第46話・死闘の果てに・・。


さすが攻め達磨、松山は正面の敵をぐいぐいと押し込んでいる。だが左翼右翼の隊は押されている。とくに兵数の劣る左翼の新野隊は明らかに劣勢だ。それに左右に別れた梅谷の竹槍隊が回り込んで敵の側面から突き倒す。


 それで左右の形勢は逆転した。

だが後陣の敵がそれに反応して、梅谷隊に向かって突撃して来た。それを受け止める梅谷隊もそれだけで精一杯だ。とにかく敵の志気が高い。民兵を含めここまで誰一人として逃げ出さないのだ。


 その時、中央の松山隊に衝撃が走った。敵の本隊の突撃に数歩跳ね返されたのだ。それでも留まっているが、もう戦える兵は半分も残ってはいない。


「うおおおおお、持ち堪えろ、押せ、押し返すのだ!!」

と言う松山の雄叫びが聞こえる。


「清興、我らも出るぞ」

「おう、突撃だ、松山隊に合流せよ!!」

「「おおおおお!」」


 我らが合流したところで、兵数はやっと互角だ。だか力を温存していた清興隊の突撃は敵の陣に穴を開けるほど凄まじかった。松山隊を飲み込み塊となって敵の本隊の前衛を一枚二枚と剥がしてゆく。


「持ち堪えろ、押し返せ、我らの興亡はこの一戦にある、死んでも押し返せ!!」


越智家増の叱咤に再び押してくる力が強くなる。それでも清興隊の槍衾に突かれ叩かれて見る間に兵を減らしてゆく。竹槍をへし折られて転がる味方や得物を失い取っ組み合いをする兵もそこここにいる。


 死闘だ。総勢で打って出た敵に、梅谷隊も本隊に手出しする余裕は無い。だが、こちらにはまだ無傷の隊が残っている。


「保豊、敵の本隊を側面から二つに割れ」

「畏まった」


 斥候隊五十が風の様に離脱する。短弓と脇差しを背にした彼らの得物は一間半の棒だ。穂先も石突も無い棒が乱戦では威力を発揮する。

並の兵士の数倍の調練をして山野を駆け巡る彼らの動きは早い。戦闘中の敵味方の間を獣の様にすり抜けて、敵本隊の横っ腹に突っ込んだ。


「せい!やあ!せい!」

「せい!やあ!せい!」

 前後に分断された敵本隊を清興隊が四つに割ると、玄海隊がそのひとつを突き倒す。

敵中を突っ切って反転してきた保豊隊と清興隊が二つを蹴散らした。残っているのは越智家増のいる塊だけとなった。それに僅かな兵となった松山隊が対峙する。


「家増どの、儂が留めをさして進ぜよう」

「何を抜かすか、この裏切り者めが、返り討ちじゃ!」


 うん、この人数になっても戦うことを止めないとは骨があるな。

 双方十数人の小隊同士がぶつかった。

圧倒的に不利となった今でも、誰も逃げずに誰も降参しない、最後の一兵となっても戦うつもりだ。


 何という戦だ・・・こういう相手は怖いな。


 見る間に立っている兵がいなくなった。疲労の限界に達して座り込んでいる者が多い。

そして遂に、立っているのは松山と家増のみとなった。

鬼の様な表情で槍合わせをする両者だが、初めから奮闘していた松山の疲労が明らかに濃い。このままでは攻め達磨がやられてしまう。


「十文字槍を」


 俺は十文字槍を持って彼らに近付く。


「山中勇三郎だ。儂が越智殿の先達を務めよう」


「おお、赤虎の山中殿か。忝し、ならば家増最後の一刺しをお見舞い致そう」


 とは言うものの、家増の体は疲労で揺れて真っ直ぐ立つ事も困難な体だ。脇では、松山がもう尻を着いてへたり込んでいる。


「酒を、家増殿に、床几も用意せよ」


 床几と徳利に入った酒が家増の元に運ばれる。


「おお、これは忝し、最後の酒じゃな。甘露である」

 床几にどっしりと座った家増が、注がれた酒を一気に飲み干す。俺も床几に座ってそれを見ている。


「大将、また酔狂な事を・・」

 いつの間にか傍に新介が来ていた。川岸や対岸にはびっしりと本隊の兵が並んで居る。


「新介か、いつから見ておったな」

「前衛同士がぶつかったところですな。それで我らの出番は無いと、拮抗した戦いに邪魔をしないように高みの見物をしておりました」


「激烈な戦であった」

「はい、某も体が打ち震えました」


「あれは?」

 前方・越智勢の背後にも二百ほどの兵が並んでいる。それも今まで気付かなかった。本隊と同じく拮抗した戦いの邪魔にならないように、そっと来たのだろう。


「十市と粕森の兵です。高取山城が空になったので越智の背後を突くように指示しました」

「ふむ、十市か・・」


「そこに居られるのは、山中軍大隊長の北村新介殿か?」


 酒により気力が回復した家増が目敏く新介を見つけた。


「左様、北村新介孝智でござる。某がお相手するのを望まれるか」


「おう、これは何とも贅沢な、だが御大将との先約がある。御大将に一槍付けたあとで願おう。わっはっはっは」


 家増は旗本に手を合わせて酒の礼をするとすっくと立った。

先ほどとは違い家増の体はもうぶれてはいなかった。数歩こちらに来て槍を構えた。歴戦の勇者らしき体躯は、一間半の豪槍が小さく見える程の威圧がある。


「参る」


 槍を小脇に足元を確かめながらゆっくりと向かった。間二間・一触即発の間合いで槍を構えてしごく。

 ズリズリと足を滑らせながら家増が右に動く、俺は動かずに薄く目を閉じてその気配に集中する。ズリズリと足をする音が集中を乱している。


 音が止んだ。

 斬撃!

 俺は一歩前に飛び振り向いた。

その目の前を鋭い斬撃が斜めに流れる。

刹那に踏み込んで存分に槍を突き出す。穂先は胴丸を突き抜け鎌に当たって止まった。

 目の前にある家増の顔に驚きが出る。槍を抜いて残心の構え。


「何という・・」

槍を放して、尻から落ちた家増が呟く。

「これが闘将の槍か・・稲妻が落ちたのかと思ったわ・・まさしく人外の技だ・・」


「山中殿忝し、これでご先祖への土産話が出来もうした。思う存分戦い、闘将の槍で死ねるとは真に武士の本望なり。最後の望みを聞いて下さらぬか」


「言うてみられよ」


「そこな右近に首を刎ねて貰いたい。最後はあれじゃったが、長い良い付き合いがあったのじゃ」


 皆の視線が尻を落としてへたっている松山右近を捉えた。


「承った」

 立ち上がった松山は、旗本に願って酒を一杯のみ、もう一杯で刀を濡らした。


「家増どの、参る」

「おうっ」


 それが首を垂れた越智家増と傍に立った松山右近の別れの言葉だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る