第50話・戦の季節。


永禄三年五月 多聞城


「勇三郎様、松永様からの書状です」

 すっかり新妻らしくなった百合葉が持って来た書状には、箸尾が松永に臣従した。これを機に軍を発して、布施・万歳・楢原を攻めると書いてある。山中は万歳城への援兵と楢原・吐田を攻略して欲しいと。


 ふむ、田植えが終わり戦の時期が到来したな・・城を捨てて山籠もりしていた箸尾も冬を乗り越えて春を迎えたものの、悪化する状況についに根をあげたか。


「百合葉、また戦が始まるぞ」

「布施・楢原ですね」


 そう言えば、木津城では百合葉が一騎打ちを望んだお蔭で攻城戦などせずに済んだな・・布施や楢原城は敵に何度も攻められた経験を持つ手強い城だ。戦を早く終わらせる手は無いものか・・・


「何をお考えです?」

「うん、厄介な山城攻めを早く終わらせる策は無いものかとな・・」


「葛城山の城は難攻不落と聞いています。でも籠城しますかしら、籠城しても援軍は無いのですし、和睦の仲介を頼むにも将軍様や興福寺様はこちらの味方ですのに?」


「・・そうだな」


 確かにそうだ。俺は自軍が有利だから敵は籠城するものと決めてかかっていたな。そういうつもりで軍を動かしたのなら、越智のような敵の決死の攻撃で散々な目に合うところだった。籠城と見せてこちらが倦んだ頃に、決死の突撃をしてくる可能性が高い。要注意だな。




 橿原城


「ドドドドドー」と言う突撃太鼓が打ち鳴らされている。


右から楔のように陣形をとった軍が左の軍を二つに割ろうと突撃した。その直前に左の軍は自ら二つに分かれて、敵軍を包み込もうとした。

それと知った右軍は停止して丸く固まり左右の敵に対応した。丸く固まればそれに応戦する人数は多くはとれない、つまり囲んだ利を充分に活かせない。


 右軍・左軍ともに五百の軍勢だ。右軍は梅谷隊で清興隊もいる。左軍は啓英坊隊で新規に小隊長に任じた松山もいる。こうした実戦形式の調練では、中隊ごとに動く場合が多い。


「ほう、さすがに梅谷だ。機転がききますな・」


 囲まれたかに見えた梅谷隊の最後部が離脱して、左軍の後方に突撃した。梅谷の本隊のようだ。腹背に敵を持った左軍は堪らずにそこで割れてもう一隊に合流しようとする。

 すかさずに丸まった隊から追尾兵が出る。残りは合流した本隊と共に、楔となって敵に食い込む。


「ドーン・ドーン・ドーン」

と終了の太鼓が打ち鳴らされた。実戦調練は梅谷隊の勝ちである。



「あの激烈な戦いが梅谷隊を成長させましたな」

「うむ、兵の僅かな迷いが無くなったわ」


 橿原城の外郭は出来上がっていた。平野に出来た台地の様な城だ。

幅二十間深さ三間の断崖のような空堀が周囲を囲んでいた。その掘り下げた膨大な量の土が城内を一段嵩上げして、余った土は真ん中付近に積み上げられている。

 そこでは高さ一間ほどの二の郭の石垣積みが着々と進められている。


俺たちはその一段高い所で、眼下に繰り広げられる調練の様子を見ていた。


 濠際には柵が建て回されただけの単純な構造だ。だが延々と延びる柵が芥子粒のようになる程の広さはここが城内だと言う事を忘れる程だ。こうして千兵単位の実戦調練も楽に出来る。


 この橿原城に本隊一千が移動して来ていた。天神山城と十市城を破棄して移築された建物が建て並べられている。築城中ながらも二千ほどの兵が駐屯出来る設備が既に揃っていた。

それでも城内のごく一角に過ぎない。ここを兵で満たすには五万ほどは必要になるだろう。それ程の規模の城だ。


「いよいよ布施・楢原攻めですな」

「出陣は明日だ」


「やっと某の出番ですな」

「うむ、頼むぞ」



幾組かの実戦調練が終わった後、軍議を行なう。ここ南部にいる五十人頭以上の者を全て集めている。


「田植えも終わった。また大和制圧の戦が始まる。こたびは大和盆地から敵対勢力を一掃することになる。北から万歳・布施・楢原・吐田、それに宇智郡の国人衆だ。万歳・布施の主攻は松永勢で我らの主攻は楢原・吐田だ。宇智郡はそう急ぐ必要は無い」


