第56話・宇智国人衆の戦い。


二見城 二見光重


「山中隊は宇智郡の制圧に来た、臣従しない者は攻め滅ぼすと取り付く島もありませぬ」

「何だと!」


 何という言い草だ。宇智郡は我ら国人衆が談合によって仕切る惣国だ。他国に侵略されて堪るか。


「明朝、兵を出して鎮圧する。ご一同それで宜しいか?」

「賛同する」

「某も同意する」


 ここに残っている四名のうち野原と阪合部と大岡が即座に同意した。宇野はどうした?


「我が宇野は近内・栄山・島野と同様、敵軍や敵地に隣接しており参陣出来ませぬ。それに先ほど領地に戻りましたばかりの生子は、明朝には間に合わぬでしょう」


「つまり明日出陣できるのは、儂と野原と阪合部・大岡の兵八百五十か。まあこれだけおれば充分であろう」

「待たれよ、阪合部の兵全てを出すわけにはいかぬ。守りに半数は残す」

「某も居城を空には出来ぬ。出陣できるのは百五十ほどだ」


 うぬぬ、城の守兵もいるかか。ならば儂も百兵は残したい。すると総勢五百ほどか・・、それでは少し心許ないな。せめて敵の倍の六百は欲しい。


「二見殿、民の間では山中は軍神の化身で恐ろしく強いという噂が立っておりますぞ」

「軍神の化身だと・・、ならばもう一日待って、生子の参陣を待とうか」


 山の民が混じっている生子の兵は強い。敵が強力ならば実に頼りになる隊だ。ここで一日ぐらい待っても状況が変わるわけでは無かろう。



 翌日は朝から出陣の支度に追われた。いざ出陣するとなると幾らでもやることがある。出陣が今日でなくて良かったとも思っていた。そんな時に城外で待機していた大岡が慌てて駆け込んで来た。


「二見どの、生子殿から奥吉野の情勢が不穏で出兵を見合わせるとの連絡がありました」

「なんと、この機に一揆か・・」


 奥吉野の一揆勢がここに押し寄せる情景が浮かんだ。そうなると山中どころでは無い。我らでは到底抑えきれぬぞ・・・


 いや、待て。そうと決まったわけではない。日頃から生子を通じて彼らには気を使っておる。きっと生子が上手く取りなすであろう。そんな事より今は目前の山中隊を撃退しなければならぬ。


「やむを得まい、我らだけで明朝出陣しよう。儂も五十兵を追加するでご一同も兵を増やすように伝えてくれ」

「相解った。某ももっと兵を呼ぼう」




翌日、国人衆左翼隊 二見光重


 我らは二手に分かれて山中隊に接近した。左翼は儂と大岡隊合わせて三百二十五、右翼の野原・阪合部隊は三百五十だ。敵に勝る数の両隊で南北から挟撃するのだ。いくら山中隊が強かろうともひとたまりもあるまい。強欲な山中隊を蹴散らして宇智国人の力を見せつけてやるぞ。



