第17話・兵の検分。


「大将、竹槍隊のご検分を願います」

「うむ、見せてくれ」


 まともな武器も無い俺たちだ。武器を買う銭も無い。ならばしばらくは竹槍で闘おうと開き直った。

 通常の一間半の真槍に対して二間の竹槍で向かい合う。二間の真槍なら二間半にすれば良い。とにかく長い事と惜しげも無く使えることがメリットだ。先に穂先の付いていない竹槍でも有効だと俺は思った。


 それを確かめたい。


「槍隊、竹槍隊、位置につけ!」


 新介の命令下、竹槍隊二十名が密集隊形を取った。真槍を持った槍隊二十がそれに対する。

 両隊が中段に構えて対峙する。壮観だ。


「叩け、せい・やあ!」

「せい・やあ!」


 竹槍隊の半数が ”せい” で竹槍を上げて、”やあ” で叩き降ろす。

その間も残りの半数が相手につけ込まれない様に中段の構えのままだ。それを交互に繰り返す。


「突け、おお・やあ!」

「おお・やあ」

 今度は中段のまま、半数が突き込む。

目標は相手の喉元だ。防御が難しい所だ。当たれば竹槍でも昏倒するだろう。交互に突き込んで半間ほどずつ前進することになる。槍隊はそれにつれて後退する。


「突撃、せい・やあ!」

「おう・やあ!」「せい・やあ!」「おう・やあ!」

と、今度は叩いて突いて叩いて突いての連続攻撃だ。


うむ、想像以上に強力だな。付け込まれないように工夫している。


この竹槍隊の相手は、短い槍ではどうにもならないだろう。これならば実戦で使える。調練で対峙している槍隊は、単に竹槍で真槍に攻撃する恐れを無くす為のものだろう。


 ところで、うちにこんな数の真槍、あったっけ?。


真槍の数が俺の想像していたのより多いぞ。制圧した村から持って来た槍の殆どは使い物にならない錆くれ物で、鋳直して他のものにするため鍛冶に回したと聞いた。


「如何でしたか?」

「うむ、見事だった、大隊長。さすがだな」


「はい、それがしも最初に聞いた時は首を捻りましたが、これならば充分です。実は賀茂郷の僧兵もこれで撃破しました。お蔭で真槍が結構手に入りましたぞ」


「そうかそうか。それは良かった」

 って、そう言う事か。成る程僧兵なら、薙刀とか槍とか本物を揃えているだろう。



「続きまして弓隊のご検分を」

「おう、出来たか、弓が」


 弓も竹と木を合わせてここで作ったのだ。勿論、簡単な弓なら誰でも作ろうと思えば作れるのだが、問題は射程と堅牢性が戦で使えるレベルにあるかどうかだ。


「はい、工夫を重ねて作り上げました。まあ、そこいらの材料で作っていますので、射程は八割ほどしかありませぬが、実用性は充分です」

と、十蔵が誇らしげに言った。物作りは職人に任せているが総括は十蔵がしている。


「構え!」

 弓隊隊長の田中の合図に、三十名が一斉に弓を引き絞る。


「放て!!」

 弓鳴りの音と共に、十五間先の山肌につけられた的に矢が吸い込まれ突き立った。矢は大体の範囲に集中している。


「一部的を離れた矢も有りますが、手作りの曲がり矢で御座ればご愛嬌です」

 田中は清水家の武士だ。まだ三十半ばの働き盛りでこれからの期待株だ。


「矢むおえん・・」

「・・」


 おぅーー、冗談が通じぬ・・・・


「次は遠矢です。距離は一町半(約百五十メートル)。構え!!」

 ・・ってスルーかよ田中。

十蔵もあっち向いているし・・・


弓隊は空に向けて弓を引き絞る。的は対岸の山肌だ。下草や雑木も綺麗に除けられた遠矢の的になっている。


「放て!!」


空に黒点を散らして、矢が放物線を描いて的に向かって消えた。

 うん、これなら充分だろう。実戦でも使える。十蔵も新介も嬉しそうだ。


「見事だ。この弓をどれぐらい作れる?」

「へい、材料の竹と木さえあれば幾らでも作れます。ただ乾燥や接着にそれなりに時間が必要で、今の人員で日に五張りってところでやす」

 弓作りの担当らしい職人が答えた。


「うむ。武具は幾らでも欲しい。余れば売ることも出来よう。改良を加えながらどんどん作ってくれ」

「へい」


 敵に売るのは心情的に考えものだが、武具は高く売れる。販売するのも当然視野に入れるべきだろう。なにせ戦国の世だ、武器は幾らあっても足りないし、銭もメッチャ必要だ。


「よくやってくれた。皆のお蔭で形になっている。これからは儂も先頭に立って働くで引き続いて頼む」


「大将、まだ見せたい物がありやす」

 おっと、十蔵がやけに得意そうな顔をしているな。

 なんだろう・・・


 十蔵に従って付いて行くと、本丸(屋敷)の武器倉に入った。新介も付いてきている。



 一月十二日、山中砦武器倉 清水十蔵


「おう!」

 武器倉に納めている十文字槍を見て大将が声を上げた。新介と相談して鍛冶・鍛造に作らせた一物だ。屋敷の道場には大将手作りの十文字の稽古槍はあるが実物はまだ無かった。


「十蔵、見せたい物とはこれか?」

「左様で御座います。我が領内で作らせました。大将に相応しき物かと」

「うむ、見事だ。新介、相手をせよ」

「はっ」



大将は、十文字槍を中段に構え目を細く閉じている。それに対峙した真槍を構えた新介の顔が蒼白だ。


「新介、遠慮は無用だ。突いてこい」

「はっ」


「やぁー」

掛け声と共に新介は大将の正面に突き込んだ。

その鋭さに儂はゾクッとした。熟練者の本気の突きだ。


 だが、新介の穂先は大将の十文字槍で突き上げられ虚空にあり、踏み込んだ大将の穂先は新介の手元で止まっている。


 双方、一歩下がってさらに突き込む。新介の鋭い攻撃が上へ下へ突き込んで薙いで叩く、そのどれもが十文字の鎌に掛けられて詰め寄られている。


「これまで。・・ふむ、この十文字は握りや重さが儂にぴったりじゃ。まことに良い物を作ってくれたな。礼を言う」

「喜んで頂いて何よりでやす」


 既に新介は汗でぐっしょりで、肩で息をしている。こんな新介も珍しい・・調練では《全員を相手にしても大隊長は汗ひとつ掻かねえ・・》と囁かれるほどの男なのだ。


「北村どのの申された通り、山中様は怖いな・・・」

 傍で声を発したのは、新介が賀茂郷から連れて来た嶋という若者だ。なんでも平群の国人の出で柳生道場の昔馴染みらしい。


「ほう、新介が大将を怖いと言ったか?」

「はい、ご家老様。北村どのは、うちの大将は武器を取って向き合った時は怖いと」

「ほう・・・」


「はっはっは、それはな、儂自体が闘うのが怖いからだ。それ故必死になるのだ」


 我らの会話が聞こえていたようで、若者の言葉に大将が応えた。


「山中さま。某・嶋清興と申します。領地を失った浪人者で御座いますれば、しばらくご当地に滞在する許可を願います」


「・・ほう、嶋どのか。うん、滞在は構わぬ。二の郭に住むが良い。暇な折、新介や藤内と共に兵の調練などをしてくれると助かるがな」


「承知致しました」


ふむ、新介も嬉しそうだな。嶋は若いが柳生道場の門弟でかなり腕が立つ。調練を指導してくれれば助かるわい。



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