第57話・惣国の終焉。
梅谷隊・梅谷柵之丞
南北から攻めて来た宇智惣国の両部隊を追い払うと、すぐさま清興隊を追撃するように出陣させた。
向かうところは二見宿の北にある岡西山城だ。攻撃隊にいた城主の大岡は僅かな兵と共に逃げ帰った筈だ。その岡西山城の防備が整う前に雪崩れ込んで攻めとるのだ。
一戦したあと、国人衆の隊が再編して攻めて来ぬ前に新たな拠点を奪う必要がある。この丘の陣城は敵が砦だと認識して、矢除けの大楯や梯子などを用意されれば簡単に攻略されるからだ。
当初は近くて兵が少ない宇野城や栄山城を攻略するつもりだったが、敵兵が逃散して行くのを見て閃いたのだ。城兵が出撃していた岡西山城ならより少ない損失で奪える筈だと。
清興隊が追撃したあと残った半数の隊で急いで砦の撤収をする。柵や杭・小屋などは岡西山城でも再利用しなければならない。それらを兵糧などと共に荷駄に満載して向かう途中で、先行した清興隊からの伝令が来た。
「岡西山城を奪取。城主の大岡は降伏!」
某の目論見は当たった。なんと兵の損失無く城を奪えたようだ。岡西山城に入ると、城にいた兵や家族を全員解放した。去就の怪しい兵や人質などいらないのだ。
「大岡頼教、梅谷殿に降伏致しまする」
大岡は某よりは幾分年上で、四角い顔の実直そうな男であった。まず元城主にやって貰うことがある。
「大岡殿、戦場には死者や負傷者が残っている。それを民や家族に知らせて急ぎ連れ帰りなされ」
「おお、そうであったな。ならば早速知らせを走らせまする」
我らにはその時間は無かったが、手当てが早ければ助かる者も多かろう。戦えない者は最早敵では無いのだ。
「よし、敵はすぐにも攻めて来よう。我らも今夜の寝場所が必要だ。城を拡張するぞ」
「おお!」
兵たちは武器を置いて普請道具を手に持つと、五十人隊長の指示でてきぱきと動き始めた。
二見城 野原頼勢
我らが一番近い二見城に引き上げると、逃散した左翼隊の兵が次々と帰城してきて戦いの様子が明らかになった。
丘の北側は緩やかな地形であるから、左翼隊は柵に向かって突撃して多くの被害を出したようだ。そこで態勢を建て直す為に一旦退いた。そこを弓矢が降ってきた。油断していたために多くの兵がそれでやられたと言う。
我らも危ないところだったのだ。我らの被害が少なかったのは、単に地形の差であったようだ。
「山中隊が岡西山城を占拠したようです」
「なに、大岡殿はどうした?」
大岡殿の討死の知らせは無い、左翼にいた大岡隊はもっとも近い岡西山城に逃げ帰った筈だ。
「いち早く城に戻った大門殿は、城門を開けて帰参兵を迎え入れていたようです。そこに帰参兵を装った山中隊に入られて、あっという間に制圧されたようです」
「そうか、すぐに兵を編成して向かわせよ。とにかく敵を城から一歩も出すな、押し込めるのだ」
「はっ、手配致しまする」
留守兵や戻った兵を集めて四百ほどが岡西山城に向かった。岡西山城は二見の町と隣接する所だ。宇智郡一の町・二見宿は何としても守らなければならぬ。二見宿が敵の手に落ちたなら、宇智郡の中枢が奪われたと同じ事なのだ。
「こちらに来た岡西山城の兵によると、大岡殿は降伏して城兵や家族は解放されたそうです」
「そうか、大岡殿は無事か」
「はい。大岡殿の手配で負傷していない兵と町の者が、戦場に残された兵を引き取りに出ていると」
「我らも町衆や家族に知らせて、手の空いた兵も向かわせよ」
「はっ」
ここ二見城はしばらくの間は軽傷の兵で守らせば良い。国人衆に事情を伝える伝令を走らせたですぐに援兵が駆け付けてくるだろう。
