第102話・女神の舞い。



 扶養善五郎は、戦見物の野次馬の人混みを避けて街道横の山によじ登った。灌木を掴んで無理矢理よじ登る。

とにかく山中隊の戦いを見ておきたかった。


三十尺(9メートル)程しかない頂きに登ると、上手い具合に開けて見晴らしが良いそこには数人の先客がいた。


 その中の一人が某を見て笑った。



「善五どの、今日は高みの見物かな」

「おう、此度は水軍の指揮だが、海の上では相手が多すぎて戦にもならぬで見物に回ったわ」


 初老の男は、龍神甚左衛門だ。忍びの者だが何故か気が合って珠に酒を酌み交わす男だ。例え敵対していても平気で遊びに来る男だ。

 甚座どのの横に腰を降ろして、見物する態勢に入った。眼下に五百の兵を二隊並べて待ち受ける目良隊が見える。


「お主もわざわざ山を降りて来て、戦見物か?」

「おう、山を降りてでも見物したい戦でござるな。だがこちらも恐らく戦にならぬだろうな」


「うむ、某もそう感じたのだ。多少の数の有利など問題にならぬだろうと」

「率いる将は次男殿と三男殿ですか。なるほど、今日で目良も終わりですな。山中隊は強いですぞ。恐ろしい程に」


「なんじゃ、甚座どの。山中隊を知っておるのか?」

「ああ、実は奥方様の傍に娘がおりましてな。先日訪ねたついでに兵の朝調練を見せて貰ったのじゃ」


「奥方様とは、民の言う戦の女神様かな、その傍に楓がいるとはな。山中隊はそれ程に強いか。だが、龍ノ山城と野辺や玉置の応援があろう。合わせれば一千は越える援軍だ。・・龍神はどうするな?」