「十蔵、敵の兵数は」

「へえ、布施城に八百、万歳城は二百、楢原城四百、吐田城二百それ以外にも数十単位の伏兵があちらこちら潜んでいる気配でさあ」


「城の縄張りは分るか?」

「へえ、おおよその縄張りを探索隊が探っておりやす。いずれも想像以上の堅城ですがまだ不明な所が多いと聞いています」


 十蔵がそれぞれの山城の縄張り図を広げた。


「む・むむむむ・・」

「なんと!」


空堀・切り岸・竪堀・曲輪・・どの城もこれでもかという防御網を構築している。楢原城は前・中・奥と三つの城が連続しているし、布施城に至っては広い城域が網の目のような障壁に埋まっている。


「布施城は相当に広いな、相当数の兵が籠もれるのではないか?」

「大きな曲輪で二十を越えます。二千ほどなら余裕でしょう。八百おれば難攻不落かも知れやせん」

「・・・」


「水は有るのか?」

「分かりやせん。ですが葛城山の中腹でやすので、湧水が有るかもしれやせん」


 あるだろうな。これ程の規模の城だ。有るに違いない、つまり布施城は長期戦になると言うことだ。


「さて、楢原城だが、新介どう見る?」

「厄介な城ですな。三つの城に支城が一つ、攻めるとすれば一城ずつですな。一城を落とせば足がかりになる。だがそれもじっくりと掛かるべきかと」


 ふむそうだな、一城ずつ攻めるべきだろう。それもじっくりと腰を落ち着けて少しずつ切り崩してゆくしか無いか。どうせ本攻の布施城は長期戦になるのだ。


「吐田城も難儀な城だな」

「真に・・」


「城兵は二百か、思ったより少ないな」

「はい。南部の国人衆が我らの流言と調略、それに楠木殿に警戒して、入城せずに留まっているようです」


 吐田は河内・堺に抜ける街道を押え、南は宇智郡の堺までの地域を抑えている。最大では五百ほどの兵が動員できる勢力だ。だがその南部は正虎どのが砦を築いて動揺している上に、我らの調略も進んでいる。


「調略は進んでいるのだな」

「半分ほどは既に内応を約しておりやす」


 吐田城は、他の城に比べれば城域は小さいが、執拗な竪堀と切り岸で攻城するのには、二百の城兵でも相当な被害を強いられるだろう。さすがに皆黙り込んで考えている。


「我が軍の指揮は勿論、大隊長だ。今回は難儀な城攻めだが敵には後が無い、こちらの隙を突いて決死の突撃をしてくるかも知れぬ。それを念頭に置いて軍を編成せよ」


「畏まった。その前に松永への援兵はどうされるな?」

「うむ、松永への援軍には十市衆を当てよう。兵三百あれば良かろう。隊長は誰が良いか?」


「さすれば、新庄が宜しかろう。十市一の戦巧者と言えます。三百の兵も見事に指揮出来ましょう」


「うむ。本隊はどういう布陣にするか?」

「城攻めならば、本隊の他最低三隊は必要です。山田と啓英坊と藤内どのと某で総勢一千三百率います」


「うむ、ならば残りの兵四百はここ橿原城に残そう。その指揮は相楽だ」

「それで丁度二千ですな、ここにいる兵はほぼ捌けましたが、宇智郡へは?」


「宇智郡は連戦で済まぬが梅谷に頼む。なに、無理に戦う必要はない。宇智郡に進出して適当な所で陣を構築して、国人衆に圧力をかけるだけで良い。小寺隊や楠木隊とも連携して欲しい」


「畏まった」


「大将はどうされるな」


 新介が疑わしそうな目で見ている。あ、十蔵もか。


「儂はここにいる、と言う事にしておけ」

「・・」

「・・・」


「いや、布施らがどんな策をたてているか見当もつかぬ。よって山中砦や木津城・多聞城も臨戦態勢を取る。儂もいつでも動ける態勢でいたいのじゃ」


「なるほど。布施の手の者が後方で事を起こして攪乱することも充分に考えられますな、または出陣して兵がいなくなった城を奪う、なにやら以前にも有ったような・」

「はっはっは」


 十蔵の言い方はあれだが、そのとおりの事態も考えられる。彼らには充分に用意できる時間があったのだ。


「とにかく布施や楢原らには後が無い、死に物狂いで攻めて来ますな」

「左様、厳しい戦になりまするな」


「十蔵、楠木殿はどういう案配だな」

「へえ、周辺の国人から三十ほどが臣従しています。それに故地の赤坂村から三十ほどの兵が来ておりやす。それで小寺隊は五十を残して薬水城に入っております」


「楠木隊百十・小寺百だな。楠木殿にはこたびは好きに動いてくれと伝えてくれ。小寺・梅谷隊もだ」

「・・承知」


軍議は終わった。今回は新介に丸投げである。おそらくは長期戦になる。じっくりと腰を据えての攻めで良い。


「大将、ちょいと相談が・・」

 皆が戻った後、新介が儂を引き留めた。最後まで残っていた十蔵も怪訝な顔をした。


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