第45話・阿知賀の戦い。
三月二十七日 新野城
「越智勢が阿知賀の大河原に大挙して布陣しています」
と、未明に報告が入る。阿知賀は新野城の至近と言える、半里も無い。勿論その動きは昨夜の内に掴んでいた。
「ほう、先に戦場に入って待ち受けるか、なかなかに早い動きだな」
「はい、越智家増は果断な武将だと言われております」
このような果断な動きをする武将なら、優柔不断な当主の下にいるのは苦痛以外の何物でも無かっただろうな・・・それが暴発したのだな。
「兵数は?」
「家増二百・芦原三百・志賀二百・その他百五十の八百五十で志気は高いと」
「うむ。ん・・家老の粕森がいないな?」
「粕森は、飛鳥郷への備えとして残るとの事」
「山中様、某が城下がりする時に粕森御家老が、山中殿によしなにと密かに伝えてきました」
「ふむ・粕森は静観するのか・・」
粕森三太夫は越智の一門衆だが、穏健派で家高の後見だったために家高惨殺によって難しい立場になっただろう。更に領地が祝戸砦から入った所にあり、街道封鎖の影響をもろに受けているだろう。
布陣している越智勢は八百五十。こちらは梅谷隊が三百と俺の五十、松山二百・岩淵百五十・新野百の寝返り組四百五十の八百だ。
拮抗している。
もし、戦場で松山らが裏切れば四倍以上の敵数となる。松山らを信用していない訳では無い。もしもの時を考えているのだ。そうなると敵は一千三百か・・よく揃えたものだな。半数以上が民兵だが・・決死の隊である事に間違いは無い。
どうするか・・
ふむ、ままよ。どうせ一度は死ぬのだ。
高取山が空である事が分れば、後続の新介がこちらに来る、遊軍三百を天神山に残した本隊五百だ。もう高取山城周辺に潜入している新作から知らせは届いている筈だ。こちらにそう遅くはならないうちに到着する。それまで耐えれば良い。
「よし、我らもそこへ向かう。先陣は松山、右翼に岩壺、左翼新野、後軍中央を儂と清興隊、左右を梅谷隊の布陣だ」
「「はっ」」
松山ら三将がそれぞれの隊に戻り、居間には山中隊の五十人頭以上の者・六名のみとなった。
「それぞれ隊の大まかな役割を言う。清興は百で中央を死守する。梅谷は臨機応変に動け」
「「承知」」
清興は若さゆえの軽率さから誤解されやすいが、がっしりと守る武将だ。梅谷は頭脳も柔軟で機に応じて間違いの無い動きをするオールマイティな武将だ。
「儂は彼らを信用して良いと思う。だがもしやの場合も考えておかなければならぬ。その時の事を言う」
皆が黙って頷く。
「今は拮抗しているが、味方になった者が一人二人敵に戻ればすぐに倍・三倍の敵勢となる。しかも彼らには後が無い決死の隊だ、間違い無く手強い。その時には、我らは小さく固まって耐える。一刻もせぬ内に新介の本隊五百が来る。それまでただひたすら耐えるのだ」
「「分り申した」」
吉野川流域は一面の朝霧がかかっている。大河原に到着しても待ち構える敵勢が見えぬほどの濃霧だった。幅四町(400メートル)長さ八町ほどの楕円形の荒れ地だという。一町ほど先は見えているが、その先の敵の姿は見えない。
「霧は半刻ほどで晴れるそうで御座います」
「戦闘隊形をとったまま停止、弓矢に備えろ」
敵勢は昨夜からここに布陣している。防御柵や土塁などを築いているという報告がある。罠もあるかも知れぬ、それで無くとも視界の効かないまま動くのは危険だ。左前半町ほどに新野隊・中央に松山隊・右前に岩壺隊。後軍の俺と清興隊の左右に梅谷隊百ずつが固まっている。
しばらくして風に流された霧の隙間に敵の姿が見えた。距離四町・兵が稲藁の様に並び旗がきしめいている。
「「「 オオオオォォォォーーーー」」」
と、遠雷のような雄叫びが聞こえた。
うむ、敵の志気は相当に高い。
「我らも鬨の声を上げろ」
「鬨の声だ。いくぞ、エイエイオーー」
「「「エイ・エイ・オー、エイ・エイ・オー、エイ・エイ・オーーー」」」
清興の大声に皆が唱和すると、戦の空気が一気に高まる。
拮抗した勢力同士がぶつかるのだ。間違い無く激しい戦いになる。
「敵、ゆっくりと進軍して来ます」
相手を認めた敵軍が雄叫びの勢いのまま前進してくるのだ。その姿は霧に隠されて見えない。
「敵、三町!」
「先頭は楯を出せ。他は弓の用意、先陣は任意に弓矢を放て」
山中隊の弓は皆短弓だ。有効射程は放物線を描く遠矢でも一町半ほどしかない。空に向けて放つ攻城矢なら二町まで届く。
「敵、二町まで接近!」
「攻城矢、放て!」
たちまち周囲が弓弦の音で満ちる。先陣も遠矢を疎らに放っているが、後ろからは三百近くの矢が一斉に放たれるのだ。その音に先陣の者が驚いて振り向く程だ。
山中隊得意の弓矢による飽和攻撃だ。
「敵、進軍速度を速めています。間も無く一町!」
矢にあぶり出されたように突撃してくる敵の姿が見える。弓矢の攻撃は攻城矢から遠矢に変わり、松山隊の頭越しに矢が無数の線を引いて飛んでゆく。その勢いに松山隊の兵は姿勢を下げた。
「松山隊が突撃の許可を求めています!」
「許す。先陣は自由に動け!」
「松山右近定信、主殺しの奸賊を成敗する。儂に付いてこよ!!」
攻め達磨の大音声と共に松山隊が突撃した。それを見て松山隊の左右を守る様に新野と岩壺隊が続く。
「最悪の事態は免れましたな・・」
「うむ、ひとまずは良かった」
「では某はこれで、清興頼むぞ」
「お任せあれ、本陣は某が死守します」
梅谷が当初の予定通り動き出した。確かに最初の難局は過ぎた。さらに弓矢の攻撃で百以上の敵兵が負傷離脱したようだ。だが、戦はこれからだ。
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