「善五どの、援軍一千が二千でも、山中隊の八百には叶いませぬよ。だが玉置・龍神は既に山中に臣従しておる。二人に牽制されて、野辺や栗木も兵を動かせぬわな」

「な・なんと」


 それは予想外の情報だ。それならば目良に援軍は来ないと言う事だ。つまり、歴戦の勇者にあの着飾った兄弟二人だけで戦うのだ。到底敵うはずが無い。


 なるほど、目良は今日で終わりだ。・・儂はどうする

 目良家が無くなった時、目良家旧臣の儂はどうするのだ。目良家再興を夢見て山に籠もり山中と戦うのか、いやそれは無い。それはあり得ぬ。


 では、親族を引き連れて他家に仕官を求めて放浪するか、或いは野に帰り百姓になるか、・・それも悪くはない。悪くは無いが、気が進まぬ。

 出来うるならばこのまま武家として一生を終えたい。そういう気持ちがある。まだ武家としての人生に満足していないのだ。



「来ましたよ」


 甚座どのの声で街道を見れば「ドン、ドン」と言う単調子の太鼓に合わせて、粛々と進んでくる山中の隊、その中央に朱色の女武者がいるのが見える。

山中隊にはほとばしる闘気も無く、かといって怯えなど微塵も見えない、只無言で粛々と突き進んでくる。

まるで無人の山野を行くが如しだ。目前に見えている筈の目良隊など風景の一つとしか自覚していない様だ。

それが異様な圧力となっているのか、目良の兵の腰が退けたように見えた。


「ありゃまあ、目良の御大将が出て来ましたよ」


 援軍が来ぬ事を知り、自らの出陣で兵の士気を上げようというのか、或いは兵と離れているのが怖くなったのか、目良と嫡男の湛氏(たんじん)が白馬に乗って後方に出て来た。

手には大麻(おおぬさ)という棒の先に白い紙を付けた物を持っている。


「おのおの方、敵は少数の上に、我らは熊野の神に護られておる。この神域を荒らす不届き者を残らず討つのじゃ。手柄をあげた者は普段より一段高い褒美をとらす」


と吠えた。

それに応えて「おぅ!」と言う力の無い声が兵たちから上がった。


「やれやれ、士気を上げに来たのか、下げに来たのか・・」

 一段などと細かい事を言わずに、恩賞は望みのままとか言えば良い。では領主の座を望むとは誰も言わぬのにな、


「弓をつがえよ!」

 由良隊の前衛は百ずつの弓隊だ。号令を聞いて二百の弓が引き絞られた。

 それに対して山中隊は、歩みを止める事無く楯を隙間無く並べ楯の壁を作った。


「山中隊は弓を持たぬのか・・」

「ありますよ、売るほど。山中隊は全員が弓隊でもあるようです。だが弓を使うと手加減が出来ない。日置での死者は殆どが矢によるものでした」


「戦だ、死者が出るのは仕方がない」

「ところが山中隊はそれを好まぬ。すぐに領民となるものを殺したくないらしい、それは徹底されていて竹槍と棒が主な武器ですな」


 竹槍と棒だと・・

確かに山中隊に光を刎ねる槍先は見えない。かといって持っていないとは思えないが・・


「放て!!」

 一斉に放たれた矢がけたたましい音を立てて、山中隊の楯に突き刺さる。

うおおおおーと言う響めきが野次馬から出た。


「弓隊下がれ、槍隊前へ!」

 続けざまに三射されたがその全てが楯に防がれて、被害を与えることが出来なかったようだ。既に至近距離だ。弓矢の間では無くなり、目良隊の全面には百ずつの槍隊が出て来て白刃を煌めかせた。


 それを見た山中隊は、楯が左右に割れてかわりに竹槍を立てた隊が先頭になった。後方の騎馬隊と朱色の大将は停止しているが山中隊の進軍は止まらない。


 もう両軍の間は二十間、指呼の間だ。


「刀を抜けーい! 突撃!!」

「おおおおー」と、目良隊は怒号をあげて槍隊とその後方の徒隊二百が突撃した。


 と、同時に山中隊先頭の立てられていた竹槍が下ろされた。するとびっしりと隙間が無い槍衾ができた。

それが突撃してくる目良隊を余すこと無く突き倒す。槍衾を避けて左右に回った徒隊は、楯で遮られて棒で打ち倒された。


それでも山中隊の進軍は止まらない。グングンと目良隊の本陣に迫ってくる。


「山中隊を止めるのだ!、全軍突撃!!」

 と金切り声を上げたのは、次男殿か三男殿か、


目良隊の残りの兵二百が進んでくる山中隊と激突した。だがそれでも、山中隊を止めることは出来ない。突かれ叩かれて転がる兵が野原を埋めた。


 一方的な戦いだ。


 突如、朱色の武士が動いた。

それは本陣へと真っ直ぐ突っ込んでくる。髪の長い女武将だ。

民の言う戦の女神様だ。その脇は二十名ほどの男達で固められている。


 ん、その馬列に必死で駆けて食い下がる者がいる。

 楓だ。


「楓め、城で侍女を守っておれと命じられたのに、無理についてきおって・・」


 数騎が左右に離れて、残りの馬列は真っ直ぐ目良殿に向かった。先頭は朱色の武者だ。キラッ・キラッと光が二度刎ねると、目良殿と嫡男殿の首が舞い上がった。


 止まった馬列の中で、楓が固まっている。

なんと、その手には首が・・手元に落ちてきた由良殿の首を楓が受け止めたのだ。次男・三男殿も分かれた数騎に討たれたようだ。


「ふっふ、無理に戦場に出て来た罰じゃよ」

 甚座どのの声で戦が終わった。


騎馬隊が出るまでも無かったか、

某は最強と言われる騎馬隊の働きを見てみたかったのだが、


それにしても、前線の指揮を取らされずに済んだのは幸運という他ないな。

たしかに、あんな隊が相手では、二千でも三千でも無理だ。とても勝てぬ。

もし、後方の援軍が駆け付けたとしても、とても間に合わぬ。援軍要請の使者が着くより前に本隊は壊滅しているだろう。


 まさに為す術も無いほどの、圧倒的な力の差だ。


「善五どの、女神様に仕えるのなら紹介致しますぞ」

「むっ、是非にも」


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