第二章・紀伊
第58話・国人衆の腕試し。
永禄三年六月 二見城
宇智郡は吐田領の国人衆を藤内隊が率いて侵攻すると、岡西山城を攻めていた宇智の国人衆の一部が反転して攻撃してきた。近内・阪合部・宇野らの三氏を中心とした三百ほどの隊だ。
決死の覚悟をした勢いのある攻撃だったが、新たに臣従した吐田勢の奮闘により殲滅。三氏ともに討死・残った兵は逃散して消えた。
二見城に残りその戦に参戦しなかった栄山・野原・二見の三氏は臣従する事を誓い、宇智郡の制圧は終わった。
その報告を受け、普請や民政を担当する役人と大量の道具と共に相楽・山田川・市坂らの重臣を引き連れて来た。橿原はようやく後進の者が育ってきて、彼らがいなくとも作業が進むようになっていた。
「某、生子義正、これは倅・義澄でござる」
「島野市兵衛でござる。これは倅の安兵衛」
「儂が山中勇三郎だ。相まみえるのを楽しみにしていたぞ」
まずは最初に内応してくれた二人に会う。二人共四十前半の渋い男達だ。特に生子は日焼けした精悍な顔をしている。その場に居るのは、儂と相楽・藤内・梅谷・清興、そしてちゃっかりと付いてきた山中家宿老の十蔵の六人だ。
二人には嫡子と五十兵を伴うようにと言っておいた。
闘う前に内応してくれた二人だ。他の国人衆と扱いに差が出るのは当然、嫡子共々面会する事によって、お家の安泰を約しているのだ。
「始めよ!」
「はっ!!」
兵を連れて来たのは、実戦形式の調練試合をここで行なってもらう為だ。つまり腕試しだ。越智家との境界で屈強と言われる島野と山の民が含まれる生子、その兵力を見たかったのだ。
得物はこちらで用意した調練用の竹槍か棒。勿論相手が怪我をしない程度の打撃をしなければならない。打たれた者はその場でしゃがみこみ、すみやかに離脱するのがルールだ。
両隊の相手をするのは嶋小隊の五十人頭・玄海・雲海の隊だ。両隊とも数多くの実戦をこなして来ている。今の山中隊随一の強さを持っていると言っても過言では無い。
大岡・野原・二見・栄山らと新たに臣従を決めた国人衆らが後で不安そうな表情をしている。つまりこの腕試しを、宇智郡の侍たち皆が見ているのだ。
まずは島野と雲海の隊が当たる。島野隊は半数が槍代わりの一間長さの棒を持ち、残り半数が何と竹槍を持った。
「ほう、竹槍を選んだか」
「へい、山中隊の越智との戦を拝見して工夫しました」
と、島野市兵衛が鼻を膨らませて言う。
ふむ、島野は境界の領地を持つ故に我らと越智の戦を見ていたのだ。
なるほどな、見てそれをすぐに自軍で活用してみる。その柔軟な考えが島野の強さの秘密かも知れぬ。
ぬるま湯の惣国にあって島野がいち早く山中に内応したのも、そういう事が影響しているのだな。
「構えよ!」
竹槍隊が前に出て槍衾を作った。なかなか様になっている。棒隊はその後方で備えている。
それに対して全員が竹槍を持った雲海隊は、先頭が槍衾を作り後方は竹槍を立てて小さく固まったまま無造作に突っ込んだ。
「な・なんと・・」
雲海隊によって島野隊の竹槍は瞬く間に地面に落とされて、兵は次々と打たれて倒された。後方の棒隊は扇状に広がった雲海の竹槍隊に囲まれて為す術無く降参した。
「参り申した。些かあった某の自信が恥ずかしゅう御座る。所詮は付け焼き刃で御座った」
付け焼き刃にしてはなかなか様になっていた。だが命のやり取りをする実戦経験の差は大きい。まあ相手が悪かったと言うべきだな。
「某の方もあの竹槍隊に対しては為す術が御座らぬ」
生子義正も闘う前に敗北を申告した。
「ならば、棒のみとしようか」
「それならば」
「そ・某も今一度の機会を!」
良いとこが見せられなかった島野が頭を下げて願う。仕方が無いな。
「では、お二方で試合ってみられよ」
「「はっ」」
今度は島野VS生子だ。両将とも兵に混じって指揮をして貰う。両隊共に固まって二人から指示を受けている。
「どなたか両隊の事を話してくれまいか?」
同じく傍観している国人衆らに問い掛けた。勿論、島野・生子隊のことは探索隊の報告により把握はしているが、同じ国人衆らの話が聞きたいと思った。
「ならば、拙僧が。それと夜中どのをお借りして良いか?」
栄山坊が野原の了解を取って、俺と同じ歳くらいの男を連れてきた。細身で動きの軽い聡明そうな男だ。
「拙僧、栄山寺の別当で島野殿に奪われた栄山城の主です。この中では一番歳を喰っており、その功で知っている事をお話しします。この者は野原殿の軍師・夜中阿介と申して、様々な知識と情報を持ち宇智郡一の頭脳を持っております」
