第64話・布施城の陥落。


法用砦 北村庄佐衛門


 新介から弩を至急五十張り頼むと連絡が来た。今囲んでいる布施城の攻略に使うと早馬を飛ばして来たのだ。

 早速、弓師の俊蔵と弦師の辰則、矢師の郁三、木工の匠・保之と職人数人を呼んで試射を行なった。

儂はこの弓の試射を見るのは初めてだ。二人ががりで引き絞って矢を取り付ける。後は狙って引き金を絞るだけで放たれる。矢はそう沈むこと無く向かい山に吸い込まれた。的は外れたものの矢速は早い。


「ほう、確かに強力だな」

「へえ、火縄銃に対抗したいと大将が言われたので短弓の倍の強さにしました」


 狙いを修正した次矢は乾いた音を立てて的に当たった。見事だ。これを城に纏めて備えれば強力な防御になるだろう。あの美しい多聞城や広大な橿原城・前線とも言える築城中の岡西城にも大量配備するべきだな。


「倅は山の上に運ばせて火矢を飛ばすというのだ。何か工夫はあるか?」


「ならば、運び易きように台木は軽くしやす」

「こいつは矢速が速え、種火が消えないように工夫する必要がありやす」

「乾いた木に刺さるように鏃も見直す必要がありそうでやすね」


 すぐに職人の意見が出て来る。これが我らの強さだ。


「頼む。他の仕事は全て止めても良い。我らの兵士が戦場で待っているのだ。ここの兵で手先の器用な者も使ってくれぃ」

「「畏まりました」」


 日に三十張りを作る山中家の誇る弓師・矢師・弦師・木工師・鍛冶師・塗師の集団が一斉に弩作りに取り掛かった。皆、戦場の兵士の要求に応えようと一丸になっている。


 思えば山間の小集落に過ぎなかったこの法用村周辺は、大将のいや山中家の発展に伴って見違える様に発展したのだ。人は二十倍ほどにもなったか。特に増えたのは物を商う商人と職人だ。弓矢はもとより刃先に鉄を張った鍬は、兵が使うだけでは無くて山中鍬として飛ぶように売れている。


他にも籠や畚・行李・行灯・器・膳・扇子などの竹木品や、鎌・鉈・鶴嘴・鋏などの鍛冶品など幾ら作っても追いつかないほどだ。その利益は民に還元されて皆昔と比べて遥かに豊かな暮しが出来る様になった。

全ては山中の大将と土を耕し前線で命を掛けて戦う兵士らのお蔭だ。


「急げ、急げ急げ、前線で戦う兵士の命が掛かっているのだ。ここで踏ん張らなければ山中の民では無いぞ!!」


職人頭の張り切った声が郭に響いている。男衆も女衆も砦で働く全ての者が、ここが力の見せ時だと張り切っているのだ。


「お銀、今夜は徹夜だ。夜食を頼むぞ!」

「あいよ、とびっきり旨い物を作るから、職人方も気張っておくれよ!」

「「まかしときな!!」」


 ようし、儂も老骨に鞭打ってもう一踏ん張りだ。



山中隊陣地 北村新介


「法用砦より荷駄です。弩が届きました!」

「おお、もう来たか!」


法用砦に早馬を走らせてから四か目の朝、それは届いた。しかも色々と工夫を凝らしたと言う。それなのに実質二日間で仕上げてくれたのだ。職人ら大勢が不眠不休で掛かってくれたのに相違ない。


早速、射撃調練を実施した。一つに二名、合計百名が二町先の一間四角の的に矢を放つ。驚きの矢速だ。二射めでほぼ全員が的に当てた。


「よし、親父殿らの奮闘をこの目で確かめよう。山田、啓英坊、ここを頼む」

「はい。今宵から松永隊に総攻めを願って宜しいな」

「そうだ。夜攻めの方が涼しくて良かろう。火矢を用いれば攻撃方が有利だ」

「委細承知!」


「五十人隊・四隊で向かう。皆軽装で良いが城の燃える熱気に晒される故に、特に水を多めに持て」

「「ははっ」」


山上の橋頭堡に着いたのは、夕暮れにはまだ間がある刻限だった。滞在して居た兵に疲れは感じなかった。持って来た水と食べ物を配り、杭を打って弩を乗せる木を渡す。城が燃えると数百の城兵が突撃してくる事を想定して、二段の柵を補強して弓隊百とさらに兵百を配置する。


