第97話・富田の策謀。


祇園山城 富田将監


 山本が滅んだ。それも敵は僅かな兵だったという。


馬鹿な、有り得ぬ。


山本は状況を徹底的に調べて、姑息なほどに細かく立ち回る男だ。おのれが不利とみれば決して動かず、有利とみれば非情な程 徹底的に付け入る、そこには義理も仁義も良心も無い。只おのれの利のみ。唾棄すべき性格だが戦国のこの世にあっては褒められるべきかも知れぬ。


だが儂はその性格が嫌で安宅か山本・どちらかに付かねばならぬ時に迷いなく安宅を選んだ。位置的には山本を選んだ方が遥かに便利で都合が良かったがな。


 山本を制圧したのは大和から来た山中隊、女武将だと言う。

女だぞ。

そんなのは聞いたことが無い。さては山本め、それで油断したか、奴の女好きは病気だからな。領民の女房を浚って来て側近と共に弄んでいるのは有名だ。それ故に領民には嫌われているのに、自分が名君だと思っているお目出度い野郎だ。


 しかし調べてみると、敗戦の原因はそれだけでは無いという事が解ってきた。


 まず、前線に居た民兵が大量に逃げたのだ。


射場で敵と対峙した稗田隊と対岸にいて後ろに回り込んだ玉置隊には民兵が半分ほどいた。それが突撃して敵前で逃げたのだ。その動揺は半端では無かっただろう。 その上に敵の多数が騎馬隊だったと言うのだ。側面を突くべく降りてきた本隊は、騎馬隊の突撃によって壊滅したと言う。


 騎馬隊、そんなものがこの南紀に現れるとは思ってもいなかった。儂も騎馬隊とどういう戦いをしたら良いのかは解らぬ。山本もさぞや仰天しただろう。

 しかし、騎馬隊とはそれほど恐ろしきものなのか・・・


 だが、山中隊はその勢いのまま田辺領を狙っている。本隊五百で山本の旧臣を集めても壱千か。それで倍する勢力、いや周辺の国人衆の援兵で三千にもなろうとする目良を狙うとは、いくら騎馬隊が強力でも分が悪いだろう。馬防柵などで馬を止められれば多勢に無勢だ。一気に戦力を削られる。


 逆に言えば、その時が儂の好機だ。兵を動かして一気に山本領を奪い、山中隊の退路を断ってせん滅する。さすれば目良や安宅とも拮抗する勢力になれるのだ。

 大きくなれる千載一遇の機会が巡って来たわ。そのために少しずつ兵を城に籠めている。ゆっくりと密かに準備して怒涛の如く山本領に雪崩れ込むのだ。


 血が騒ぐわい!




「殿、楓が来ました」

「楓が・・・通せ」


 楓は安宅に入った由紀の護衛に雇ったくノ一だ。

龍神の山間には楠木の流れを汲む忍びの隠れ里がある。某が若き頃、京大阪を見に行った折に偶然見つけたのだ。楓は里の長・龍神甚左衛門の娘だ。若い娘ながら、並の武士では歯が立たぬ腕を持っている。


「冨田様あたいは由紀様を助ける替わりに、山中の奥方に仕える事になっただ」

「山中とな、詳しく申せ」

「はい、これこれ・・しかじかで」


「なんと、山本に続いて安宅まで滅んだか・・」

「山本が滅んだとは真だが、ですか?」


「おう、山中隊を率いた女武将に首を飛ばされたわ」

「そっりゃあ、いい気味だで、色呆け阿呆の山本めが死んだとなれば、村人が祝杯を挙げているだよ。って女武将?」


「ああ、山中の騎馬隊を率いてきたのが女武将だ。今は龍松山城にあって田辺領を狙っておる」

「山中の騎馬隊、田辺領・・??」


「それよりもよく由紀を助けてくれたな、礼を申す。それで由紀は今どうしているな?」

「城の者はみな山中に開放されただ。由紀様は冨田家を守るために残ると」


「由紀が自分の意志で残るとな。ふむ、そうか・・ところで山中の兵は見たか?」

「見ただ、恐ろしく腕がたつ。堀内が相手にならなかったのも頷けるだ」


「堀内、あの堀内が山中に下っているのか?」

「ああ、大将・大将と借りてきた猫の様におとなしく臣従していただ」


「借りてきた猫・・そうか。とにかく今までご苦労であった。報告のために一旦里に戻るのだな、ならば甚左衛門に礼を持たそう。しばらく待て」




「殿、小笠原右近殿が姫の侍女を連れて参られました」

「小笠原殿が由紀の侍女とな・・通せ」


「将監どの、一瞥以来でしたな」

「生きておられたか、下野守どの」


「何とか偶然に、安宅の殿と福田・三木殿は討ち死にして御座る」

「そうか、某も安宅が滅んだことを実は今しがた楓に聞いたばかりなのじゃ」


「我らも戦が始まるまでは新宮の堀内が攻めてきたという認識であったのじゃ」

「なるほど。ところが堀内は山中のひと駒に過ぎなかった。背後には新宮・尾鷲・山本を制した山中がいたという事ですな」


「なんと山本領も、真か?」

「真も真、我らの目先で起こった事ゆえ。それで兵を集めて対応に追われていたところです」


「うむむ。我らいかに情報を知らぬ井の中の蛙であったことか・・」

「某も属する安宅家が滅んだ事も知らずに、山中に挑もうとしていたとは・・」


「山中に挑もうとしていたと?」

「おう、山本を制圧した山中は少数じゃ。田辺領に攻め込んで数を減らした時に山本領を併呑して大きくなろうと画策していたのじゃ」


「それは無謀ですぞ。話を聞いている限り山中は一地域の国人などが挑める相手では無いですぞ。それに無数の数に入らない、姿の見えない隊が動いている雰囲気じゃ。戦の最中に本城など数城が奪われましたからな」


「うむ、某も楓に聞き、また今、下野守どのに聞いて如何に無謀な事を始めようしていたか良く解ったわ。まさしく笑止な計画じゃった」


「今日はその事で来たのじゃ。山中には戦うか臣従するしか御座らぬ。はっきり言えば、戦って滅びるか生き残って臣下となるかの二択じゃ。冨田どの、生き残って一緒に次の世を見ようぞ」

「次の世だと、山中がそう言ったのか、」


「そうじゃ。こたびのような小さき戦は無くなり、数万の兵が動く時がすぐに来る。そのために周辺を統一しているのだと」


「左様か、山中はそこまで見ているか。ところでそなたは、由紀の使いか?」

「はい、姫様の文を預かって参りました」


「うん、失礼するぞ小笠原どの」

「ご随意に」


 由紀の文を読んだ。なに、書いてあることは山中がいかに強いか、山中に挑むことは冨田領の壊滅を意味する。冨田に勝てる見込みは万に一つも無いと、くどくどと書き連ねている。


 由紀はこの機を捕えて儂が大きくなろうとする事を見抜いているわ。

 ふふふ、

 生きるか死ぬかだ、是も否も無いわ。


「冨田将監、山中様に臣従致します。下野守どの山中様へのお取次ぎ、よしなにお願い致しまする」


「相分かり申した。ならば冨田どの、急ぎ某と同道して山中様にお目に掛かるべきで御座る」

「承知した」


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