第55話・宇智郡の国人衆。
遡ること数日。
三百の兵を率いて宇智郡に侵攻した山中軍中隊長・梅谷柵之丞
橿原から奉膳城・薬水城を経由して宇智郡に入り、宇智郡最大の町・二見を遠望できる小さな丘に陣を構えた。
背後には居伝城・西には岡西山城・南は宇野城と栄山寺城、三方を囲まれた敵中の真っ只中に敢えて入ったのだ。
その上に我らの兵は三百と少なく、陣地も杭を打って縄を張っただけの実に簡易なものだ。ここに国人衆が連合して大挙して攻めてくれば、かなり厳しい戦いになるだろう。
宇智郡国人衆の総兵数は一千を軽く越え、民兵を召集すればその倍は揃えられる勢力があるのだ。
宇智郡は国人衆が談合して運営する惣国で、中小の国人が十数家ある。最大勢力は商いの発達した二見宿を領する二見氏で、対岸の野原氏、西部を領する阪合部氏が拮抗した勢力で続く。
またこの地は紀ノ川の流れと同じで、大和の国ながら人々の目は紀州に向き紀州や河内の影響が強い。宇智郡は少し前まで河内の木沢や畠山に属していたのだ。
「畠山は出て来ますかな?」
「今はそれどころでは無かろう」
我らが布陣したその日から国人衆の間に伝令が走り回った。そして二見城に参集しての話し合いが持たれたのも知っている。畠山にも連絡が行っているだろう。
河内紀州守護の畠山高政は、守護代遊佐の台頭に力を失い三好と同盟していたが、この五月に三好勢が河内に侵攻して手切れとなった。
今のそういう情勢では畠山や河内の連中は、紀ノ川上流まで手を回す余裕は無いだろう。
翌日、国人衆からの使者とその付き添いが来た。
使者以外は言葉を発せずに、十人ほどの付き添いがこちらの様子をじっと見守っている。まあ、こちらの腹を探りに来たと言うことだ。
「宇智は国人衆の談合によって運営している惣国だ。河内紀州の守護・畠山様とは親密な関係にある。聞けば三好氏と畠山様は同盟していると言う。三好の寄子の山中が何故に宇智郡に兵を出してきたのか?」
使者は名乗りもしないで威圧的な口調でそう言った。
なんか噛み合わない問いだな、いや非難か。ここはお前達の来る所では無い、兵をまとめてとっとと帰れと言っているのだ。
横で清興が苛ついている。快活で大らかな清興がそういう態度を取るのは初めて見る。
「某は山中隊の宇智郡先発隊を率いる梅谷柵之丞である。そなたはどのような立場の者か?」
「そ・某は宇野知治だ。宇智郡の惣国を代表して山中隊の真意を問い正しに来た」
宇野か、南に見えている宇野城とその周辺を領する国人だな。兵はおよそ五十で二見氏の腰巾着という噂があるそうな。
「真意もなにも軍勢を起こしたのはこの地を制圧するためだ」
「それは無体だ。先にも申したが我らは河内紀州の守護家・畠山様と親しい。畠山様は三好と同盟しているのだ。そこを考えられよ、今なら間に合おう」
「無体なのは百も承知だ。我らは山中の殿と興福寺の命によって大和統一を進めている。宇智は大和であり他国の守護などには関係の無いことだ」
「なんと・・・」
「我らに臣従する者は受け入れるが、敵対する者は攻め滅ぼす。戻って惣国のご一同にそう伝えられよ」
使者達はそれ以上何も言わずに、失望を浮かべながら戻っていった。
「予想以上の反応でしたな」
「うむ、宇智の国人は大和の情勢には疎いというが、あそこまでとは思わなかった」
しばらくして使者の中にいた二人の男が戻ってきた。
「某、島野市兵衛で御座る。山中様に臣従致しまする」
「生子(おぶす)義正でござる。某も山中様に臣従致しまする」
「お二方の事は聞いています。心強いお味方です。ところで生子どのの領地は南に離れていると聞いております。我ら大和の事をご存じですかな?」