それにしても、柵に守られて弓矢を放っただけの敵はほぼ無傷だ。それに比べて我らは三百近くの兵を失った。その上惣国の中心となる二見殿と阪合部殿が討死したのだ。
何という無残な結果だ。
これからどうするか、一体どうすれば良いのか・・
その夜、二見宿周辺では線香の匂いと読経・人々の泣き声に満ちた。これが逃げることの出来ない戦の一面である。戦を先導した身としては、何度経験しても暗く落ち込む時である。
翌朝になると各地から援軍が続々と集った。居伝城から近内殿が百五十、宇野城の宇野殿が百、栄山城から五十、野原城から五十、阪合部城からも百の援軍が来た。
「岡西山城を総力で攻めて父の敵を討つべし!!」
と、威勢が良いのは阪合部の倅・和昭殿だ。近内殿・宇野殿もそうだ。
「お待ちくだされ。敵は岡西山城に閉じ込めて御座るで、まずはどのように攻めるか相談するべきかと」
それに比べて、阪合部と同じく父を失った二見光堅殿は実に冷静な発言だ。栄山殿もそうだ。
「相談も何も、城攻めはがむしゃらに攻めるしかあるまい。攻めて攻めて攻めまくるのみ!」
まさに近内殿の言う通り城攻めはそうするしかあるまい。だが、それでは、それだけでは・・
「その前にまず敵を知りたい。戦巧者の二見殿がそう簡単に敗れるとは思えぬのだ。なのに敗れ、さらに阪合部殿共々討死という悲報だ。儂はそれがどうにも気に掛かるのだ」
栄山寺の僧侶でもあり阪合部殿と同い歳で国人衆の長老格の栄山殿の発言だ。皆がそれに従う雰囲気になる。
「では、昨日の戦の様子を某が見聞した範囲で申します」
夜中が戦の一部始終を話すと、しばらくの沈黙があった。
「・・・なんと、戦は矢合わせのみだったか」
「柵に守られて敵は無傷か・・」
「口惜しや・・」
改めて戦を振り返ると、我らの一方的な被害だったのだ。どうしてこうなったのだ。その理由が今ひとつ良く分らぬ。それが分らぬ限りは山城に入った敵を攻めるなど考えられぬ。
「ふむ、敵ながら見事な采配だ。将の名は分るか?」
「はい、梅谷という木津の国人です。梅谷は越智との戦いの主力でした。最後の一兵となっても戦ったと言う苛烈な戦で、際立つ采配を見せた山中の信頼厚き名将のようです」
なんと夜中はそんな事まで知っていたのか。
「そのような将が籠もる山城を攻めるのは容易ではないな・・」
「まさしく・・」
場を暗い雰囲気が淀んだ。それを振り切るように立ち上がったのは、阪合部和昭殿だ。
「ここで長々と話していてもらちが開かぬ。我らは岡西山城に参る。ごめん!」
阪合部殿が席を立つと、近内・宇野も続いた。
「・・あれらは、隙あれば攻め込むつもりじゃな」
「そうでしょうな」
「危ういのう・」
その場に残ったのは、儂と夜中、栄山殿と光堅殿の四人である。取りあえずはこの四人で岡西山城攻撃隊の後方支援をする。
「ところで光堅殿は、阪合部殿のように父上の仇を討とうとは思われぬのか?」
「某如きが父の敗れた相手に敵うはずもありませぬ」
少し驚いたな。何故だか光堅殿は冷静と言うより戦に対して消極的だ。
「ところで、島野と生子はどうしたな?」
「事情を言って援軍を頼んでおりますが、未だ・・」
「ふうむ・・」
山中隊の籠もる岡西城を囲み、国人衆に援兵を頼み武具・兵糧も集めた。死者を葬り負傷者の手当てをして畠山様にも使者を出した。打つ手は全て打ったのだ。今は戦況を見極める時だ。
“阪合部殿らが大手門を突破、三の曲輪を攻撃中です!”
