第44話・越智家増の戦い。


三月二十六日 高取山城


「殿、大変です。松山が裏切り山中が吉野に侵攻するよしに御座います!」


「なんだと、詳しく申せ!!」

「松山を先導に兵三百五十で山中自らが侵攻してくるようです」


「どの道から来るのだ」

「それは分りかねますが、おそらくは奉膳城からの道かと・・」


 ふむ・・そうであろうな。奉膳から下淵へ抜ける道か・・山中の勢力として三百五十とは少ないな・・吉野川流域は狭くて大軍を動かせぬとみたか・・・長々と続く大軍を分断して混乱させて叩くほうが楽だったのにそう上手くいかぬか。


 ふむ・・山中三百五十に松山百五十で五百か、少数精鋭の兵だがこちらは民兵を掻き集めれば一千に届こう。兵の練度不足は士気で補える。敵は我らの生活を脅かす侵略軍なのだ、しかも地の利はこちらにある。

 狭いといっても一千ほどの軍を動かせる場所もあるのだ。そこで包み込んで討つ。山中さえ討てれば状況は一気にこちらに傾く。それが叶えれば大和平野を制圧することも夢では無くなる。


 よし、ここは勝負だ!!

 持てる全ての力を初戦に注ぎ込むのだ。


「急ぎ兵を集めよ。掻き集めるだけの兵を集めて、六田城下に集結させろ!」

「はっ」




同日 六田城 越智家増


「喜佐谷六左衛門殿、兵五十」

「樽井新左衛門殿、兵二十五」

「香束孫六殿、兵二十七」


 国人衆が到着した報告が次々と入る。城下は次第に人馬の出す音に包まれてゆく。しばらく振りの戦の喧噪だ。不安と高揚感に包まれる独特の時間だ。


ここ六田城は伊勢街道・吉野宿の西を抑えている城だ。北からの街道を押えられて、今や越智家の心臓とも言える吉野宿を荒らされる訳にはいかない。山中勢をここから東には決して進めさせない。



「志賀直正殿、兵二百」

「芦森時次様、兵三百」

「おおっーー」

 有力者の到着に集っていた兵から雄叫びが出ている。こうして志気は徐々に沸き上がってゆく。


「粕森三太夫様、祝戸砦の山中勢に備え待機するよし」


 うむ、高取山城を空にして来たのだ、祝戸勢に背後から奪われぬようにという一門衆の芦森家老らしい判断と言える・・だが・・いや、今は考えぬ事にしよう。

 しかし、集まりがもう一つだな。総勢がいつもより少ない。


「どのくらい集ったな?」

「はっ、今現在で五百余」


「五百余・・どうした。兵が少ないではないか!」

「粕森様に加えて、岩壺殿、新野殿などが未到着です」


岩壺・新野は山中の侵攻路に近い。そこで備えているのか?


「岩壺・新野から伝令はあるか?」

「今のところ、御座いませぬ」


 うむ・・・ならば二人は既に山中に急襲されて打ち破られているかも知れぬな。

 電光石火が山中の得意と聞いた。別働隊も動くという。備える前に襲われればひとたまりもあるまい。


やむを得ぬ。今ある兵で山中を打ち破るのだ。


「よし、我らも出るぞ。皆に告げよ」

「はっ」



 わが兵二百と共に城下に降りる。

 儂を見た者どもが、ヒソヒソと何事か密かに話している。分っている、まずはあれを説明しなければならぬ。


「皆の者、緊急の呼びかけに応じての集まり、大儀である。我が越智領は山また山の最中にある。碌に米も採れない領地であるから、飛鳥郷や伊勢街道が命綱である。その命綱は自らが戦いおのれの血を流して守るしか無いのだ。こたび前当主家高を廃して儂が当主になった理由はそれだ。それのみだ」


 そこで言葉を切って皆を見渡す。儂が家高を誅殺した訳を話したのだ。顎を振って頷き合点がいった表情の者が多いように見えた。


「既に飛鳥郷は山中の手に落ちた、今またこの吉野にも山中の軍勢が押し掛けて来ている。大軍を動かせぬ地形とみてか軍勢は多くない、多くはないが山中自らが率いているのだ。間違い無く精鋭中の精鋭と見て良いだろう。これに我が軍の一部の裏切り者が荷担している」


 皆に動揺は無い。そう言う噂が既に広がっていて、誰もが知っている事だ。


「彼我の兵数は拮抗しているが、正義は我らにあり地の利もある。山や川・そこに生えている木や草・岩までもが我らの味方だ。侵略して来た敵から我らの土地や家族を守るのだ。敵を撃退して我らの命綱は我らの手で守るのだ!!!」


「「「「「「 オオオオォォォォーーーー 」」」」」」


 雄叫びが城下を包んだ。体を流れる血が熱くたぎる。


 いける。いけるぞ、これならいける!!


「阿知賀の広河原に、明るい内に布陣して敵を待つ。山中勢との戦いは明朝になるだろう。敵は不案内な土地で朝靄の中の我らと遭遇することになる。我らが圧倒的に有利だ。いざ出陣!!」


「「「 オウ!! 」」」



 六田城から阿知賀までは約一里、明るい内に到着した。柵を連ねて陣を敷く。そうしている間にも山中隊の様子が分ってくる。


「山中隊は新野城に集っています。山中の白い旗に赤虎の大将旗が靡いております」


 新野城はここ阿知賀とは目と鼻の先だ。我らがここに布陣している事も知れているだろう。慣れぬ土地での夜襲はすまいとは思うが警戒した方が良い。

 ところで、新野はどうしたのだ・・


「新野はどうした。会戦したのか?」

「分りませぬ。ただ、町の様子は普段通りだと・」


 ・・新野も裏切ったのか。だとすれば岩壺もか・・山中三百五十に松山・岩壺・新野を合わせると七百になる。我らとほぼ同数だな。同数なら先に布陣した我らが有利だ。負ける訳は無い。


いや、負ける訳にはいかぬ。絶対にだ。

懸念は次の報告で現実のものになった。


「山中隊には松山の他、岩壺・新野が加わっているようです」

「うぬぬ、あの裏切り者めらが!」


 特に松山は、儂が今まで色々と面倒を見てやったのを忘れたのか。ここまで大きくなったのは誰のお蔭だと思っているのだ。奥方だとて儂が仲人してやったのだぞ。

妙義丸を次期頭領にするなど出来る筈も無い事、あの状況でいきなり何を言出すのだ、まったく越智家にはどうしてこのような馬鹿者ばかり揃っているのだ・・・


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