第39話・山中本隊の動き。
三月十三日 天神山 北村新介
「清興が祝戸砦に居座りましたな」
「うむ。だが思っていた以上に敵の動きが無いな・・」
「左様で、多武峰はともかく越智はもう少し動きを見せると某は思っておりました」
天神山の陣屋の中で、某と啓英坊と藤内どのが南方を俯瞰しながら話している。各隊の動きはここに逐一報告が上がって来る。
本隊の陣城普請と街道普請は二日間で目処が付き、本隊八百はいつでも動ける態勢だ。
南はここから半里ほどで大和三山の畝傍山があり、そこから少しずつ登り坂となり次第にのどかな丘陵地帯になる。
その辺り一帯が古の古都の飛鳥郷だ。
周囲にぽつぽつと小山が出現して来て、それが次第に増えてやがては山だらけとなる。そうなると越智の勢力圏だ。山即ち越智領と考えたら良い。
畝傍山から一里に満たない南に、貝吹山と言う小山があり西麓に屋敷と頂きに砦がある。廻りはもう山また山の風景だ。
貝吹山砦は、越智が築城した砦だが最近は筒井のものになっていた。つまりその周辺は筒井領だったのだ。梅谷隊はまずそこを占拠して飛鳥侵攻の本拠とした。
貝吹砦からは西南側の宇智郡も見渡せる。そこで貝吹砦の西側に小寺隊二百を布陣させた。そこなら梅谷隊と協調する事も容易なのだ。
残りの兵八百の内・五百は田中が指揮して道普請をした。十市城から橿原までの中街道と橿原から東西に延びる街道も拡張したのだ。普請中でも三百は遊軍としてここに残して出動態勢を維持していた。
「昨日は梅谷隊が佐田砦・観覚寺砦を、清興小隊は植山砦・岡砦・祝戸砦を攻略して祝戸砦に留まるという報告が来ております。それでも越智に動く様子はありませぬ」
越智に侵入している山中忍びの新作の報告だ。
梅谷隊がほぼ飛鳥郷攻略を終えた。どの砦も大した抵抗は無かったようだ。祝戸村は飛鳥と高取山・多武峰を結ぶ分岐の集落で、そこを抑えると双方の飛鳥からの物資が途絶えるのだ。それを知った清興が駐屯を決めたのだ。指示はしていなかったが順当な判断だ。
「これで越智と多武峰の補給路が一つ減りましたな」
「うむ、だが南の吉野を抑えなければ敵もそう痛くはあるまい」
越智の補給の多くは南の吉野からだ。吉野には伊勢街道が通り補給物資に事欠かない。多武峰は吉野に加えて東の宇陀からの補給がある。そちらは柳生の侵攻によって間も無く切られる筈だ。
「吉野を抑えるには、宇智郡を獲らなければなりませぬな」
「そうだな。それにはまず目の前で手ぐすね引いている奴らが問題だな・・」
橿原の目の前・西方の山裾一帯には布施氏がいる。山裾近くの新庄城と葛城山の中腹にある布施城には田植えの時期にも関わらずに多くの兵が込められているらしい。
布施の北には大和川をはさんで信貴山と対する箸尾が、南には楢原がいる。どちらも千兵を擁する国人衆で山を通じて行き来が出来る、おそらくは連携してくる筈だ。強敵だ。
橿原から宇智郡に抜ける平野は楢原城の南・吐田氏の吐田城を過ぎたあたりで狭くなる。葛城山と金剛山の鞍部・水掛峠を経て河内に抜ける街道があるあたりだ。
幅一町ほどの狭さが一里半ほど続いて北宇智村に出る。西は広大な金剛山地で東は越智の支配する山が続く。
つまり宇智郡への道は越智と楢原に包まれている。そこに侵攻すると一千程の兵では三方を包み込まれて殲滅されよう。
先日の十市城で大将が皆に言った主力一千が宇智郡に向かうと言う話は乱派や商人を通じて盛んに流している。
それと同時に興福寺は山中に味方するようにと宇智郡の国人衆に回文を出している。
それを受けた宇智郡の国人衆は動揺して右往左往しているという。箸尾・布施・楢原も我らの侵攻に乗じて協調して動こうとしている。
いや、皆がみな大将に動かされていると言った方が良い。