岡西山城とここを連絡役の兵を幾人か往復させてあるので、次々と状況報告が上がってくる。
阪合部らは岡西山城に向かったその足で突撃を敢行したようだ。大手門を破ったのは成果だが厳しいのはこれからだ。かなりの犠牲が出るだろうが諫めても無駄だろう。
「そうかご苦労、引き続いて報告を頼む」
「承知。それにしても妙な感じです」
「妙とは?」
「町衆です。三百もの自領の兵を倒した恐るべき敵がすぐ近くに居るのです。なのに町衆は逃げも隠れもせずに平然と普段の生活をしています」
「・・さようか、そう言われば」
民が所帯道具を持って右往左往する阿鼻叫喚の光景は、和泉や河内に遠征した時には何度も見かけた。儂も実際に村を蹂躙し、火を付けて燃やしたこともあるのだ。
だがここでは、そういう光景はいっさい見ていない。つまりは民の方が山中隊の事を良く知り恐れていないのだ。
「夜中はそれを知っていたか?」
「山中隊が民を襲わないことですか。そんな事は勿論知っていますよ。今、山中隊は葛城の楢原城を攻城中ですが、一千三百の山中陣のすぐ傍の楢原郷の民も一人も避難せずに暮らしているそうですから」
「なんと・・」
楢原が攻められているのは聞いていたが、山中隊一千三百だと、それでも民が逃げていないだと、
「山中隊の総兵数はどのくらいか?」
「彼らは三千と言っておりますが、実際はもっともっと多い筈です。30万石以上の領地からして一万でも少ないくらいです。その上全員が常備兵で毎日厳しい調練をこなしていて、倍する敵を打ち破る力があると言われています。あっ、これはご存じですね」
「あの兵たちが十倍もいるのか・・」
知らなかった。儂は敵の事を何も知らなかったのだ。それにしても山中隊には何か途轍もない不安と違和感があった。
しばらくするとその不安は当たった。悪い知らせが次々と入ってきたのだ。
“生子殿が山中に臣従すると、伝えてきました”
「「・・」」
“島野殿裏切りです。空き城同然の宇野城・栄山城を落とされました”
「「なにぃ!」」
島野の裏切りは薄々予想出来ていたが、島野勢だけで二城も攻略するとは思わなかった。吉野の山中勢が合流したか・・・
それにしても強力な島野・生子勢が離脱したのは痛い。つまりはここにいる兵が我らの兵の全てだと言うことだ。
「儂の城が奪われたか。なに、奪われたものはまた奪え返せば良いさ。それにしても上手くやられたわい。おそらくは吉野勢が合流しているな」
自城が落とされたのにもかかわらず、栄山殿は飄々としているな。こういうお人がいてくれると兵も安心するだろう。
“三の曲輪の攻略は難航・負傷者多出。城内の様子が変わっているとの事”
変わっているとはどう言う事だ?
「やはりな、昨日の戦の二の舞じゃな・・」
「どう言う事で?」
「山中隊は短時間で濠を掘り、柵を巡らした強力な防御陣を構築したのじゃ。それが岡西山城でも行なわれていると考えるべきじゃ」
「防御陣ですか・・」
「殿、山中隊は日々厳しい調練と共に土木普請を行なっております。そういう事には手慣れております」
そうか、昨日の戦は敵が防御陣を構築している所に無策の我らが向かって行ったのだな。負けるべくして負けた戦か・・
“北宇智より山中隊が侵入。その数およそ七百!“
「「なんと!!」」
思ってもない報告が入った。山中は楢原と吐田を攻めていた筈だ。こちらに来たのは別働隊か、或いは楢原・吐田がもう負けたのか?
“居伝城陥落。山中隊先頭は荒阪峠に達しております!”
そこまで来たか・・荒坂峠はここから一里ほどと近い。岡西山城までは半里の距離だ。
“岡西山城を攻めていた阪合部殿らが山中隊の攻撃に向かいました!”
「馬鹿な・・」
「倍でも勝てぬ敵に半数で挑むか、もはやまともな判断が出来ておらぬのう・・」
そのようだな。島野と生子が山中に臣従し、居伝城・宇野城・栄山城に岡西山城が手の手に落ちた。もはや敵の勢力の方が圧倒的だ。
我らに残された道は、戦って死ぬか臣従して生き残るかだ。阪合部どのらは前者を選んだ。
我らは、いや儂はどうする・・・
「これで惣国は終わったのう。もはやこの坊主に出来る事は降伏の使者ぐらいかの。まっこと世の中は諸行無常じゃのう」
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