第101話・祭りか戦か?。


田辺を領する目良高湛(めらこうたん)の龍王城は、田辺平野の北の山裾に位置している。山裾との間には会津川が西から東に流れ、それを天然の要害として南には広い池を配して水濠とし、その中央に広い木橋を掛けて大手としている。


 中央の土塁で囲まれた一段高い一画が本郭で、左右には二の郭、三の郭に続いて家臣の住む武家地が広がっている。

 大手の濠の前には大道がはしり、その南には役所や寺の建物が並ぶ一画。そして商人や職人が暮らす町屋が海岸まで続いている。


 本郭の中央奥には一段嵩上げされた土地に龍王社と呼ばれる社が建てられて、その一帯が目良の住む郭だ。

つまり、民や社寺も含めてこの地域の権力者が誰であるかが一目で分かる集権的な城の構造になっている。

目良は権力を集中させて、おのれ自身を龍王と自負していると言う訳だ。嫌味な野郎だが、国人衆の誰もがそういう手法を取っている時代だ。


 その龍王城・二の郭の一部屋で、四人の男が雁首を揃えている。


「山中はなかなか来ませぬな、父上」

と言ったのは二十そこそこの若者だ。若者ながら煌びやかで高価そうな戦装束がその身分を表わしている。


「我らの陣容を見て迷っているのだ、湛経(たんけい)。今に尻尾を巻いて帰ろうぞ」

と言ったのが最初の男より少し年上か、やはり高貴だと一目で解る煌びやかな鎧を着けている。


「湛清(たんせい)、山中は大峰の山をはるばる越えてきた者だ。侮るでないぞ」

一際豪勢な袈裟を羽織った老人が嗜めた。

 倅に侮るなと言いながら、自らは戦時に戦装束さえ着けていないこの老人が田辺を支配する目良高湛(めらこうたん)である。


 若い男が高湛の三男・湛経、年上の男が次男の湛清だ。湛経は龍王城の左を護る左将、湛清は右を護る右将でそれぞれ五百の兵を指揮している。

 ちなみに目良の嫡男・湛氏(たんじん)は、龍王社の奥に控えている。高湛は大事な跡継ぎを戦に出すつもりは無いのだ。


「善五郎、どう思うか?」

「はい、山中は強兵の上に慎重です。手強い相手です。今は戦の機を伺っておるのでしょう。しかし、ここまで来たからには必ず攻めて来ます。くれぐれもご油断なさらぬ様に」


と言った男は、他の三人に比べて粗末とも言える地味な戦装束の男だ。この男が目良五将の筆頭・扶養善五郎で、戦場においては無類の駆け引きをする名将だ。

 目良五将とは、北西の龍ノ山城に詰める栗山・北の鏡子山城の秋津・北東の衣笠城の奥森・西の龍口城の北長だ。

目良高湛はいずれも経験豊富な猛将に兵三百を与えて山中らの前線に配置した。本城には戦の経験の無い倅に五百兵を与えて護らせているのは、身内以外には心底心を許せぬ高湛の怯懦の現われだ。


 筆頭の扶養には、今回の戦に出番が無い水軍城の泊城を護らせているが、倅たちだけでは戦の勘所をこなせない事を知っている高湛は、扶養に意見を聞くために呼び出したのだ。

 

(三城に囲まれて弱った山中に、倅が留めをさす。なれば目良家も安泰じゃ・・)


名将扶養を戦に出番が無い城に配置したのは、民や家臣に信望がある扶養にこれ以上の手柄を立てさせたくないと思っての事だった。



「敵襲、街道を山中隊が向かって来ます!!」


「なに、どこだ?」

「小郷峠を越えて間も無く会津川を渡ると思われます」


「ふむ、すると間も無く三城に阻まれ停滞するな・・」

「兄上、我らも出陣の用意を致しましょうぞ!」

「おお、そうだな。誰かある! 出陣の用意を致せ!」


 途端に城内が騒がしくなった。皆が一斉に戦の準備を始めたのだ。だが、その後に届いた報告は、その騒ぎを一瞬で静めた。


「山中隊、止まりませぬ。真っ直ぐこちらに進んで来ます」

「何だ、三城の兵はどうした?」


「龍ノ口城から早馬です、目前に現われた敵で動けぬと。敵は安宅隊です!」

「なんだと!」


「衣笠城、富田の兵に囲まれて動けぬと!」

「鏡子山城、山本の兵五百に包囲されています!!」

「・・まさか・・」


「湛経、我らは城下の外れで陣を敷こう。ここには敵を入れさせぬ」

「承知です。兄上」

 兄弟は待機していた兵を全て連れて出立していった。



「こちらに向かっている山中の総勢は?」

「総勢およそ八百です」


「八百か、ならば湛清らの兵で塞げよう。急ぎ龍ノ山城の兵を呼べ、野辺どのにも援軍要請を出せ。扶養も泊城の兵を引き連れて来よ」


目良高湛の欠けている事の一つは、戦が苦手な癖に戦全般の差配をする事だ。数がものを言う戦ではそれでも何とかなっていたが、山中隊の様に突出した策と力がある隊には通用しない。


「殿、残念ですがそれが叶わなくなり申した」

「なんだと」

「海を御覧下され」

「う・海だと・・」


海を見た高湛は、その光景に唖然として声も無く立ち尽くした。広い田辺湾が水軍の船で埋められていたのだ。


「た・た・た・大変です!」

「何だ、今度はどうした?」


「海が、海が海賊衆の船でいっぱいです!!」

「それはもう知っているわ。馬鹿め」


「では、拙者は城に戻って海賊に備えます」

 扶養はそう言って、有無を言わせずに城を出た。だが泊城には「そのまま決して動かぬように」と使者を走らせたのみで、そのまま城下に留まっていた。


(城に戻ってもどうせ何も出来ぬわ。ならばここで山中のやりようを見てくれるわ)

 既に扶養は目良家に見切りを付けていた。そこで野次馬に揉まれながら戦見物をする事にしたのだ。どんどん集まって来ている野次馬らは、戦の事を好き勝手に話している。


「町外れで目良の鼻天狗と山中様がぶつかるだよ!」

「早く行かねえと間にあわねえよ」

「あの鼻天狗もこれで終わりだね」


 なんと、民は侵攻して来た山中を様づけで呼んでいるのだ。それにしても偉ぶる目良を鼻天狗とはよく言ったものだと感心した。


「山中様の指揮は女神様だよ!」

「色餓鬼の山本らの首を、一瞬で飛ばした戦の女神様よ」

「鼻天狗の首も今日で終わりだよ」

「明日から田辺も良くなるだよ!」


 なんと、民の方が相手の事を良く知って見えているでは無いかと善五郎は感心した。しかし戦の女神様とはな、山本らもその女神様に首を飛ばされたのか・・


 やがて人がいっぱいで進めなくなった。戦見物にこんなに民が集るのかと訝しく思った。

今までの戦では、民は所帯道具を抱えて気が狂ったように逃げ散るのが常識だったのだ。それなのに敵が進軍して来ていると言うのに、先を争って民が集ってくるのだ。


 何故だ?

 民は何を見ようとしているのだ。


 ・・女神様か・・

 いや、山中隊か・・

 そう言えば、山本隊の民兵は山中隊の直前で逃げたと聞く。今考えると、まるで山中隊に庇護を求めるように逃げたのでは無いか、


 しかし、なんだこの戦は、

いったいどうなっているのだ・・


 ・・これではまるでお祭りでは無いか。


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