戦は実戦だけでは無い。こういう事が効果を発揮する。大将はそれが上手い。
「越智は揺れているな・・」
「当主の越智家高は優柔不断で、武闘派叔父の家増や多武峰に近い志賀らが苛立っているというのは当たっているようで」
「三家老に三将か、纏るときは良いが意見が分かれれば争いの種だな」
「だが今回は、多武峰に近い者も家増に付こう」
「どうだな、新作?」
「はっ、家増には最大勢力の芦原家老と佐田砦南を領する有力な将の松山が同心しています。吉野の志賀もかなり危機感を抱いているようで、これに加わると見ています」
「六人のうち半分が家増を支持か、拮抗しているな・・」
「一波乱ありそうですな・・」
「どちらにせよ、我らには好都合ですな」
「申し上げます。今、大将が来られました!」
「なんと!」
いきなりの訪問だ。
このところの大将は神出鬼没な動きをする。多聞城や十市城にはそれらしき影武者がいるのだ。影武者かと思えば本物だったりする。影武者も最近では真似るのが上手くなって、我らでも時々驚かされるのだ。敵の間者が悩むところが想像出来るわ。
さっと入って来た大将が某らの前に座った。
付き従っている旗本衆は廊下に控える。腕利きの十人だ。その他に五十人以上の探索隊が大将と行動を共にしている故に、大将のお身の安全に対する不安は無い。
「動静は聞いた。儂は越智の動揺に手助けをするぞ」
「手助けとは?」
「なに、我らに反撃をするかどうかで揉めているのだ。城の一つも奪えば白黒付こう」
「どの城をとると?」
「何処だと思うな?」
「松山城ですか?」
貝吹砦の南の松山は、我が城が奪われたと知ったなら怒り狂うだろうからな。有力な将は皆、高取城に詰めているのだ。
「うん、その考えで間違ってはいない。だが、越智勢屈指の戦上手で攻め達磨と呼ばれる松山勢は強い。主がいなくとも松山城はそう簡単には落とせないだろう。この度は越智が気付いた時には城は落ちていなければならぬ。当主は味方の城に援軍も出せずに落城させた、その事実を突きつける。それに我らは宇智郡や吉野への道を確保したい。故に落とすのは奉膳(ぶんぜ)城だ」
「奉膳城・・高取山から続く尾根の先端の城ですな。城兵は百ほど、前面は急な切り岸だが側面や背後の備えは薄く、三百ほどで急襲すれば簡単に落ちますな・・」
敵方の城の構造や守兵は、探索隊によって事前に調べられていて、現地に行かなくともおおよその策は考えられる。
「うむ、新介の言うように急襲がミソだ、貝吹城に馬を走らせて梅谷と小寺に急いで攻めさせてくれ。探索隊に案内させるで夜の間に移動させよ。代わりに貝吹城に詰める隊をすぐに送って呉れ」
「承知」
貝吹城へ出陣の命令を持った伝令をすぐに出した。
梅谷・小寺隊に変わって貝吹城の守備をするべく藤内どのを隊長に三百の兵が動く。本隊はいつでも出動できる準備が整っている。
余談だが貝吹砦は貝吹城と呼称を変えた。三百もの兵が籠もる城塞は、もはや砦とは言えないという大将の意見だ。
次々と素早く移動して行く隊の動きを確かめると、大将は何処かに消え去った・・・
しかし奉膳城攻めの次の動き・いや本当の目的か・・それを教えられた某らは絶句したな。
いやはや、やっぱり大将は大変なお人だな。
今年の正月に語った夢があっという間に叶えられて、我らは今では大和一の勢力なのだ。しかも肝心の大将は何処にいるのかも解らぬのに、大勢の家臣の動きを完全に把握しておられる。
某の出番はまだ先だが、我らが動き出せば敵はその意表を越えた動きに驚くだろうな・・・楽しみだ。
まったく大将の下だと退屈する暇も無いな。
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