第48話・周辺勢力の反応。
奥伊勢 多気 北畠館
「ふむ、豪壮でいて繊細、清廉、見事な太刀だ」
お屋形様は贈られてきた刀を大層気に入ったようだ。越智を制して吉野を領した山中が隣地の挨拶として、奈良漬けや漆器などの産物と共に贈ってきた物だ。
「殿、山中はどう言ってきておりますか?」
「うん、我が領地に対しての野心は無い。商いを通じて共に発展してゆきたいと」
「商いですか・・」
西の堺や和歌浦からの街道は、伊勢にとっても重要な商いの道だ。商いを発展させることに異存があるはずは無い。
ただ問題もある。
「秋山への手助けは如何致しましょう?」
秋山教家は親密な付き合いがある隣国の国人衆だ。今は西から来た軍と交戦中で苦戦をしている。だが、それを攻めているのがよりによってお屋形様と剣技を通して親しい交流のある柳生なのだ。
故に両方からの正反対の要請を受けて、今まで動けずにいたのだ。
「今我らが隣国に兵を出せぬと言う事は分っておろう」
「つまり、見捨てると言う事で宜しいな」
「東が不穏なのじゃ、西に新たな火種を抱える訳にはいかぬ」
「仰る通りでございます。早急に関や北勢の国人衆を制して尾張に備えなければなりませぬな。それに柳生や山中は他勢力の介入を望まぬでしょうな」
東では西上してくる今川の大軍を破ってから、織田が急速に領地を拡大してきている。まごまごしているとその勢いに飲まれかねぬ状況じゃ。今、伊勢一国は国司であるお屋形様の元に一つに纏まっておらぬのだ。
たしかに大和と争う暇は無い。
「臣従か戦いかか、いさぎよき言葉じゃな・・」
「はい、峻烈な意思がみえます」
山中が小さな村を領している時に周辺に発した言葉だ。それから言葉通りに倍する勢力と戦って成長してきた。そして今でもそれは変わらぬ。
先日の越智との戦は、最後の一兵に至るまで戦ったという凄まじき戦であったという。
「ところで、多武峰は完全に補給を絶たれましたな。逃げ出す僧兵がいると聞きまする」
「うむ、大勢の僧兵を籠めたで兵糧の消耗が激しいのじゃ、それで一日一食に切り詰めたそうじゃ。だがあまり長くは持つまい」
多武峰からも矢のような兵糧の支援要請が来ているがそれも保留しておる。まあ、一部の商人が密かに届けているようだが当家には関わりの無い事だ。
兵糧が不足して、飯が充分に食えぬでは逃げる兵が出るのは当たり前か、多武峰としても敵が攻めて来ぬのなら傭兵は不要じゃからな
「そうなると多武峰が頼るのは、都の公家たちですかな」
「そうなろう。ところが山中は興福寺を通して主上にもかなりの献金をしているようなのだ」
お屋形様は従三位の立派なお公家でもあるのだ、都の情勢にはお詳しい。
「そうなると、どうなりますか?」
「どうにもならぬ。武装を放棄して仏の教えに専念することじゃな」
なるほど、さてどうなることやら、我らには関わりなきことなれば高みの見物じゃな
「鳥尾家、こちらからも山中に何か返礼の品を贈っておけ。大和のことに北畠は関わらぬと言ってな」
「ははっ」
堺 津田算長
大和の商人が火縄銃を扱いたいと根来に願ってきたと杉の坊にいる甥・照算が言ってきた。
大和屋と言う商人は興福寺の紹介状と大量の米を寄進して、寺の許しを得て城下に店を開いたという。南山城に干魃の気配があると言って大量の米を買っているようだ。米を運ぶ荷駄が護衛付きで毎日のように大和に向かっているという。
その上に大和屋は雑賀湊にも店を出そうとしていると言う。その資金力は膨大なものでもはや一商人のものでは無い。
扱いたいのならば卸せばよかろう、火縄銃を作り売ることは我らの生業だと言っておいた。事実我らはそれで力を蓄えてきたのだ。
大和の商人はこの堺でも勢いが良い。山中が台頭して治安が良くなり、商いを奨励して関所を廃止、さらに街道を大規模に整備したせいだ。商人の中には≪国が蘇ったようだ≫とまで言う者もいる。
