第99話・日高郡の玉置と龍神。


日高郡手取城 玉置直和


 大和の山中が大峰山を越えて来て山本領を侵略した。一刻ほどの戦いで山本と側近の者らは討たれたと言う。山本には当家次男の直俊が食客となっていた。  

倅のことが心配だ、それを探りに手の者を出したがまだ帰らぬ。


 畠山様から田辺に援軍を送れという要請が来た。


山中が目良の領する田辺を伺っているのだ。

既に南の野辺は高田土居城に手勢を集めており、いつでも援軍を送れる状態だという。


だが儂は気が進まぬ。


 何故かと言うと、儂は十津川の出でいまだに彼の地に縁者がおり、先だっての未曾有の水害の折十津川の民が、いかに山中に助けられたのかを聞いておる。

十津川の民は山中に足を向けて寝られぬほど感謝しており、あれ以来忌避していた北枕で寝ていると言うのだ。


そんな山中に敵対するのか。

敵対すれば十津川の者が儂を許さぬだろうな・・

かといって、山中に同調すればこの地の国人衆は離反するだろう。目良や野辺そして畠山様に滅ぼされるかも知れぬ。


 どうするか・・・


「殿、直俊様がお帰りです!」


「なに、直俊がか、すぐに連れて参れ。永直も呼べ!」



「父上、兄上、お久しゅう御座います。直俊、只今戻りました」

「直俊、心配したぞ」

「そうよ、山本が滅んだと聞き直俊も、もはやと、父上は諦めかけていたのだ」

「心配掛けて申し訳御座らぬ。実は某、その戦に一隊を預けられ出陣しており申した」


「それで良く無事であったのう」

「はい、前衛が戦っている間に本隊が側面を突き、某の隊は後方を遮断して殲滅する策でしたが、目前で両隊があっという間に壊滅致し、我らは降伏するしか無い状況で御座った」


「それ程までに力の差があったか・・」

「はい、まさに赤子の手を捻るが如く」


「それで、今までどうしていたのじゃ?」

「はい、山本は民には暴君でありましたが、某には厚遇を与えられました。それで、せめて手厚く葬りたいと山中隊に申し出たところ許されて、民兵を指揮して亡くなった者を、城下に運び家族の元に帰して弔っておりました」


「ほう、山本殿だけで無く兵まで全てか、良く許されたな」

「はい、死ねば皆仏と仰せられ、山中隊からも兵を出して篤く弔いました」


「そうか、山中殿とは噂どおりのお人だな・・」

「父上、指揮しておられたのは山中殿では御座いませぬ。山中殿の奥方様です」


「奥方様・・」

「はい、麗しい方ながら武術の腕は某など及びも付きませぬ腕にて・・」

「父上、某が帰ったのは他ではありませぬ。某、立帰って山中家に臣従するつもりで御座います。玉置も山中に付いて頂きとう御座います。」


「と言われてもな・・・」


「父上、思い通りになされよ」

「何を言うか、永直?」


「畠山様や湯川殿にも長年の想いがあると存知ますが、父上は故郷の十津川を救った山中に味方したいという気持ちがあると知っております。それで玉置家が滅びましょうとも十津川の者はきっと受け入れてくれましょう。十津川の剽悍な民が味方なら再びの失地回復は出来ますぞ」

「うむむむ・・」


「いや、兄上。山中は負けませぬ。田辺領に侵入した時には既に勝っていると言っても良い。例え少数であろうと勝算無くば戦わぬ、某はそう思えます。ついでに言っておきますが、山中には戦うか臣従するかとの二択しかありませぬ、単なるお味方や援軍ならば敵と見なされるそうです」


「よし、玉置は山中に味方・いや臣従する。帰って山中・の奥方様にお伝えせよ。山中隊が田辺に侵入したときには旗幟をあきらかにする。四百の兵を出して龍ノ山城を牽制する」


「「承知」」




日高郡島瀬城・龍神正房


 大和の山中が山本を破り目良領に進出しようとしている。畠山様の命により、龍神は急いで兵を整えて目良の援軍をするべし


 と湯川の殿が言って来た。野辺や玉置も兵を集めているようだ。儂もすぐ各地に馬を走らせて兵を集めた。


 この狭い山間に住んでいるのだ、近隣の目良や湯川の大勢力、ましてや守護の畠山様に逆らえる訳がない。戦を好むと好まざるに関わらずに兵を出さなければならない。

 相手は大和の山中だという。聞いたことの無い名前だ。勝っても恩賞はおろか戦費さえ出ぬだろう。兵が死傷しても何の補償も無いだろう。


士気が上がらぬがやむを得ぬ。

 まったく、これだから山間の小領主は嫌になるな・・・


「殿、甚左衛門殿がお見えです」

「甚左衛門か、懐かしいな」


 甚左衛門は祖父の時代に別れた身内だ。山間に村を作って楠木流の忍びの技をひっそりと伝え暮らしている。我が龍神家が山の一族に過ぎぬのに各地の情報に通じているのは彼らのお蔭だ。


「兵を集めておられるな。目良への援軍ですかな」

「そうだ。気が進まぬが湯川殿の依頼だ、断れぬ」


「某がまかり出てきたのはその事です。目良は負けますぞ」

「なんと、田辺を治める目良殿に湯川・畠山の援軍があるのだぞ」


「殿は山中の事をお知りか?」

「いいや、知らぬ。こたびの事で初めて名を聞いた」


「山中は年初から動き始めて、大和の八割方を制して興福寺も傘下に治めた。伊勢湾の桑名湊をも領して、十津川の水害に三千もの援兵を無償で出しました。熊野三山の参詣道整備に兵一千を連れて来て、瞬く間に新宮から尾鷲まで傘下に治めて少し前に山本を制した。さらに先日安宅を滅ぼして富田も傘下に付く様子。山本領にいた玉置の次男が先ほど手取城に入りもうした。恐らくは玉置は山中に臣従します」


「まさか、堀内・山本・安宅に富田もか、山中とはそれ程の者なのか」


「はい、もはや目良・湯川どころか畠山様でもまるで相手になるまい。儂の娘が安宅の本城で捕えられて、富田の姫を助ける代わりに山中の奥方に仕える様になり申した。つまり儂も山中には敵対できぬ。殿は如何しますか」


「むうっ、それでは山中に味方するしか無いではないか」


「但し、山中にはお味方とか同盟とかは通用致しません。戦うか臣従するかです。大和では臣従した者は皆領地を召し上げられた様です。南紀では僻地のために領地安堵が許される様ですが、噂では堀内は領地を返上したと聞きますし、それはどうなるかは分かりませぬ」


「ぬぬぬ、領地返上か。しかし堀内三万石に比べれば儂の領地など吹けば飛ぶような物だな。相手にもされまい・・」


「そうでも御座らぬよ。昨年末の山中の領地は三百石だったと聞いております。山中の殿は、小領主の痛みは充分に分かっておられると思われる」


「・・なんと、年末に三百石だと・・今は何石だ?」

「山中の領地は開墾で農地が飛躍的に広がり商業も驚く程盛んで石高は大幅に増えている模様ですが正確なところは分かりませぬ。六十万石とか百万石とか言われておりますが・・」


「・なんと破天荒な! 甚左衛門、今すぐに山中殿に会いに行く。目立たぬ様に連れて行ってくれぬか」


「心得た」


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