第53話・吐田城の奪取。


吐田城下 山中勇三郎


 南北に長い奈良平野の西、河内や和泉との間は山または山が続く。北部の飯盛山から信貴山までが生駒山脈で、大和から河内に流れる大和川が山地を分断する。

 その南が葛城山を主峰とする葛城山地で、大和から堺・河内への道が通る水越峠がある。その南の金剛山地は、西へ海にまで延びる紀泉山地に続いている。


 布施・楢原・吐田の籠もる城があるのは金剛山地だ。筒井城・信貴山に拠点を持つ松永は、この金剛山地一帯をも制して河内・和泉に望みたい。そこで今回の攻略後の松永と山中との境界を水越峠にした。


 三氏の南に位置する吐田氏の領地は、水越峠に通じる街道を鋏んで南の宇智郡との堺まで延びている。

そこで、「山中が侵攻してくる。戦うか臣従するか」という例の噂を街道以南の一帯に流した。


その結果半数ほどの国人衆から内応の申し出があった。どうも当代の吐田監物は傲慢で配下の国人衆に嫌われているようだ。

 吐田領の南では楠木が勢力を広げ、梅谷隊も宇智郡に進出している。内応した国人衆らは、それに備えると吐田城の徴集を断った。そのせいで微妙な立場になった周囲の国人衆も領地を守る為にと半数ほどの兵を送るのに留めた。


つまり吐田城には僅かな兵しか集らなかった。三百を越える兵の内、集ったのは百ほどだった。それでは城兵が足りない。吐田監物は急いで城下町の豊田・名柄から民兵を集めた。その中に数人の山中忍びを入れたので城内の情勢は把握出来ている。


吐田監物は、兵を寄越さぬ国人衆と無視された山中隊に怒り狂っているようだ。目にものを見せてやると酒に酔って吠えているらしい。



暴発するのはもうすぐだな。


 一方の楢原攻めの山中隊は、敵の城を囲んでいるのに矢合わせもせずに、朝の調練と夕には谷の蛍観賞をしている様だ。新介なんぞは敵の将と酒を酌み交わしたという。何とも妙な城攻めだ。


それもこれも軍議の後で新介が言った言葉で決まった。


「古老に聞いた話ですが、楢原の者は自身の身替わりとしての石地蔵を作って正成公の元に駆け付けたとか。その数は二千を越えると」


「それは初耳だな」


 考えてみれば正成公の領地は狭く動員できる兵は三百ほどだ。それで幕府の数十万の兵を相手に長期戦が出来る筈が無い。周辺の国人衆から数万の援兵が有ったのに違いない。


 それが事実だとしたら、楢原は楠木にとっては頼りになる一族だ。ここで無闇に滅ぼしたくは無い。


それがこたびの楢原攻めの根底にある。


ちなみに水越峠を通じて赤坂村と繋がる吐田氏の事も土地の者に聞いてみた。

すると、名柄(吐田)と赤坂のもんは、水の奪い合いでいつも喧嘩している、という意見が多数だった。


水越峠にはその地名のとおり山地から湧き出る豊富な水がある水分けの地だ。ところがこの水は、岩を幾つか積むだけで大和と河内へと流れを変えられる。その為に水をめぐっての争いが絶えないのだ。両側の村はまさに犬猿の仲だ。

吐田氏には遠慮する必要は無いのだ。



「吐田が動きました。山沿いに北に移動、山中隊に夜襲をかけるようです」


 待っていた知らせが届いたのは、山中隊が楢原城下に布陣して五日目の夜だった。


「もぐらが動いたと新介に伝えよ」

「はっ」

 黒い影が北に向かって走る。それはあっという間に夜陰に紛れて見えなくなった。


 少しすると、我らの目の前を南からの一隊が進んで来た。旗も合い印も無く槍も持たぬ軽装の夜襲部隊だ。殆どの者が弓を持っているのが分る。夜陰に紛れて弓矢を撃ち込むつもりだろう。人数はおよそ百だ。どうやら吐田城に民兵を残して出て来たようだ。


「よし、我らも動くぞ」


 俺は星明かりの中、杉吉・保豊の探索隊と共に吐田城に向かった。

 完全に無視されて、ついに堪えきれなくなった吐田監物が自らをアピールするために山中隊を夜襲すべく出て来た。それを待っていた我らは、夜襲に出た兵を装って民兵しかいない吐田城を奪う。

 吐田城直下まで来てしばし間を取ってから、堂々と大手道を上がって行く。


「開門、戻って参った。門を開けろ!」

 星明かりの中、吐田監物の声色を真似た杉吉の声に、城門が躊躇なく開いた。斥候隊は城門が完全に開くのを待たずに、隙間から次々と影の様に侵入していった。


「ひっ、何者だ・・」

 守兵が気付いた時には、雪崩れ込んだ斥候隊が弓を構えて彼らを威圧していた。守兵は大手門の周囲にしか配置されていなかったようで、制圧は瞬時に終わった。


「我らは山中隊だ。手向かう者には容赦は無い。武器を置いて降伏する者は後で町に帰す。どちらかを選べ、今すぐにだ!」


 我らの言葉に守兵の殆どが武器を手放し降伏した。だが降伏しなかった一部の者、或いは逡巡してすぐに降伏の姿勢を示さなかった者が矢を受けて転がった。

それを見た他の兵は一斉に手を上げて降伏した。彼らを幾つかの建物に押し込んで見張りを立て、大手門の周囲に斥候隊を配置した。



東の空が朱く染まり薄明かりに包まれた頃、吐田監物に率いられた本物の城兵が颯爽と戻ってきた。


「儂だ、門を開けろ。開門!」


 夜襲の興奮を帯びた吐田監物の銅鑼声が響いた。保豊と顔を見合わせて笑った。杉吉の物真似もなかなかのものだと思ったのだ。


「なにをしている。早く開門せよ、城主の儂が命じているのだ!!」


 麓には軍が動いているのが薄闇の中に見える。吐田の部隊を追う形で藤内隊五百が侵攻して来たのだ。この機を捕えて吐田領を一気に制圧する予定だ。


「吐田殿か、残念だろうがこの城は山中の物となったのだ。敵兵となったそなたらは、今ならまだどこぞに逃れられるだろう。とっとと立ち去るが良い」


「なんだと、この城は儂の城だ。誰にも譲ったつもりは無い。勝手に人の物にされて堪るか。攻撃だ。攻撃しろ、直ちに奪い返すのだ!」


 吐田は怒りのあまり軍勢の前に出て来て怒鳴りちらした。その命令で直ちに兵が動いた。吐田の言動はどうかと思うが、兵の動きは予想以上に良い。


「やれ!」


 無数の弓弦の音が響いて吐田は針ネズミになった。我らに向けて弓を射ようとした兵も同じだ。動きかけた他の兵はその光景を見て止まった。


「吐田監物は死んだ。残ったそなたらの選ぶ道は三つだ。元城主の命に従う者は戦ってここで死ぬがよい。村に戻りたい者は戻っても良い。山中に臣従して働きたいと思える者がいれば、ここに残れ」


 そう伝えると、敢えて戦おうとする者はいなかった。当然だろう、今ここで戦おうとすれば即、死が待っているのだ。それにこれ程の城を少数の兵で攻められるわけが無い。戸惑いながら城下に立ち去る者が多かったが、三十名ほどがその場に残った。


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