島野は吉野に最も近い吉野川沿いの国人で、我らの事を承知しているだろう。ところが一方の生子は、二見宿から南に分け入った山間の国人だ。
実は米の殆どとれない奥吉野に向けて、大将の命を受けた大和屋が安価に米を流している。その縁もあっての内応だろうが、ここの国人衆と同様に大和の事を不案内なのではないかと思ったのだ。
「良く知っております。我が領地には賀名生(あのう)も含まれますれば、今でも京の都から商人が参りますし、我らも行き交いしております。それ故に南都の山中殿のご活躍の一部始終は存じております」
「賀名生か・・、なるほど」
賀名生とは吉野を出た南朝の行宮があった所である。故に常に京の方向を見ていたと言うことだ。
生子は奥吉野の入り口に当たる国人領主で、百の剽悍な兵を持つ侮れない勢力の国人だ。
奥吉野に続く山間には多くの集落が点在していて、思うより人が多い。さらに山間にありながらも情報に通じているのだ。山に住む兵は剽悍で油断出来ない者らなのだ。
大将が奥吉野を大いに気にしているのも頷けるわ。
「惣国の談合は、どんな具合ですな?」
「畠山の威光で山中を追い払うという論が主ですな。これは先ほどのように無意味です。ですが兵は集りつつある。明日にもこちらに攻め寄せてくると思われます」
「さようか、どうするな清興」
「それは困りましたな・・」
清興が嬉しそうな顔で応える。生子と島野の二人はそれを見て考えている。
「そもそも梅谷殿が、攻め易いここに布陣したのは我らを誘い出すため・・」
生子がそう呟いた。
「左様、山城を攻めるよりは野戦の方が楽だ。その上に宇智郡の者らは山中隊の強さを知らぬので少数だと侮っている」
「と言う事は、国人衆が攻め寄せてくるのはこちらの思うつぼ」
「ならば我らは、どう動けば良かろうか?」
どうやら二人はこちらの思惑のおおよそを悟ったようだ。
「お二方は二見城に兵を出されているか?」
「いや、兵は集めたが領地に留めたままで御座る」
「某も同じで御座る」
「では、山中に臣従する事はすぐに表明せずに、何かの理由をつけてそのまま出兵せずにいて下され」
「・・畏まった」
二人は二見城に戻らずに、そのまま領地に帰ったようだ。早期に山中に臣従する決断を下しただけに、なかなかに思慮深くこの先に期待出来る者たちだ。
「よし、明日には敵が攻め寄せてくる。今日中に陣城を作るぞ。気張ってくれ!」
「「「 おお!! 」」」
二人が去ったのを見届けて陣城作りを開始した。濠を縦横に穿ち土塁を積み上げて柵を作る。作業に慣れた兵ばかりで、材料と道具は前もって用意してきてある。今夜中にはなんとか形にしたい。
結局次の日も、国人衆は攻め寄せて来なかった。
実は昨日半日の普請では、陣城はまだ満足出来る状態では無かったので助かった。敵があまり近付かない様に斥候隊を回らせて作業を進めた。
敵が一気に攻めて来られないように竪堀を巡らした。周辺に多い湿地や沼がそれを助長してくれる。陣城前は三段の掘切が敵の突進を阻む。腰砕けとなった敵は弓矢の餌食だ。
『野戦陣地と思わせてから陣城を築け、そこに籠もって戦えば数倍の敵でも撃退出来る』
大将が与えてくれた策だ。敵には野戦と思わせて、柵で防御された内側から弓矢で一方的に敵を倒す。つまり城攻めをさせるのだ。
我らにとって目から鱗の考えだった。
「これならば、千が相手でも数日は持とう」
「左様、三日も攻めてくれば敵は半減しますな」
そう、ここでは数日持てば充分なのだ。三日も攻めてくれば、敵の数も減り士気が落ちる。さらにこちらに寝返る者も出るだろう。そうなったときは援軍を呼んで一気に反撃に出るのだ。
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