「敵陣まで一町、柵が掛け回されています!」


 我らは荒阪峠に向かい、敵の北方から接近した。程なく斥候が敵を補足して報告が入る。

 うむ、進行方向正面には柵が作られている。昨日の報告には無かったものだ。柵の外には空堀が掘られて、その外には大勢で進軍出来ないように竪堀が幾つか掘られている。

なるほど、敵も一日の猶予を有効に使ったと言う事だな。


「あの柵の中に入れば我らの勝ちだ。槍隊は三手に別れて突撃、弓隊は援護しろ」


楯を持った者が先頭で槍隊が細長い列になって一斉に柵に向かう。弓隊は展開して柵から顔を出した敵兵を狙う。


だが・・

柵から敵兵の姿が出ない。それなのに濠際に到達した兵たちが次々と倒れている。弓隊の放った矢はいたずらに柵に付き立つばかりだ。


「どうした・・何が起こっている?」

「矢です。敵の弓隊は柵の隙間から矢を放っています!」


「なんだと、柵は半間ほどの高さしか無いぞ」

「座射です。敵は柵に隠れて座射しています」


  座射だと、出来るのかあの柵の高さで・・いや、現実にしているのだ。敵は短弓を持っていると言う事だろうな。

何か対抗策は無いか・・・


「楯だ、楯を持った者はどうした?」

「矢で狙われて混乱した後続の勢いで押されて濠の中に落ちた模様です」


 なんてことだ・・


「戻せ! 一旦兵を戻せ」


退き鐘が打たれて兵が戻ってくる。だが、背を見せた兵が次々と転がっていく。


「被害を報告しろ」


「突撃した槍隊百五十の内、戻って来たのは八十。弓隊も狙い撃ちされて三十ほど被害が出ています」

「なんと・・」


一時の攻防で百もの兵を失ったのか・・・

頭が呆然とした。


・・軍神の化身か、

儂はとんでもない者を相手にしているのかも知れぬ・・


「敵の矢が来ます!!」

 切羽詰まった報告に敵陣の方向を振り返った。


 ん、何も無いではないか・・


「上です、避けて下さい!!」


 その声に空を見上げた。青い空に白い雲、そこに無数の黒い点があった。

 それが次第に大きくなって真っ直ぐこちらに向けて降ってきた、



国人衆右翼隊 野原頼勢


 我ら右翼は南に回り込んで山中隊が布陣している丘に取り付いた。

 丘は麓から二十五間ほどの高さで緩やかな傾斜の小丘だ。陣地には向かない小丘であるが、南方は細い尾根に区切られた谷間は湿地帯が広がり溜池が多い。

つまり大勢で移動するのには向かない地形だ。


「前方、敵陣の柵が見えます!」


尾根に取り付いて少し登ると、前方の尾根上に柵が掛け回されているのが見えてそこが敵陣だと解った。柵を見て嫌な予感がした。


(まるで砦のようだな・・)

 

「広がって柵に取り付け、弓隊は援護しろ!」

阪合部の指示に兵が進む。だが尾根の両脇には出来たての竪堀があって兵の動きを拒んだ。ほりたての土は、柔らかくてとても歩けるものでは無い。

それでも兵たちは道を選んで三筋の列で柵に迫る。


 少し上がった所で、無数の矢で攻撃されて兵の動きが止まった。楯を構えた先頭が停止して、矢を受けて竪堀を滑り落ちて行く兵もいる。


「掘切です。掘切があって進めませぬ!」

「弓隊、援護しろ!」

「駄目です。展開できる場がありませぬ。それに敵が姿を現わしませぬ!」


細い尾根で弓隊が展開できる場所が無い。これでは百の弓隊が無駄になる。敵が姿を現わさない・・柵の間から矢を放っているのだ。


 なんて事だ。

 これではまるで城攻めでは無いか・・、背中に冷たい汗が流れた。


「掘切に飛び込め、飛び込んで展開するのだ!!」

 阪合部の指示に、兵たちが一斉に掘切に消えた。再び兵の列が動き始めた。だが、儂の悪い予感は当たった。


「ぐぇぇぇーー」という悲鳴が沸き起こった。


「なんだ、どうした?」


「濠底に竹槍が埋め込まれています。それに濠に下りても弓矢の的です」


「ぬ、ぐぐぐ・・」


「退けー、退くのだ!!」


 掘り返したばかりの土がそこら一面に広がっている尾根だ。登るのは良いが下りるのは難しい。矢も受けぬのに滑って谷に落ちる者が続出した。いやその方が矢で狙われるより良いのかも知れぬ。それに気付いた兵が自ら落ちて行く。それほど目も当てられぬ撤退だった。


 とにかく弓矢の射程外まで退いた。だが兵がかなり減っている。多くの者が谷底に滑り落ちてゆくのを見た。無事であるなら後で合流出来るだろう。


「被害は?」


「進撃した槍隊百五十の内、無事戻って来たのは五十、残りの半数ほどが無傷で谷底に下りたと思われます。弓隊の被害は二十、それに・・」


「それに?」

「阪合部殿が矢を受けて討死されました」

「なんと!」


「とにかく麓まで下りよう。谷に落ちた兵と合流して態勢を建て直す」



麓まで下りて態勢を建て直した。谷に落ちた者が泥だらけとなって合流してきた。その数五十、軽傷を負った者が多い。

そのまま宇智川の畔まで移動した。泥にまみれた兵は川に飛び込んで体を洗う。他の者も戦の熱を川の水で冷やした。対岸には味方の栄山寺城と宇野城があるので安心できる場所だ。


「左翼隊は敗走し、二見殿は討死したよしに御座います」

「なんと・・」


「生き残った兵およそ百が、散り散りになって逃げたとの事」


「殿、惨敗したとは言え我らまだ一千ほどの兵はいます。次の戦で勝てば良いのです。気落ちすることはありませぬ。だが此度は一旦引き上げて仕切り直しをすべきだと思います」


  側近の夜中阿介が進言する。夜中は宇智郡山間の夜中村の者であるが、情報に通じて頭脳明晰で目端が利く儂の参謀で実に頼りになる存在だ。


「うむ、そうじゃな。ならば一旦、二見城に引き上げるとしよう」



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