第11話・山中忍び誕生。



永禄三年一月五日 柳生 山中勇三郎


 須川が下ったと新介から報告があった。引き続いて新介の父と須川の先代に狭川を攻略する様に指示した。作吉と万蔵が毎日交代で繋ぎをつけることになっていて情報はその日のうちに伝わってくる。


新介は新規の配下の村から徴兵して訓練だ。訓練のついでに俺の屋敷の周囲の拡張をしている。板塀の外を慣らして二の丸・三の丸を作るのだ。そこに常備兵が駐屯する。さらにその外に様々な物を作る職人を集める。なにもかも足らないものばかりなのだ。


 ご家老の十蔵は全体の統括。新規の土地からの徴税や二の丸の建築資材の調達など仕事が山積みだ。ともかくも適当な者を見出して任せるように言ってある。


 十蔵の父上・清水三十郞の調略で南部の村々五村が下ったようだ。さすがに仕事が早え。しかし残る南部の村には、興福寺や椿尾城が近い事もあり反抗的な村もあるらしい。もし抗えば躊躇なく兵を出せと指示した。


又、法用村の六左衛門村長らが同時に賀茂郷の調略も行っている。こちらの成果はその内に上がって来るだろう。

賀茂郷は、岩船寺と浄瑠璃寺という寺の影響力が強い。どちらも由緒正しく現代まで残る名刹だ。そう簡単には折れないだろうな・・・

ひと戦あるかも知れんな。


すまん、皆大忙しだな。

 とにかくやることが多すぎ、人が少なすぎなのだ。



 俺の支配地は、三百石から千百石ほどになった。動員できる兵は、通常三十名最大六十名ほどだ。超弱小からやっと弱小になった国人というところだ。俺も早くここでの修行を終え陣頭指揮を取らなければならぬ。


だが・・・急ぐ必要はあるが、焦ってはならん。


武術修行は戦国の領主にとって非常に大事なことだ。特にぽっと出の俺にはなくてはならない条件だ。


 皆、もうちょっと待ってくれ。




一月六日 未明 柳生道場


道場に入った俺は神棚の方向に礼をして木剣を構えた。外は明け始めたが道場の中はまだ闇だ。


ここ柳生へ来て三日が経った。

体のあちこちで筋肉痛が走る充足感の中、ぐっすりと眠り目が覚める。目が覚めると未明の道場に立ち、記憶の中の俺の姿を静かになぞる。始めはゆっくり次第に速く動く。それをひたすら繰り返す。


 過去の俺のここでの修業の記憶は完全に甦っている。


だが、それはあくまで頭の中の記憶であって俺の体が覚えている体験では無い。妙な感じだが実際そうなのだ。


 相手がこう来たらこう対処すると言う事は分かっている。

分かっているが実際に体がそういう風に動いた経験が無く、その場で咄嗟に動けないのだ。

 そのギャップを埋めるための独り稽古だ。何度も繰り返すことで、それが実際の体験となる。


 ふと気付けば、周りに稽古の熱気が溢れていた。既に門弟らが入って稽古を始めていたのだ。この時間になると俺は一旦部屋に戻って朝食をとる。


 外に出て井戸端で水を飲む。外は寒いが体は火照って、頭からは湯気が出ている。既に半刻ほど休み無く動いたのだ。


「勢がでますな。山中どの」

 藤内が河原から上がって来ていた。藤内らの稽古の時間が近いのだ。



正木坂道場で朝の刻限は、勤めがある柳生家の家臣の稽古する時間だ。

俺は特別に許されているが、それが終わってから他の者が道場を使用できる。


「藤内どの、少し話がある。良いか?」

「構わぬ。伺おう」



「それがし、急いで北大和を抑えるつもりだ。だがまだ家臣も少なく力が弱い。藤内どの、それがしの家臣となって力を貸してほしい」


 俺は与えられている部屋に藤内と向かい合って座るとストレートに言った。


「・・それは豪儀な・・分かった家臣になろう。某だけで良いのか?」

「いや、付いて来て呉れる者すべてと」


「よし、河原者で素行のまともな者は・・他に十名だな。彼らも引き込もう」


「素行が悪いのは黒蔵らか・・奴らも引き込めないか」

「良いのか、詐欺師・盗賊・乱波やら忍び崩れだぞ。悪いことも平気でする奴らだ」


「北大和を抑えると言っても、要は村々を襲い反抗する者を殺し、土地を奪うのだ。綺麗事では済まない」

「・・・そうですな。喰うか喰われるかだ・綺麗事を言っていれば滅びますな。つまり汚れ仕事もあると言う訳だ。よし、奴らも引き込もう」


 藤内は快く引き受けてくれた。本当にほっとした。だが言っておかなければいけない事がある。


「だが領地など無いぞ。俺だって無い。取りあえずは多少の銭と飯を食わせるだけだ。それもしばらくはきゅうきゅうだ」

「某はそれで良いわ。領地など面倒だ。藤内宗政これ以降、殿に命を預けますぞ」


「うむ、宜しく頼む。まずは河原者を纏めてくれ。それに黒蔵に話をしたい。今夜、ここに寄越してくれぬか」

「承知」



俺は持ってきた大量の食料と酒の殆どを藤内に与えた。

彼らは食料を得るために様々な仕事をしている。それでも実入りが無く食えない事がままある。そんな時にリーダーの藤内が面倒を見ているのだ。

 この食料と酒で彼らを釣ろうという訳だ。


つまり手付けだな。




「山中どの、お呼びで」

 夜中に音も立てずに黒蔵が来た。相変わらずちょっと気味が悪い。つまり腕の良い忍びなのだろう。


「黒蔵か、入ってくれ」


手あぶりの傍に座らせる。少し酒の匂いがする。俺の渡した酒を飲んでくれたのなら俺の頼み事を無下にはしないだろう。


「藤内に話は聞いてくれたか?」

「河原者らは山中どのの家臣になると」


「黒蔵らも雇いたい」

「我らは銭次第で」


「昨日の儂の領地は三百石、今日は千石ほどになったようだ。だが、まだ銭は無い。早急に武具を揃え兵を養わなければならないからだ。それで戦だ。勝てばすぐに兵は百を超え一千になる。その時には充分な銭を払える様になるだろう。手を貸してくれぬか」


「一日で三百石から千石に・・どう言うからくりで?」

「からくりもなにも、俺に下らねば踏み潰すと脅したのよ」


「・・ふふ、面白え。兵千なら三万石はいる。三百石から三万石か、百倍だ。手伝いましょう。銭は後でたんまり頂きやすぜ」


「頼もう。他にも手があれば集めて呉れ。汚れ仕事もある。出来れば専属にしたい」


「あっしらが請け負う仕事に綺麗も汚れもありやせん。それに雇い主は一人だけ、同時に他の仕事は受けやせん」


「ならば頼む。取りあえずは”山中忍び”と呼ぶ。裏の仕事の指示は直接儂がする。今出せる銭はこれだけだ。今の儂の全財産だ。大事に使ってくれ。まずは法用村の儂の屋敷に行って周辺の国人の調略だ。家老・清水十蔵の指示に従ってくれ」

「承知」



 まあ、こんなところだろう。実は早急に手を打ちたい汚れ仕事があるのだが、信用できるか出来ないか、ちょっとの間でも様子を見るべきだろう。


裏の仕事は裏柳生とでも呼ぶか・・・いや、冗談だ。


って勇二郎が貯めていた銭を殆ど渡したよ。彼らの仕事は銭が必要で仕方がない。あとは・・・十蔵が何とかしてくれる事を期待しよう。

 頼むぞ、ご家老さま。


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