第18話・初めての軍議。


 一月十二日、夕方 山中砦囲炉裏の間 山中勇三郎


 屋敷の囲炉裏端に久し振りに戻った。

事故に遭った俺は少し前にここで目覚めたのだ。人の命なんて一瞬で終わると痛感した場所だ。それ以来、生の儚さと脆さが常に気持ちの片隅にある。


 砦になっている屋敷に戻って、働いてくれている人々と調練の成果を見せて貰った。それは俺の想像以上の出来だった。おまけに十蔵と新介が俺用の十文字槍を作ってくれていたのには感激した。

 この槍で勇気百倍、早く実戦で試したくなったぞ。


 嶋清興と言う若者が賀茂郷から新介に付いて来ていた。あの嶋左近だ。俺は嶋左近と言えば、どっしりとした腰つきで逞しい壮年の武士をイメージしていたが、会ってみればやんちゃな兄ちゃんで驚いたぞ。気さくでやんちゃで無頓着、砦の皆の人気者になっている。

まあこれから経験を積んで行けば無二の強者になる片鱗は見える。今のうちに味方に引き入れておこう。



 まず黒蔵を呼んで状況を聞いた。軍議の前に知っておきたい裏情報があるかも知れぬからだ。


そして皆を呼び、出陣に向けての軍議を開いた。

 集ったのは、清水十蔵・北村新介に藤内宗正・黒蔵・勘定方の目木久衛門に須川甚五郎に俺の七名。今の山中家の首脳陣だ。


「うちの状況を話してくれ」


「はっ、我が山中家の現在の勢力は、須川村・賀茂郷の山手と三つの村・奥山六村が加わり石数で言うと二千二百石。藤内隊と僧兵が加わり、兵の総数は約百四十五名となっております」

 軍隊長・北村新介の報告に皆が響めいた。兵は日々増えているために、皆はその全数を把握していないのだ。


「近隣の国人衆の動向は?」


「はっ、南の奥山は兵を出して全て従わせました。西の中川村は興福寺に近く様子見状態、賀茂郷の残りの平野部二村も同じ、狭川は説得の甲斐無く兵を集めています」

と、家老・清水十蔵が答える。


これも俺が既に聞いていた情報と変わりは無い。


「狭川の勢力は?」


「上中下狭川村合わせて総兵力七十名・領地で迎え撃つとなれば民も召集して百五十名も可能です。これに笠置の広岡・我らが流した流言によって相当迷っているようですが、妻が下狭川の娘であり結局は狭川に助勢するだろうとみています」


 むむむ、と唸る声がしている。


 兵百五十か・・狭川はさすがの兵力だな。だがこちらは民兵を入れずに百四十五名いる。拮抗している。だが、笠置から助勢があるのか・・・


「笠置郷の他の状況は?」


「笠置の国人衆は、西山手の切山氏・左岸の広岡氏、右岸東の有市氏に別れます。その内、賀茂郷に近い切山氏は内応を約し、東の有市氏は独立心が強く返答はありません」

と、須川甚五郎が説明する。


「内応は、臣従とは違うのだな」

「はっ、敵対はしない、求めに応じて兵も出すと言う事で、配下に付くという事では御座りません」


 ぬるいな。臣従するか闘うかのどちらかだと知らせてある筈だ。日和見の態度は敵対する事と同じだ。広岡は敵方につき有市はこちらを無視だ。つまり笠置郷は全て敵だと見て良い。



「・・・黒蔵、他に情報はあるか」

「はっ、狭川は二十日に此方を攻めるべく軍備を整えています。まず向こうから国境を侵して大将の出陣を待って一気に倒す策です」


「ふむ、国境を犯すが攻め込んでは来ぬか。おびき寄せて仕留めるか・・なるほどな。慣れぬ敵地での戦いは避けるか、理に叶っている。それで対するこちらの軍備はどうだ?」


「はい、南の押えに平清水に二十、西の押えに大田村に二十の兵を置いて、現在・百の常備兵が出動できます。真槍三十、竹槍六十、それに藤内隊十、全員の孟宗防具と楯・弓五十張りと矢、それとは別に、常に山に潜んで姿を見せない半弓を持った斥候隊十名がおります」


「おう、なかなかの陣容だな。それで充分だろう。藤内隊は儂の旗本隊として傍にいてくれ。竹槍隊が弓を使える様に荷駄を配置しろ、それに予備の竹槍も積め。槍隊は竹槍隊の側方の守りに。明日一日・須川へと移動しながら調練をする。そして明後日に須川に出撃する。準備せよ」


「ははっ」


 狭川は民兵を動員して百五十、それに笠置からの応援が加わる。全部で百八十ほどになるかも知れぬ。

その相手の軍備が整うのを待つ必要はない。狭川は俺を倒して松永に頼るつもりらしい。いざとなれば柳生に臣従するが、どこの馬の骨とも知れぬ俺の下には付けぬらしい。


ふふふ、その気持ちは良く分る。


松永どのには随時経過を報告しているが、もし俺が負ければすぐに見捨てて狭川を取るのは見えている。それが戦国の常識だ。


 百対百八十か・・ここは数で劣る俺たちが勝つ事に意味がある。それも圧倒する戦い方でだ。


狭川を下したあと、笠置郷と賀茂郷を一気に攻める。


 山中隊の強さを国人衆に見せつけるのだ。決して敵にしたくないと思わせるほどに。それが無駄な戦を引き起こさない抑止力になる。



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