第59話・宇智郡の大普請。


二見城 栄山実颯


 島野と生子は山中様の前で腕試しをして名刀を賜り威勢を上げた。嫡子を伴っての目通りを許されたのも彼らだけだ。

それに比べて切羽詰まってからやむを得ずに降伏した儂が、領地と城を許されたのは取るに足らぬ小さき所領だからか・・・


「野原の殿も悩んで御座ります。栄山殿はどう思われますか?」


 それを夜中に漏らすと逆に問われた。野原殿は山中隊と闘い、その後も軍を纏め敵対していた。それなのに領地の没収も安堵も無いまま放置されているのだ。


「そうよなあ、今宵の役割分担で大勢は分ると思うがな」


 山中とはさっき会ったのが初めてだ。澄んだ目をした大きな男だ。周囲の者に大層慕われていてかつ恐れられているのが良く分った。だが嫌味なところは感じられず真っ直ぐな男だと思う。

野原殿は侵攻して来た敵に対して、残兵を纏めて良く耐えた。卑怯な振る舞いはしておらぬ。それを理解出来ぬような男では無いだろうと思うばかりだ。



二の丸に入ると障子が開け放たれて庭から風が入る気持ちの良い広間に、山中様やご家老の清水・相楽殿、普請奉行の山田川・小坂殿らが絵図を囲んでいた。


「おお来たな、まずは座ってくれ」

ご家老の清水殿が気さくに言ってくれる。絵図は宇智郡全体を描いたものだ。中央に吉野川が流れて山や城の位置が記されている。


「今までとはやり方が違うで色々と混乱するだろうが、分らぬ事が有ればその都度聞いてくれ。まずは山中の軍制について話しておこう。小坂、頼む」


「まずは某・小坂が山中の軍制について説明致す・・」

小坂殿の話によると、山中の兵は基本常備兵で拠点の城に詰めて調練と共に様々な仕事を行なうとのことだ。


●指揮者は大隊長・北村新介どの以下、中隊長・小隊長・組頭・兵長に別れる。


●兵長は十兵を、組頭は五兵長を、小隊長は五組頭を、中隊長は五小隊までを指揮する。中隊長なれば最大で一千二百五十兵を指揮することになる。


●軍制を定めているのは、一つに戦場に置いて直属の長が倒れた場合に混乱せぬ為だ。その場合軍制によって、誰に従えば良いのかはすぐに分る。


●指揮する兵はその時々によって変わる場合もある。自領の兵ばかり指揮する訳では無い。現に嶋小隊長や、藤内中隊長は領地を持ってはおられないと言う。つまり彼らには自領の兵はいないのだ。

今、宇智郡に来ている人で、相楽殿、藤内殿、梅谷殿らが中隊長で、嶋殿と山田川殿に小坂殿は小隊長だという。


 なるほどな。今までとはかなり違うな。軍が大きくなると軍制というものが必要なのだな。中隊長一千二百五十兵といえば、宇智郡全体の兵数にも相当する規模だ。その指揮者が領地を持たないとな・・・


「ならば今の配下は、どなたの指揮下になるか分らぬと言う事ですか?」

 野原が不安そうに聞いた。それは皆も聞きたかったことだろう。


「いいえ、今の配下はそのままで御座る。慣れた配下は貴重です。隊長と名が付く者は、その範囲で兵長や組頭も自由に任命されると良いのです。但し足軽は徐々に常備兵に切り替えて欲しいと言う事で御座る」


「相分り申した」


「他に御座らぬか?」

「某の場合はどうなりますか?」

 二見光堅殿が控えめに聞いた。城を没収された国人はどうなるのだ。


「それは民政を担当している某が説明しよう。宇智郡の国人衆の内、二見殿と大岡殿の城は没収となった。それは立地の故であるが、この地でも山中家に仕えたい者を募っており、その新兵は既に三百名を越えて御座る。