 背後の山に日が沈むと足元から陰が平野に伸びてゆく。


「放て!!」


自分たちの放った軌跡が見える様に、両側から順番に弩が放たれる。日が落ちた空に延びてゆく火の点が微かに見える。

三分の一は城の手前に、もう三分の一は向こう側に、そして残りの三分の一が城内に飛び込んだようだ。


飛距離は充分だ。角度を調整した二射めからはさらに的中率が高くなっている。城中では、すでに火を上げている建物も出ている。


「おおおぉぉぉーーー」という戦の響めきが伝わってくる。麓の松永隊も総攻めを開始したのだ。


「ビュン・ビュン・ビュン」という重い弦音と共に飛びだしてゆく火矢によって、見張り台のあちこちは火を吹き、矢に射られた見張りが吹き飛ぶように落下する。本郭や二の郭の屋根にも無数の火が見え、騒然とした声が聞こえてくる。



布施城・布施行国


昼間は熱気を含んでいた空気が、日が山影に沈むと途端に涼しい風が吹き始める。

やれやれ、今日もこれで一息ついたなとほっとする時だ。もう良かろうと汗臭い甲冑を脱いだその時、目前を何かが通過した。


(なんだ??)

と思ったその瞬間、鈍い音を伴って二筋の火が視界を通過した。更に「カツッ」という建物に当たる音、一段下がった二の郭の屋根に上がる小さな火、それは次第に大きくなった。


(火矢だ。攻撃されている!)

「誰かある!!」

という声は、「敵襲!!」、「上だ、山からだ!!」「火矢だ、火を消せ!!」などという声にかき消された。


 誰も来ない。だが油の燃える臭いが充満してくる。

「火矢か・・」

 ガックリと腰が落ちた。もはや城には火を消す水は何処にも残っていない。それを気付かれて付け込まれたか。


「父上、四の郭に避難を、大切岸が火矢から守ってくれます」

飛び込んで来た左京進に引っ張られ、四の郭に下りた。確かに十間高さの切岸の下は敵の矢が届かない安全地帯だ。郭にあった建物は兵の手で取り壊されている。


(大切岸がこのような用途に使えるとはな・・・)


 既に本郭の建物は炎上している。上だけで無く下の郭からも火の手が上がっている。


「松永が大攻勢を掛けて来ています。暗闇の中からの火矢による攻撃で味方の被害が増えています」


山上からの火矢は、東郭まで降り注いでいる。何という射程の矢だ。これでは為す術が無い。水さえ豊富にあればな・・


もはや、万事休すだな。


「降伏する。武器を置いて降伏せよと、皆に伝えよ」



山中隊陣地 北村新介


法用砦で職人達が徹夜で作った弩は、凄まじい威力を発揮した。

四半刻(30分)で難攻不落の城塞に火を付けて、半刻(1時間)ほどで敵の戦意を奪った。布施氏は降伏した。その後も城は燃え続けて翌朝には灰燼と化していた。


 翌朝は一転して曇り空に覆われていた。まるで昨夜の城が燃える煙が残っているような暗い朝だった。

その中で布施親子を始めとして降伏を許された城兵らが、松永隊の本陣の前に並び与えられた水を貪るように飲んでいる。

 その彼らの体をしとしとと降り出した雨が濡らした。数ヶ月ぶりの雨は次第に勢いを強めて乾ききった大地を潤した。


降伏した者たちの中に筒井順政・藤政ら筒井一党の姿は無かった。彼らは松永に降伏するのを良しとせずに山中に落ちていったようだ。

山中隊は、久通様より深い感謝の言葉を頂戴して橿原城に戻った。


「南河内で筒井一党と交戦、全員討ち取りました」

という報告が山中忍びから上がってきたのは翌日だった。


「全員か?」

「はっ、党首藤政始め順政ら郎党二十余名全員で御座います」

「ふむ、ご苦労だったな」


 落ちる筒井一党を山中忍びが南河内まで追っていったと言う事だな。というよりは、筒井一党に不安を覚えた大将の命で始末したと考えるのが自然だ。


 ならばその事は某の気に病む事では無い。大和統一の戦は終わったのだ。


しかし、もし弩が届くのが半日一日遅ければあの策は成功しなかっただろう。

あれから雨は勢いを落とさずに降り続いているのだ。布施はこの雨がもっと早く降って欲しかっただろうが、もはや過ぎたことだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る