おそらくは火縄銃を欲しているのは山中だろう。でなければ一商人が興福寺の紹介状など持ち得ぬ。それにしても各地の大名の中でも火縄銃の有効性に気付いた者はまだ少ない。大和の山中は先見の明がある者だといって間違い無いだろう。
それにしても山中には幾つか気になる事がある。
まずは興福寺だ。根来寺同様大きな勢力を誇った興福寺がぽっと出の山中と融合した。
同盟でも協力でもなく融合だと言っているが実際は武力と政を放棄して、山中がそれを引き受けて興福寺を守ると言う。
興福寺は、仏の教えを広め祖先の霊を奉る寺院としての本来の道に戻ったと言う事だ。
これは宗教界全体に大きな衝撃を与えるだろう。銭を数えて勢力を伸ばして城塁を築き僧兵を雇い武器を持って争う。どの宗教もおよそ寺院らしからぬ行いしている。
儂も当たり前の様にそれをした。火縄銃を作り武力を上げて銭を稼いで僧兵を雇い各地に転戦した。根来寺を選んだのは多くの国人衆がしている様に、ただ安易にその傘の元に入っただけだ。
だが大きくなるとその行先に詰まった。根来寺は覇権を争う武家では無くて寺院なのだ。周囲一帯を荘園にすればそれ以上はすることが無い。いたずらに増えた僧兵を傭兵として各地に派遣するようになった。敵味方はその都度変わり何の目的や信念も無くただ銭稼ぎの戦をしているだけだ。
だが還暦を過ぎて寿命が尽きようとしてはじめて、果たしてそれで良かったのかと思うようになった。こんな事をしていて、倅や孫らには夢や未来はあるのか・・
もう一つは、楠木正虎殿が何故か山中と行動を共にしていると言うことだ。
つい先年、松永の働きにより楠木の名が朝敵から外された。それは我らにとっても嬉しい事だ。我らの先祖もまた楠木の一族なのだ。その末裔という楠木正虎殿のことは非常に気になる。
山中勇二郎、前は旅の一武芸者だったという。
その一人の男が大和を変えた。古いしきたりに埋もれていた大和が、生き生きと鼓動し始めた。かつての日の本の中心であった大和が甦ったかのような錯覚を覚える。
会ってみたい。
某も年だいつ死んでもおかしくない、果たしてあと何年生きられるか。
迎えが来るその前に、津田家の未来を定めたい・・
摂津 芥川山城 三好長慶
「弾正忠、山中に会わせろという上様の願いを断ったそうだな。儂に遠慮してか」
「それも御座いますが、当人が嫌がりますのでな」
弾正忠はその豪快な容姿に似合わずに、人の考えを見抜くのが実に上手い。繊細な思考と感情を持っているのだ。弟の長頼が理知的な容姿をしているのに、豪快無双な気性とは正反対なのだ。
「ほう、どう言うておる」
「臣従して命を受けるのは某のみ。それ以外の上つ方には会いたく御座いませぬと」
うむ、当然と言えば当然の事だ。だが何となく腑に落ちぬ違和感があるな。
「それは儂に会いたくないと言う事か」
「いえ・それが、殿には興味があるようです」
ならば、上様に対する言葉か、ひょっとしたら山中は以前に上様に会ったことがあるのだろうか・・
「上様の事は何か言っているか」
「殿には申し上げますが、ご内聞に」
「うむ、聞かせてくれ」
「将軍様ならば軍を率いて反乱者を討伐して、世に静謐をもたらすべきだ。それが出来ぬのならもはや将軍では無くただの公家だと」
「・・手厳しいな」
「はい、山中は柔和な容姿から想像出来ないほど峻烈な男です」
なるほどな。それを聞いている故に弾正忠は山中を上様に会わせたくないのだな。
「山中は大和を攻略したのちの、望みなど言うておるか」
「はい、商いの道を紀ノ川沿いに伸ばして海に出たいと申しております」
「和歌浦か、厄介だな」
「雑賀・高野山・根来寺に畠山と、難敵がひしめいております」
紀州は我ら三好でも容易に手が出さない地域だ。山中が進出すれば奴らの牽制になる。それは三好にとっても利がある。山中が東と南の壁になれば我らは畿内の掌握に集中出来る。
「ならば、紀州は山中の好きにさせようか」
「御意」
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