第100話・日置城下の態勢。


 安宅本城を日置城へと名前を変えた。結局・元安宅家臣は相談の末に全員が所領返上する事になった。


大野五兵衛を文官のトップ・小隊長に任命して事務方に適した者を集めさせた。土井・田井を兵長に任命して大野の下に付けた。

並木・矢田・小山も兵長に任じて堀内氏虎の下に付け、新兵を募集して集った兵で普請を始めた。氏虎には山中水軍の中隊長を任じた。今のところ氏虎が山中水軍のトップだ。

ここに山中水軍の小隊長に任じた周参見とその兵もいる。普請全般の指導は、山中隊の南山という兵長が率いる百兵だ。



大野城背後の丘陵を削り、平坦地にして駐屯地を作る。削った土砂は日置川岸に積んで堤防とする。

大普請だ、民の手伝いも受け入れた。

農閑期で給金を貰えると知り大勢の者が集り土を運び、炊き出しをする。たちまち城下一帯はお祭り騒ぎの様に賑やかになった。



「某、富田政定で御座います。山中様に臣従致します」

 富田領に行った小笠原が富田を連れて来た。良くやったな小笠原。


「富田殿、臣従、真にありがたい。お蔭で兵も怪我をせずに済んだぞ」

「愚かにも山中様の事を知らずに、いたずらに兵を死なすところで御座った」


「山本領を狙い、兵をどのくらい集めたかの?」

「・・五百ほどで御座る」

「うむ、折角集めた兵だ、それを連れて田辺に行ってくれぬか」

「はっ、仰せの通り」

「日置でも兵を出す、合流して向かい配置は龍松山城に仰げ」

「はは」


 兵五百を並木と矢田に指揮させて、富田と合流する様に命じた。切山には南山の一隊百名を残し、その代わりに氏虎の兵百を連れて龍松山城に行かせた。新兵の調練や普請の指導にどうしても慣れた兵が必要なのだ。

 追って海賊衆も全船出撃させる。普請の人数の大多数が抜けるが田辺制圧が優先なのだ。


「大将、目良は抵抗しますかな?」

「抵抗はしよう、だがそれを抑えるために多数の兵を出すのだ」


「奥方様方が一千三百、富田と日置兵で一千、水軍が九百、あとは西北からの目良への援軍がどのくらい来るかですな」


 それだ。野辺・龍神・玉置で二千は軽く出せよう。それに湯川が加わると五千兵は出してくるかも知れぬ。そうなると仕切り直しせざるを得ないだろう。

 だが今なら、山中隊は五百から一千とみているだろう。そこを一気に抜けるかどうかの勝負だ。



「殿、龍神殿と玉置殿らが来られました」

「・・お通しせよ」


 その懸念の二家が来るとは意外だ。山本の客将に玉置氏の倅がいてあの戦で一隊を率いていた。なかなかの男で戦後に解放したが、自ら望んで山本らの亡きがらを弔ったと聞いた。

 その関係か、だが龍神氏が来た理由は皆目見当がつかぬ。



三人の武家が入って来た。身のこなしが軽い山師のような老人、それよりも少し若いが五十年配の男、それに四十才ぐらいの目つきの鋭いの男だ。


「龍神甚左衛門と申します。楓の親でござる」

「某、玉置直和で御座る。山中様に臣従致します」

「日高郡島之瀬城の龍神正房で御座います。龍神家は山中様に臣従致します」


「おお、龍神家と玉置家が臣従して呉れるとは真に有難い。それがしが山中勇三郎で御座る。よしなに頼む」


 龍神家は田辺の北部から日高川上流に掛けて領地を持つ小国人だ。楓の父

・龍神甚左衛門が忍びの里の長だろう。富田と長に報告して戻って来た楓は、今は百合葉の元にいる。

 玉置氏は湯川氏と日高郡を二分するほどの大国人だ、よく臣従する気になったな・・


「実は途中で娘の顔を見に龍松山城に寄りましてな、そこで玉置殿にお会いしましてご一緒した次第です」

「なるほど、ところでお二方には奥から何か指示があったかの?」


「御座いました。某は野辺を後方から牽制して、湯川らの軍を止めるようにと」

「某には、龍之山城の栗木を牽制せよと仰せでした」


「ふむ、ならば目良は孤立するな。杉吉、田辺にいる兵力は?」

「はい、東の三城に一千、龍之山城に三百を配置しておりますれば、田辺にいる兵はおよそ一千五百、その内、泊城などに水軍が三百ほどです」


「氏虎、目良はどういう者だな」

「はっ、目良高湛は生まれついての僧侶で、それなりの風格はありますが争い事は苦手です。戦は人任せで自身を権威で固めて人を従わせる嫌な野郎で、京・大阪の情報にも通じており大将の話も聞いている筈でござる」