「夜中阿介で御座ります。栄山様の言葉は大袈裟で某はそれ程の者では御座りませぬ」
夜中の事までは知らなかった。大袈裟でも宇智郡一の頭脳か、面白そうだな。
「宜しく頼む。まずは両隊の特徴を話してくれ」
「はっ。国境に位置する島野は強力な越智との小競り合いも多く、兵の纏まりが良く戦慣れしております。対して生子は山間に位置するために剽悍な兵が多く素早い動きが得意で御座る」
「始め!」
「おおっ」
栄山の説明通り一つに固まった島野隊に、五つに別れた生子隊が周囲から包み込む様に攻撃している。鋭い攻撃だが島野隊は良く耐えている。双方共に数を減らしてゆく拮抗した戦いだ。
やがて生子隊は二つに纏まり左右からの挟撃に変わった。それに対して島野は一気に前後に別れて、生子隊の片方を前後から攻撃した。
攻撃された隊は左右に分かれて逃げた。だがその一瞬の攻撃で、幾人かの兵が倒されている。
「島野は少数でもこういう大胆な事をして来ます。それが島野の怖さです」
夜中の説明が終わる頃には、島野隊は再び一つに固まり纏った生子隊がぶつかっている。双方とも十五人程は数を減らしている。だが地力の差か、次第に島野隊が劣勢になっているようだ。
なかなか見所のある勝負だな。双方共に手強い、だがこのへんで良かろう。
「そこまで!」と試合を止めた。
「二人共見事だ。其方らを相手にしていればさぞ苦労しただろうな、梅谷」
「はっ、まさしく。某その事を思い背中が冷えました」
「過大な評価は赤顔の到りで御座る」
試合の余波を身に付けた生子はそう言って畏まった。
二人には大和の名工が鍛えた刀を贈った。産業育成に力を入れ鍛冶士見習いも急増しているので、こういった刀もどんどん生産しているのだ。
「どうだ、我が隊と試合ってみるか?」
二人は顔を見合わせたが、島野は首を横に振った。生子は少し考えて言った。
「是非」
今度は、玄海隊と生子隊の試合となった。
十人五列で対峙した玄海隊はそのまま進む。先頭がぶつかると生子の後方が素早く左右に分かれて玄海隊の側面を襲った。が、十名程度の攻撃では玄海隊の防御を崩せない。逆に跳ね返されている。
「おおお!」と、見ていた者らが響めいた。
玄海隊の正面が割れて一隊が突入したのだ。突入した隊の攻撃であっさりと勝敗は決まった。隊長の生子が討ち取られたのだ。
「完敗で御座る。ぐうの音も出ませぬ」
ガックリと膝を落とす生子。
「この者らは幾多の実戦と、実戦さながらの集団調練を行なってきたのだ。その差だ」
生子が左右に兵を分け本陣が手薄になったのを玄海は見逃さなかったのだ。一瞬の判断が勝敗を決める。実戦もそうだが、集団調練の成果も大きい。
「某にもその機会をお与え下され」
「ん、集団調練か、それならばこれから幾らでも出来よう」
「それだけでは無く、是非 実戦の機会も。我ら実戦から遠のいて御座る」
「某にも!」
ふむ、屈強な生子と島野隊を鍛え上げておくのは、今後の為になるな。
「ならば両隊を合わせて百の兵を選び、それぞれ五十を指揮しろ。数日後に前線に派遣する」
「「はっ」」
南河内周辺で活動している楠木隊に援兵を送るつもりだった。活動地域はそこから紀泉にかけての山沿いだ。山に慣れた生子らなら適任だろう。そこと布施城しか当分の間は戦が無いのだ。彼らに実戦経験をしてもらう良い機会かも知れぬ。
「他に腕試しをしたい者はいるか、誰でも良いぞ?。これはという者がいれば連れてまいれ、それなりの力を見せれば取り立てるぞ」
腕試しは武家の力を見せる絶好の機会だ。だが予想に反して反応が無い。
「栄山坊、どうだ」
「拙僧は、やっとうよりは説教が得手でしてな。それ故に城を奪われたのかも知れぬ・・」
「栄山殿、その節は真に申し訳御座らぬ。山中様への手土産にしたかったのじゃ。許されよ」
突如、島野が土下座して謝っている。
「島野殿、それは分っておる。城兵は怪我をしておらぬし城も無事戻った。臣従があとになって城が残ったのは儂と野原殿だけじゃ、恨んではおらぬよ。」
島野が手土産にした宇野城・栄山城のうち、栄山城は栄山坊に返した。宇野城は廃城だ。生子城・島野城は勿論そのままで、野原城もそのままにしている。
大岡の岡西山城は没収・大改修して宇智郡の拠点の城とする。今いる二見城は没収してそれまでの拠点にするが、いずれは廃城となる。その他の城は全て廃城だ。
「誰もおらぬならばこれで腕試しは終いじゃ。今宵は広間に集ってくれ、これからの役割分担を決める。皆忙しくなるぞ」
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