第63話・大隊長の奇策。

永禄三年 六月 布施城下 北村新介


楢原が楠木殿に降った後、八百の全軍を連れて万歳城を囲んでいた新庄隊三百と合流した。

万歳城守兵二百に対して、我ら攻め手は一千四百の七倍の戦力となり、松永軍隊長の結城殿と相談して全軍での力攻めを行なった。


楢原城を囲み対峙するも、攻める事無く終わった兵士達の鬱憤を晴らすかのような激烈な攻めが続いた。

そして、それまでの攻撃により防御力が落ちていた万歳城は二日間で落ちた。万歳氏は降伏して家臣の殆どは討ち死にするか降伏した。



 防御力が落ちていたとは言え万歳城の防御は相当に固かった。その堅さは、楢原城・吐田城・布施城に共通するものだ。おそらくは相互に牽制し合って切磋琢磨した結果だろう。某達はそれをじっくりと眺め観察したのち破却した。

城は落ちたものの山中隊の負傷者も多かった。負傷者を帰し一千ほどの隊を編成し直すと布施城攻城軍に加わった。



「北村殿、良く来てくれた」

 松永隊の総大将は、松永様のご子息久通様である。御年十七の若さであるが凜々しく整った顔立ちの御曹司だ。


「山中軍の大隊長自らのご出陣、忝し。また吐田に楢原と万歳城の攻略もお見事で御座りましたな」と重臣の奥田殿


「我ら布施城の堅さに手を焼いており申す。その上、終わらせ次第河内に兵を出せと殿からの催促もござって少々焦っており申す」

と、同じく高山殿も焦燥顔だ。


布施城を攻めてひと月余り、何度か郭内部まで攻め込んでいるがそれ以上の進展は無いという。とにかく頑強で兵の損失が大きい、逸る久通様を高山殿、奥田殿の重臣がしっかりと手綱を取ってじっくりと攻城しているようだ。


「今までに予想外の手で攻城してきた山中隊だ。布施城を攻めるに良い手は御座らぬか?」


「残念ながらこれ程の山城に八百もの兵が籠もれば落とすのは難しいと愚考致します。あえて申せば、年余の囲みで兵糧攻めをするか、山を切り崩しての攻略が考えられます」

「左様か、どちらも途方も無い事じゃな・・」


「ただ」

「ん・・?」


 がっかりした久通様と両重臣の顔が、微かな望みに向き直った。


布施城攻めは、ここに来る前に山田と啓英坊らで相談を重ねて来た。

その結果は大将の「落ちぬかも知れん」と言う事を裏付けるものでしか無かったが、楢原や万歳に話を聞いたところ気になる点があった。

それは《水の手》である。


「水です。布施城には城内にも井戸の一つや二つはあるかも知れませぬが、谷筋に主な水の手があると聞き及びました。ところがこの谷は、日照りが続くと細くなると土地の古老から聞いた者がおります」


「日照りか・・、今はまさにそれじゃな」

「はい、各郭には無数の雨水を溜めた瓶があろうと思われますが、湧き出る水と井戸が細くなっているとすれば、八百もの城兵の口を潤しましょうか?」


「そう言えば、谷間の水が細くなったと言う報告があったな」

「若殿、それで御座います。敵は水が足りておらぬかも知れませぬぞ!」


 このところ数ヶ月も日照りが続いている。たまに雨になっても地面を潤すまでは降っていないのだ。幾ら無数の瓶に貯めた水があろうとも、そろそろ水が逼迫しても良いころだ。


「かといって、それを確かめる事は出来ぬ。北村殿、何か策があるか?」

「城内の湧水が細くなっているのならば、南北の谷間で水を汲んでいるのに相違ありませぬ。ここは谷に兵を配置してそれを遮断すべきでしょう」


「相分った。高山手配せよ」

「はっ」


「さて、其方たちの配置だが、この辺りは御覧の通り有様で・・」


 松永隊本陣は布施城に対面する古代の古墳山に置いている。

周辺は集落の近辺まで山がせり出してきて非常に狭い。部隊は集落の一部を占拠して南北に細長く広がっているが新たに陣地を作る余地は無い。


 勿論布施城の南北の支尾根にも陣地を構築して兵を配置しているが、葛城山地の支尾根はいずれも狭く、大勢の兵を籠めることが出来ない。まして山中隊は一千の大所帯だ、適当な所に陣を敷くことが出来ないのだ。


 布施城はその急阻な地形もさることながら、大勢で取り囲むことが出来ない地形も難攻不落の大きな要因となっている。


「山中隊は北に離れた小山に陣を敷きたい。そして我らの攻め口は布施城背後の稜線に向かう尾根に取りたい」

「おお、上から攻めて下さるか。ならば、是非お頼み申す」


 こうして山中隊は少し北に離れた小山に本陣を敷き、狭い山道を登り降ろして、稜線から布施城を攻める事になった。

むろん、それなりの策があってのことだ。



《尾根筋の橋頭堡を確保。敵・見張り台まで一町半》

《敵・反撃してくるも、後退して見張り台前に柵を構築中》


橋頭堡作りに出した五十人組三隊と支援部隊二組の派遣部隊からの報告だ。部隊は敵の攻撃を排除してあっさりと陣地を構築した。その上に、

《尾根は細く、我らだけでも攻略は可能》と言う報告まであった。


「予想以上に簡単でしたな」

報告を聞いた啓英坊が拍子抜けした様に言う。


「全くだ。山からの攻撃を軽視していたのだな」

「軽視というよりは、城にとっても重要な通行路だったのでしょう」


 布施城は上からの攻撃に弱いと言う探索隊の報告が上がっていた。そこを我らの攻め口として、まずは橋頭堡作りに部隊を送り込んだ。

城からの攻撃に対応する迎撃部隊を送り込んだのち、三隊百五十兵が褌一つとなって陣地の材料を担ぎ上げたのが未明のことで、昼前には構築終了の報告がきたのだ。呆気なかったというところだ。


はっきり言って、山からの攻撃は想定外だったと言っても良い。


勿論、尾根には何重もの竪堀が掘られて細い通路を屈折させ、通路の横にも見張り小屋を建てて通行を厳しく観察していた。だが、通行そのものを大掘切などで遮断してはいないのだ。つまり城側もこの通路を日頃から使用していると言う事だ。


「とにかく”あれ”が来てからですね」

「そうだ、父上に無理を言って作って貰っているのだ。使ってみなければ親不孝のそしりは免れぬ」


「今頃、法用砦は庄佐衛門様をはじめ職人らが大騒ぎしておりましょうな」

「はっはっは」


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