その中から旧家・ここでは二見氏に仕えたいと希望する者を配下として付ける。元の家臣団が全て揃うとは限らぬが、そこから始められよ。

希望する者が無くとも、小隊長や組頭に任命されれば、その数の兵があてがわれまする。

付け加えておくが、国人衆方には戦で兵を失った上に常備兵の制限がある、故に取りあえずの兵数は今までの半数で良い」


「・・相分り申した」

 ご家老相楽殿が説明された。相楽殿は民政が担当なのだな。半数の兵で良いのなら彼らの負担も楽だ。よく考えられているな。


「他に質問が無いのなら、役割分担の話に入るが宜しいか?」

 皆はそれを早く聞きたいのじゃ。細かい問いなど後で良かろう。


「宇智郡の普請について簡単に説明する。岡西城の北を均して駐屯地と武家屋敷を作る。三千が暮らせる規模だ、二見宿の半分ほどの広さになろう。

次にこの西一帯五百町歩を開墾して新田を作る。右岸の阪合部領だった土地も川の傍の百町歩ほどは新田を整備する。そして山間部は五百町歩ほど均して、職人らの作業場を作る。木地師・鍛冶士・塗師・木工・竹細工・紙に蝋などありとあらゆる職人を集め産業を興すのだ。」


「な・なんと・・・」

 今まで考えてもみなかった壮大な普請だ。新田は六百町歩・六千石か、いや職人の生産を入れれば一万石を越えるぞ・・


「勿論開墾は刈入れが終わった後だが、道作り溜池作りや縄張りなど、それまでにする事は無数にある。橿原への街道も整備する必要がある。新田開墾は其処だけでは無くその他の適地を整備して、宇智郡の石高を倍増させる。職人が新しき物を作り商いも物も人も倍増するだろう。宇智郡はこれから大いに栄えるぞ」


 石高倍増だと、可能だろうか、いやそう言うからには出来るのだろう。だが莫大な人員と銭が掛かる。民が重い労役を課せられて苦しむことになるのか・・・


「普請には主に兵を使う。城普請に五百、右岸左岸共に一千を予定する。半数は普請に慣れた大和の兵を入れる。残り半数は宇智郡の兵だ。常備兵は勘定方から給金が出るので、国人衆の負担は無い。勿論仕事は山ほどある、民の手伝いは歓迎するし労賃もきちんと払う。人が増えれば物が飛ぶように売れる。物が売れれば民の懐も潤う。税が増えたお家から兵に給金が出ると言う事だ」


 兵か、そう言えば山中兵は普請が得手だと夜中が言っていたな。二千五百もの兵に給賃がでるのか、つまり民の負担は少ない、いや人が増えれば物が売れるので実入りは多くなるか。

 しかし安堵された土地を持つ我々は、今まで通り兵の面倒を看なければならぬという事か。うむ、ならば商人に命じて店を増やすか、商人が儲かれば儂の懐も潤う。増えた税で兵の面倒をみるか。我らもじっとしては居られぬな・・


「お聞きするが、常備兵を出す基準はどれぐらいで御座るか?」

「およそ三十石に一人、但し予備兵もいる。それも本人の希望が第一だ」


 なるほど。それならば今の兵数と大差が無いな。良く出来ている。これが山中の治政か。


「野原・大岡・二見らの主立った国人衆には、まずは見習いからじゃが配下の者と共に、これらの普請の差配をしてもらわなければならぬ。部署の希望があるか?」


「・・・」

 皆困っているな。一千もの兵を使う大普請は経験がないゆえに、返答のしようが無いのじゃろ。築城普請に新田開墾、職人村造りか、どれも変わらぬ根気のいる大規模な仕事じゃな。・・・む、儂の名前が無かったな。


「皆経験の無い事ゆえに困っておるようじゃ。見習いならば場所的に近い者が担当したら如何か、城普請は大岡殿、新田開墾は二見殿、右岸普請は野原殿という具合に」


「ふむ、異議が無いならそう決めるか、なに、得手が分れば移動したら良いし、新たな人材も出て来よう」


 皆は熱に浮かされたような顔で戻って行った。だが儂はまだ役割が決まっておらぬで残った。夜中も何故かまだ残っている。


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