第10話・山中砦はお祭り騒ぎ。
永禄三年 一月五日 山中屋敷 お銀
「ここは、まるでお祭りのように賑やかだねえ・・」
村長の六左衛門さんに頼まれて山中屋敷に賄いをするために来た。一緒に来た村の女衆や年寄りにも色々な所帯道具を運んで貰った。
今まで閑散としていた大将の屋敷には大勢の人が動いていた。屋敷の外では若者たちがこの寒い中、湯気を立てながら土木作業をしているし、各村からは働き手と共に色々な材料が続々と運ばれてきている。
それを各村の実務方が帳面に書付けながら運び込まれてくる物の置き場を指示していて、空き地には木材・杉皮・藁・縄などが積み上げられている。
「おう、お銀さんか。良く来てくれた。すぐに二の丸に賄い所を作るが、今日は取りあえずその辺で頼む」
清水家の当主となられ、今ではご家老さまと呼ばれる十蔵どのが言う。若い頃はちょっと可愛いかったけど、今ではすっかり油が乗ったおじさんになったわね。
ふふふ・・・
わたくしの役目は、ここで働く者たちに飯を食わせることです。大将が大きく領地を増やすと言われたとか。それに清水の殿と北村様が同意してこの騒ぎです。
とにかく、全村をあげて大将の望みを叶えようとしています。
「男衆は石を運んで竈を作って大釜に水を入れて湧かして。女衆は米を研ぎ芋や葉を刻んで準備するのよ。ここで働く男衆は力仕事で腹を空かしているわ。すぐに取り掛かって頂戴ね」
米や薪は屋敷にある、取りあえずそれ使えば良いとご家老は言った。さすがに六村の年貢米だわ、充分な量があるわ。それを放出するなんて大将もご家老も太っ腹だわね。
ならばわたくしは、みんながここで働けば家にいるよりおいしい飯を食えるようにするわ。何たって飯が力の拠り所よ。飯を食わしてくれるなら、皆安心して働けるわ。
「必要な物は儂か目木に言え。すぐには手に入らぬかも知れんので、そこは何かで代用して頼む」
要は何も無いと言う事ね。それは一目瞭然ね。賄い所の建物も無くそれを作る敷地を作っている最中なのだもの。
飯を食うには器と箸ね。おにぎりや漬け物なら葉や竹の皮で良いけれど、汁物ならやっぱり器がいるわ。
器は焼き物を作る儀佐衛門さんの所に売り物にならない物はないのだろうか?
あとは木地師の久作さんの器も良いわね。
うん、交渉してくれるようにご家老に言ってみよう。それに出来れば器と箸は各自持参にして欲しいわね。
箸は枝でも竹でもどうにでもなるわね。
器も取りあえずは、節つきの竹を頼もうかしら・・
「お銀さんがおらの飯を作ってくれるのかね」
「蕗作爺、しっかり働いた者にしか喰わせないからね。」
「任せときな。おら昼も夜もしっかり働くぞ」
「昼だけで頼むわ。爺は夜・早寝するもんだよ」
「ちげえねえ。ぎゃっはっは」
「お銀姉さん、おらのアレが恋しくて泣いてねえか?」
「わたくしが恋しいのは亡くなった旦那様だけだよ、親方」
「そうか、おらもかかあ一穴だよ」
「おんなじだねえ・・」
「ぐわっはっは」
顔見知りのみんなも陽気に働いている。正月返上だけどお祭り騒ぎだからみんなも喜んでいるよ。家に居ても寒くて働きもしないのにお腹が減るだけだからね。
あれあれ、本当にお祭り騒ぎが始まったよ。鳴川の放下師たちが賑やかしに来てくれた。さすがに本職・芸達者だねえ・・・みんな盛り上がちゃっていい雰囲気だね。
園田村から失敗作で売り物にならない器が沢山運ばれてきた。形の歪な物・ひびのある物・色の変な物・挙げ句に半分割れた皿もあるよ。
まあ、これでも無いよりはましってもんだね。味があるといえばあるわ・・・
なんかとっても愉快だよ。
さあ気張って飯を作るよ。一つ歌でも歌おうね。
同 清水十蔵
正月の急な召集に民は良く応えてくれた。
予想以上の村人が集って呉れて、まるでお祭り騒ぎだ。それが噂を呼んでさらに人が集る好循環になっている。
整地して土地を広げて小屋を建てる。急激に増えるはずの兵の調練をする場所が必要だ。それに武具を作る作業場がいる。
兵が増えても武具は揃っていない。矢一本でも結構な値がする。戦になれば千本単位の矢がいる。銭が無いから作るしかないのだ。
矢竹と鳥の羽を集めている。最悪羽が無ければ竹の葉を使う予定だ。矢は少々曲がっていても良い。丹念に炙って直す作業は適当で良い。とにかく一回こっきり前に飛べば良いのだ。
兵の装備は竹槍で良いと、大将が言っている。
二間の長さの竹を槍衾にして、上から叩き突き転ばすだけで効果があると言う。只握り易い細竹を乾燥させて軽くするようにと。
それで稽古している所を見たが、確かにそうだ。あんな物で叩かれたら卒倒するわい・・・
真竹や孟宗竹の太い竹は、割って防具にする。割竹を並べれば、矢も刀も弾く安価な鎧の出来上がりだ。
矢だけで無い。弓も作っているのだ。猟師や指物師に手先の器用な者を付けて試作させている。そろそろ試作品が出来上がる筈だ。
鍛冶も重要だ。鍛冶の親方の所へ若者を送り込み手伝いをさせて、鏃、槍などの武器を量産させる。いずれ砦内に場所を設けるつもりだ。
それに関わる全ての人に飯を食わせる賄い所はもっとも重要だ。幸いにもお銀という格好の女大将が老人や女衆を使って切り盛りしてくれている。
それにしても、変わらずにふくよかな肢体は色気があるな・・・
むふふ・・・・
いやいや、そんな事を考えている場合ではないぞ。
儂のすることは山ほどあるわい。なんたってご家老様なのだから。
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