「争い事が苦手か、同じ熊野別当でもお主と正反対じゃな」

「まっこと左様、がっはっは」


「ところで玉置殿、お手前ほどの大身が何故我らに付く気になったのかな?」


「左様、妻は湯川の娘で某も目良同様湯川衆の一人、湯川と常に行動を共にして来ました。故に随分悩み申した」

「ですがこの度は今までの様に和泉・河内に出兵するのではない。己の足元での戦です。負ければ帰る所が無くなる。それ故に勝ち馬に乗る事にしました」


「ふむ・・」

 少し腑に落ちない。だが今回の玉置の役回りは例え敵の策であっても何とかなる位置だ。敢えて問い詰めることもあるまい。


「お疑いですな。いやそれも当然、ならば申し上げましょう。某は十津川の出で、家臣の主な者もそうです。儂が十津川の救世主・山中様に敵対すれば大事な故郷や家臣を失いまする」


 そうか、うむ、龍神甚左衛門が頷いている。忍びの里の長が、その話は本当だと言っているのだ。ならばここは信じておこう。


「相分った。山中は早急に湯川に攻め込むつもりは無い。出来れば湯川や湯浅は残したいと思っている。湯川と関係を保てるのならば保ってくれ」

「ははっ」


 残る紀伊の国人衆には、まずは楠木を通じて降るように説得するつもりだ。彼らは楠木家と深く通じた過去があり、楠木の要請を蔑ろに出来ない筈だ。


「龍神甚左衛門殿、此度はひょんな事から娘子を雇うことになったが他意は無いのじゃ。何か望みは御座るか」


 楓を見て、百合葉の傍にくノ一も必要だと思ったのだ。侍女はいるものの、護衛も務まる女はいない。甚左衛門の里は、その位置から目良や湯川や畠山の御用も努めているだろう。安宅や富田も知らなかった俺の事を楓は知っていたのだ。それなりの情報を持っている優れた忍びの者達だ。

 だからと言って、彼らを丸ごと抱えようとは思ってはいない。我らに実害が無ければ放置するつもりだ。うちの忍び里にだってくノ一はいるのだ。


「では、一つだけ。我ら里で薬草やら焼き物やら作って暮しを立てております。山中様のご領地でも商いが出来ればと」


「紀ノ川沿いに商いの道がある。大和で売りたければそこまで持って来なければならぬな。その道に流せば和歌浦ー堺ー大和ー京ー桑名まで物が流れる。だが、田辺ー本宮ー尾鷲ー伊勢の商いの道もすぐに出来よう。そこに作った物を流せば良い。良い物を作れば値も上がる、稼ぎが上がれば作る者の意欲も湧き暮しも楽になろう」


「有難き仰せを頂きました。ならば良い物を作るように力を尽くしましょう」

「うむ。甚左衛門、気が向けば儂を訪ねて焼き物なり見せてくれ」

「はっ」



「氏虎、百合葉から要請があり次第、山中水軍の全船を田辺沖に廻してくれ」

「承知いたした。なれど此度・船戦は御座るまい。水軍大将は周参見殿に頼む、某は山中の普請を学びまする」


 確かに目良の性格や両軍の勢力から考えて、今回の田辺攻めの海上では大した戦にはなるまいと思えた。それに氏虎が山中流普請を学んで呉れるのは有難い。

だがそれが真意か? 

実は残って由紀姫を口説こうと思っていないか?


「た・大将、某の顔に何か付いておりますか」


 酷く狼狽しているぞ。心にやましい事がある証拠だ、分かり易い奴だな・・


・・・まあ、いいっか。

たっぷり、その分たっぷりとこき使ってやろう(*^o^*)


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