れば後始末が面倒だ。旅籠の者には手を出すなよ。火も出すな。奴らを追い出して、我らが替わって世話になるのだ。今日は家の中で寝るぞ、兵にそう伝えよ」


「「委細、承知!」」



 翌朝早朝、ようやく白み始めた頃には竜玄らは準備が出来ていた。十二月の山の稜線はさすがに寒く、皆まともに寝る事が出来ずに血走った目をしていた。


「おおおおお!」

と、竜玄坊の合図で喜善坊の五十が、南を警戒していた見張り兵に一斉に襲い掛かった。それは寒くて眠れなかった昨夜の苦悩をはらすかのような凄まじい勢いだった。

不意を突かれた見張り兵らは棒で突かれ叩かれて、悲鳴を上げながら斜面に落とされ、またその攻撃から逃げるために自ら落ちていった。


「敵襲!!」

「敵襲だ!!」


 その騒ぎを聞いた西の見張り兵は、叫び声を上げて南に駆け付けようとした。そこを背後から心悸坊の五十が襲いかかった。彼らもたわいも無く打ち倒され、斜面に逃げた。


 旅籠からはバラバラと僧兵が出て来た。武器も持たずに寝起きの者も多かった。昨夕着いたばかりで油断していたのだ。見張りを交替して寝付いたばかりの者もいる。彼らは付近に潜んでいた竜玄坊らに、忽ち突き倒され追い立てられた。


「慌てるな、敵は少数だ。陣形を取って当たれ!!」

「武器を忘れるな、隊ごとに対応しろ!」


 さすがに幾人かの者は混乱を収めて陣形を取った。だが、彼らは見張り兵を蹴散らした喜善坊・心悸坊らが加わったのを見て、敵は少数では無いと知った。

見張りの二隊と宿から出た数隊を倒された彼らの方が少数かも知れぬ。おまけに碌に武器を持っていない者までいる。


「さがれ、ここは一旦退いて態勢を整えるのだ!」

 僧兵頭の静山坊が退却の判断をした。彼らは付け入られないようにジリジリと下って行った。


 竜玄らは敢えてこれを追わない。

まずは武器と兵糧の確保が優先だ。それに百五十ほどの敵の主力部隊を倒して残りを退却させて満足したのだ。


「はっはっは、我らの大勝利だ。祝杯だ!!」


 武器と兵糧、それに宿代を支払った旅籠まで得て竜玄らは大喜びだった。まずは静山坊らが残した酒で祝杯を上げた。足りなくなると兵糧と交換で旅籠の酒を出して貰った。何百人も泊める十軒の旅籠には充分な酒量があった。

その内に歌い出すわ、踊り始めるわで大宴会になった。


「わっはっはっは、そりゃそりゃそりゃ!」

「おっほっほっほ、そりゃそりゃそりゃ!」


「わっほ・おっほ・わっはっは!」

「おっほ・わっほ・おっほっほ!」


「そりゃそりゃそりゃそりゃ・わっはっは!」

「そりゃそりゃそりゃそりゃ・おっほっほ!」


 寒い時期の嫌な土いじりから解放され、稜線での凍える一夜も我慢して、多数の追っ手を打ち破った。

今日は屋根の下で寝られる、酒も飯もたんまり食えるのだ。

陽気で愉快で楽しい宴だった。


彼らは酔いと共に溜飲を下げて、踊りと共に溜まっていた鬱憤が霧散していった。


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