第65話・尾張の虎来る。
「ポンーーッ」
と俺の持った火縄銃が腹に響く音と共に多量の煙幕を吐き出した。だが、一町先の的に変化は無く的の下の地面の土が跳ね上がった。
「ほっほっほ、また外れましたな」
俺の砲術の師・算長どのは、嬉しそうに笑っている。ちょっとむかつく。
そう、火縄銃は命中率が悪い。これが半町(55メートル)先ならば、もう少し的周辺に行くのだが、一町となると全然駄目なのだ。
その理由は火縄銃の弾は丸い鉛玉だからだ。撃ち出された弾は空気との摩擦によって、どう回転するのか解らない。回転方向によってカーブしたりスライドしたり跳ね上がったする。
「某があの的に当てた理由がわかりますかな?」
「無論です」
そんなのは、弾に加工しているからに違いないのだ。ちょっと悔しかった俺は、先の尖った少し長い空気銃の弾の様な形を描いて見せた。おそらくこういう形に加工していたに違いない。勢いでさらにスカートの部分に斜めの筋を入れた。回転を制御する筋だ。
「ほう、弾に工夫があると見抜きましたか・・」
と、算長殿は俺の描いた絵に見入っている。
「なるほど、この形ならばもっと良いかも知れぬ・・」
その言葉を聞いて俺はちょっとやり過ぎたと思った。慌てて絵図を取ると背中に隠した。
「何故、隠しまするかな?」
「いや、これは単なる思いつきで・・」
「ふむ、思いつきにしては筆に迷いが無かったが・・・」
俺を見る算長殿の目つきが鋭い。
「あの筋は何でしょう?」
やばい、算長どの、しっかり見ているな。ライフルマークの代わりに弾に筋を入れたのだ。回転を制御するためだ。
「あ、いや。それがしが書いたという、・・そう、あれだ。あれですよ」
「あれとは?」
うむ、動揺して言葉が浮かんでこない。サインでもなく印のようなものだ。あれは何と言ったっけ・・
「大将、大手門の前に妙な奴らがいますぜ」
十蔵の言葉に助けられた。ヒヤヒヤだったぞ。
ん、妙な奴らだと・・
五・六名の武士の集団が城を見上げて大口を開けていた。少し離れたところに同じ一行であろうと思われる数台の荷駄と二十人ほどの者が控えている。
「ほっほう、噂をすれば何とやら、あれが尾張の織田上総介じゃよ」
算長殿が愉快そうに言う。
(信長か!)
俺の背中に鳥肌があった。
(どうしてくれよう・・)
不意にその男がこちらを見上げた。
眼があった。間違い無く俺を見た。そして笑みを浮かべ、のどかな声を出した。
「そこに居られるのは、山中殿か。儂は織田上総介信長じゃ。いや聞きしに勝る城じゃ。感嘆し申した。後学の為にちと中を見せて貰えぬかのう」
松永様を追い詰めたのはこの男だ、それに筒井順慶・足利義昭、残るはこの男だけか・・どうしてやろう。立ち会いを所望して殺そうか・・
「山中どの、殺気が出ておりますぞ・・」
横で算長殿が訝しげな表情をしている。十蔵もだ。
「・・おおそうでしたか。なに、妙な奴らと聞いててっきり敵と思ってしまいました。山中はまだ尾張と事を構えており申さぬで、尾張者ならば我らの敵ではありませぬな」
迂闊だったな、傍に算長殿がいることを忘れていた。
それによく考えてみれば信長は松永を大和守護と一度は認めたのだ。それを興福寺大乗院に属する順慶が同じ大乗院座主だった義昭におもねて覆したのだ。その二人はもういない。
「何処から来たのか分るか?」
「昨日、橿原城を眺めているのが目撃されております」
「ならば堺の帰りじゃろう。あの御仁は南蛮の珍しき物を見たがるでのう。おそらく積荷は火縄と硝石かな」
「ふうむ、あの感じでは火縄五十丁は積んでおろう。硝石とで三千貫はする荷だろうに・・」
「相手は納屋衆じゃ、四千貫はする。いや他にも色々と散財しておろう、五千貫は使ったとみた」
「なるほど、うつけじゃな。幾ら屈強でも僅か二十名ほどの護衛、取り囲んで奪うのは造作もない」
「それも名案じゃな。一挙に火縄が倍になる」
「た・大将、真面目に言ってまっか?」
「冗談じゃ。奴は積荷狙いの賊などには殺されぬわ」
信長は尾張一国を手中に納め上洛して将軍・足利義輝に謁見、西上してくる今川義元を討ち取りその持てる力を出し始めた。
ここで信長一行を葬り去っても、尾張は何も出来ぬだろう。だが信長はこの程度では死なぬ。おそらく歴史が彼の者を殺させようとしない。また殺すのには惜しい男だ。
これから歴史がどのように進むのか分らないが、いずれ必ず畿内に進出して来て俺の前に立ちはだかるのは間違い無いだろう。
ならば今のうちに、新たな関係を構築するべきだ。織田信長という男を知るのには良い機会だ。
「十蔵、差し障りの無い範囲で、丁重に城内をお見せしてくれ」
「畏まりました」
ん・・十蔵 差し障りのある場所を解っていたかな・・
「ところで、差し障りのあるところは分かっておるか?」
「あ・それは、多聞櫓の壁で御座いましょうか。儂も職人らもあれにはたまげましたでな・」
「ん・、そうだな。だが、相手がどうしてもと言えばやむを得ぬ、案内して見せても良いぞ」
「左様で御座るか、ううむ、どう致そう・・」
十蔵、やはり解っていなかったな。まあ、知らぬ方が敵も騙しやすい。信長は特に勘が良さそうだからな・・。
ここの差し障りのある場所は、門とその建物(構造)それに入った所の馬出しだ。今は土やら材木などが積み上げられて見通しが効かぬ、その上に大勢の職人が動いているで気付かれることはないだろう。
「あとで儂も参る。百合葉を連れてな」
「左様でござりますか。うふうふ」
信長は百合葉みたいな女丈夫を知らないのではないかと思った。だとしたら、百合葉を見た信長の頭は混乱するかも知れぬ。
ところで、十蔵の笑いの意味は何だったのだ??
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます