第98話・高野山僧正衆の協議。


そのころ高野山・金剛峯寺の一室では、各寺・支院を代表する僧が集って協議していた。彼らが僧正衆と呼ばれる高野山全山を支配する者たちである。


「その後の奴らの様子は如何ですかな」

「それが、人数も増え悪化するばかりなのじゃ」


 この時、高野山の雇った僧兵達の一部が、僧正衆の言う事を聞かずに徒党を組んで好き放題をしていた。僧兵たちの反乱である。

反乱と言えば聞こえが良いが、その内容は暇を持て余した僧兵が昼間から酒に酔って練り歩いたり、僧坊内に遊女を連れ込んで騒いだり他の僧兵との喧嘩沙汰というような事は以前よりあった。

それが最近になって白昼堂々とやり始めて、町衆からの苦情が殺到して人をやって注意したが言う事を聞かなくなったのだ。逆に待遇改善を求められて、それに他の僧兵も同調し人数が増えている。

僧正衆としても、もはや看過出来ない状況となっていた。


「いつまでも手をつかねては、手遅れになりますぞ」

「まったく、道整備もろくに出来ない穀潰しの癖に」


「しかし中心となっている竜玄坊の者は手練れ揃いで難儀ですぞ」

「それに、喜善坊・心悸坊の者が加わり侮れない勢力ですぞ」


高野山には僧兵の寄宿する坊が二十坊ある。各坊に僧兵頭と五十から百の僧兵がいる。それらが坊の周囲にある宿の傭兵を率いている。

竜玄が率いる竜玄坊の勢力は戦が強いことで知られて百の勢、喜善坊・心悸坊の五十ずつが加わり周囲の宿の傭兵を巻き込むと厄介な事になる。


「僧兵頭の静山坊に命じて、今のうちに竜玄坊らをまとめて排除するべきです」

「しかし、それでは山内で戦が始まりますぞ」

「それは拙い。下手すれば多くの伽藍が戦火に遭う」


僧兵達の狼藉:その切っ掛けは遠くから参詣してくれる信徒たちの要望だった。

「三浦の里までは道が良くて楽だべ。けんどその手前が悪いだ」

「道が崩れて難儀だあ、何とかならねえですかの」

「雨が降ったら滑るわ・滑る。お蔭で土まみれになっただ」

「こんな道では、年寄りでは無理だべ」


そう言う声が多数寄せられたのだ。そこで小坊主を出して実際に見に行かせた。


「はい、たしかに崩落して通行に難儀する所が多く見受けられます。それよりも何よりも、三浦の里より南の道の良さが際立っています。道幅が広く勾配も一定、凹凸も無く水道を作られ大事な所は石が積まれており、まさに安心して歩けます」

「それ程にか・・」


 少し前に山中隊が大挙して整備した道だ。それが素晴らしく良いらしい。山中隊の道普請の話は良く聞く。どうやら山中兵は普請の手練れらしい。


だが、我らにも大勢の兵を抱えている。

戦も無くかといって経を読むでも無く、兵として調練さえせずに無為に徒食している五千もの僧兵たちだ。


そこで僧兵達に道普請を言い付けた。まずは大滝口に近い南部の僧兵たちに命じた。

武を誇る屈強の男どもだ、道普請などあっさりと片付けるかと思いきや、


「道普請だと、何故我々がそのような汚れ仕事を」

「仏を護る手に鍬を持てと!」

「誇り高き戦士に土を弄らせるか!」


 などと散々文句を言いはじめたが渋々と普請をはじめた。だが、短くない日にちが掛かったにも関わらず、直した道は少しの雨で崩れてすぐに通行困難になった。おまけに意味も無く蒔かれた新しい土が滑るという苦情が増えた。


つまり前より悪化したのだ。それを指摘すると、


「道具が無いのだ」

「道を直すのには、良い道具がいる」

「岩をどけるのには、先の尖った鉄棒がいる」


などと言い始めた。それもそうだと多数の道具を買い与えた。道具は普請の手練れの山中隊が使う物を選んだ。大和の山中が作る鋤や鶴・畚・筵などだ。山中隊は良い道普請をするだけに、たしかに良い道具を使っている事を知った。かなり高価だったが、これで普請が捗るのならばすぐに元は取れる。


 そうして直した道も又しても少しの雨で崩れた。良い普請をするのには必要なのは道具だけでは無かったのだ。技や経験がいるがこればかりはどうにもならない。何度か直すうちに経験を積むだろう。

 だが、そういう事を繰り返してから、僧兵どもは道普請に出なくなった。

そうしてやけくそになった如く、昼間から練り歩き堂々と風紀を乱す行為をするようになったのである。


 始めは僧坊の一つだった。それが周囲の坊や宿に住む僧兵にも次々と伝播して、次第に目に余る状況となった。遂には参詣者の女子を拉致して乱暴すると言う事まで起きた。


決してあってはならない事。彼らによって高野山の聖域が汚されたのである。聖域に悪の巣窟が出来たようなものである。僧正衆として放っておける状態では無かった。早急にこの事実を闇に葬らなければならぬ。



「いっそ奴らを雇い止めにしては如何か?」

「たしかに、五千もの僧兵を喰わす費用も馬鹿にならぬ」

「僧兵の乱れは、聖域の乱れになる。排除すべきかと」


「だと言って、僧兵が少なければまさかの時に困る」

「だが、もう何年も戦が無いのだ。その間に僧兵の風紀は乱れるばかりだ」

「座主、座主はどうお考えか?」


 対応に苦慮する僧正衆では妙案が出せずに、高座で聞いている高野山筆頭の座主の考えを聞いた。


「そなたたちの申す事はもっともです。拙僧の考えを言う前に、大和に行って来られた小善さんの話を聞きたい」


「はい、大和は以前とは違い民の表情も明るく生き生きとしており、町も大きく発展しております。広い街道には人が溢れんばかりの賑わいを見せており、その繁盛ぶりに拙僧少々面食らいました・・」


 小善坊は座主の脇を固める高野山のナンバー2である。多くの御師を配下に持ち各国の情報に通じている。謂わば高野山王国の参謀役である。


「南都は噂どおりであったか。で、興福寺の様子は?」

「はい、禍々しき僧兵のいない寺内は静寂に満ち、仏道を修める聖域に相応しき場所でした。僧侶たちも質素で清い姿に甘んじながらその眼は澄み切り、拙僧は羨ましくさえ感じました」


「・・それ程までに・・」

「門には僧兵が立っており、不埒な者を寄せ付けません。宝蔵院で武芸を鍛錬する彼らは屈強で礼儀正しく謙虚でさえありました」


「まさに理想の姿であるな。高野山でもそれが出来ようか?」

「はい。長年我らに敵対してきた根来寺は、僧兵を放出し始めたようです。ならば高野山の聖域にもはや僧兵など無用と思います」


「「「な・なんと・・」」」

「小善様、根来寺のお話は本当ですか?」

「はい、根来山内の坊は全て打ち壊して、門番以外の僧兵は全て暇を出されたそうです」


「国人衆らはみな、同意しておりますかな?」

「僧兵頭の津田家が率先して事を進めたようです。一部国人衆からは不満が出ており、これから一悶着あるかも知れませぬ。ですがこれは既に確定された事です」


「ふむ、根来寺が武装放棄するのならば、高野山の品格を落とすだけの僧兵は無用です。高野山は僧兵を解雇します。その方向で協議しなされ」


「ざ・座主・かと言って、僧兵どもが居座ったらどう致しますか」

「僧兵はいなくとも、周囲には国人衆がおります。生臭いことは彼らに依頼すれば良い」


「それについては、ご相談が」

「小善さん、なんですな?」


「山中殿は今、南紀を席捲しております。つまり我らの足元はすぐに山中領となります。山中殿は三好・松永の麾下なれど、その政によって領地には人が急増しておりますれば、その力はおそらく畿内で最大で御座りましょう。間違っても畠山様などに依頼すれば敵対する山中殿によって、高野山はあっという間に灰燼に喫しましょう」


「ふむ、守護殿は当てにならぬか・・」

「はい、まったく」

「さきの十市殿の言もある。山中殿は敵対する者には恐ろしいらしいな・」


「小善様、そんな恐ろしい山中に依頼すれば、荘園を取られておしまいなのでは無いですか?」

「そうだ、拙僧もそれを危惧しますぞ小善様」

「私もそのように思います」


「お待ちなされ皆様方。興福寺のことを考えなされ。山中殿がきちんと守護してくれるのなら荘園など差し上げれば良いのです。さすれば年貢や政(まつりごと)・訴訟や賞罰やらなんやらの煩わしい事から解放され仏の道に没頭できるのです」


「さらに山中は大名として国力を上げるために、道を作り産業を興し開拓をして民を豊かにしているのです。それに比べて我らは、民から搾り取った年貢で武器を購い大勢の無用な僧兵を養い、さらに自らを飾り立てているばかりです。そうは思いませぬか?」


「・・・・・・・」

「・・・」

「・・」


「小善さんの言う通りです。頭が痛いがそれが高野山の現状です。幸いにも我らはそれに気付きました。ならば当代の我らにすべきことは一つです。高野山を仏教の聖地に相応しき地に戻す。その方向で考えて下さい」


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