第9話・調略隊動く。


永禄三年 一月四日 須川城・須川甚五郎(須賀家先代当主)


 北村庄佐衛門が訪ねて来た。南庄村の村長三左衛門どのも一緒じゃ。

庄佐衛門とは小さい時よりの知り合いだ。隣村と言う事で、少しは対立する事もあったが概ね協力しあってお互い生き延びてきた仲だ。


「おう、庄佐衛門か。久しいな」

「うむ。甚五郎、懐かしいな・・」


 庄佐衛門は何かしら思い詰めた顔をしている。老けたな・・

だが、その目の力が強い。もっと穏やかな男だったが・・


「お主のところは大変であろう。我らも同じ目に会うところだった」

「うむ、今でも痛手が癒えないわ・・・」


 先の一揆勢との争いで家督を譲った倅・新蔵を亡くした。偉丈夫で勇ましい自慢の倅だった。本当にガックリときた。まだ孫は小さい、あとを継ぐ次郞は十才なのだ。この老体がもう一度領地を見なければならない。


 それだけでは無い。その戦いで足軽が六名も死んだ。他に重傷者もいる。死者・重傷者の家族への手当てで大変だった。いや今も大変だ。


「この先どうするのだ?」

「うむ、もはや今のままでは行くまいな・・・」


 庄佐衛門が言うのは、平野の勢力の誰につくかと言う事だ。

 須川はこの辺りの多くの国人衆と同様・半分興福寺半分筒井の曖昧な立場だ。平野の国人共は松永に付くか、筒井のまま逃亡しているというのに。山間の村は、曖昧なままで行けるかもという淡い期待をしている。

 儂もこのままではいけないと思いながら動けずにいる。


「柳生の事を忘れてはいまいな・」

「忘れてはいない。しかし儂ではもはや・・・」

 その昔の事だ。大和を席捲しつつある筒井氏に対して曖昧な態度を取った柳生は大軍で攻められたのだ。山間の小領主だからと許しては貰えなかった。


「筒井は平野から駆逐された。今は松永に付くしかない。だが松永は恐ろしい、直接会いに行けばどうなるか解らぬ。ならばうちの大将に付けば良い」

「山中どのか・・」

「大将に年貢を払えば兵の面倒は見てくれよう。甚五郎、もう選択肢はそれしかないのだぞ」

「・・分かった。山中どのの配下につく。庄佐衛門、とりなしを頼む」


 須川と北村・清水は行動を共にすることが多いのだ。先の一揆勢と共同で闘ったのもそうだ。その北村と清水が配下に付き、やはり隣で関係の深い柳生と親密な山中ならば否応は無い。


「心配ご無用。それは一任されている。では、兵や職人を山中屋敷に送って呉れ。竹や小屋掛の材料も頼む。あとで代価は貰える。とにかく人手が足らぬのじゃ」


 庄佐衛門から様子を聞かされて驚いた。十数名の一揆勢如きに討死にせぬように大きくなるとの大将の掛け声に、山中領の人々が一斉に動いているのだそうな。


 うむ、倅の無念を繰り返さないという事じゃな。それは良い。

山中どのにはまだお目に掛かった事は無いが、庄佐衛門や平清水村の三十郞どのが支えている方ならば間違いあるまい。

 これで、難儀な兵の調練の事は考えなくとも良くなった。さすがにこの老体で兵の調練をするのは無理があったのじゃ。


「解った。全兵衛に言うて、全力で対処させる。儂にもする事があろうか?」

「おお、あるとも。年寄りは調略じゃ。儂らで狭川に笠置を調略する。知恵を出せ」


「狭川・・笠置もか・・・」


 隣の狭川氏は上中下と三つの村を統括する中規模の国人衆で、総石高・千五百石、兵百を動員できる柳生家に匹敵する勢力だ。

そう簡単に下る相手ではない。いや、とても下るとは思えない。


 無理だろう・・・


 笠置は三つの国人衆に別れる。山手の切山氏、木津川の南で狭川の隣・柳生街道を押え商業が盛んな広岡氏、木津川北岸で大和街道を抑える有市氏だ。

 三氏の仲は微妙な間柄だと聞いた。ただ川と山で棲み分けをしている状況らしい。


 どうやって調略する・・・


 儂ら年寄り三人・さすがに頭を抱えたわ・・・




 同日 賀茂郷・犬畑集落 六左衛門(法用村長)


「それでその時には山中が守ってくれるのか?」

「そうだ。その為に年貢を払うのだ」

「それなら儂らに否応は無い。山中どのに臣従する」


「うん、ならば常備兵一人に人夫・小屋掛の材料を持って山中屋敷に行ってくれ」

「承知した。始めに儂も行って屋敷の様子を見てくるわ」


 集落の総代の政吉爺が納得した。これでここは調略完了だな。幸先が良い。と言っても、最も確実な所から始めたのに過ぎぬ。

飛び地のここは、先の賊の侵入で被害に遭った。その時に寺からの助けは無かった。寺はまさかの時には頼りにならぬ事を知った訳だ。


寺の力が強い賀茂郷は、なかなかに難しい。園田村の儀佐衛門と仏師の運開さんが岩船の長老涌衛門どのを訪ねているがどうだろうか?


「では景戒さん、次に参ろうか」

「合点、次は菖蒲集落だな。あそこの総代は良く知っておる。話は拙僧がしよう」

「任せた」

 護衛を兼ねて山伏の景戒さんに同行して貰った。景戒さんは厳つい風貌ながら、本音は優しくしかも中々に顔が広いので期待してのことだ。


 儂らは周囲を固めて、儀佐衛門どのらは本陣(寺)を突く二面作戦で攻略だ。




同日 中川村 作左衛門(鳴川村長)


「ではどうあっても山中に下らないと」

「おう、我らは大社とは目と鼻の先、そう簡単には裏切れぬ・・」


 うむ・・・尽九郎どのの気持ちも解らぬでは無いが・・

 ここ中川は奈良盆地の口となる土地だ。つまり我らに取っては守りの要衝だ。大殿が放っておくとは思えぬ。


「山中の大殿は、従うか兵を挙げるかだと言われている。我らが攻め寄せた時、大社が守ってくれると思うのか?」

「・・思いたい。来てくれぬなら降るしかない・・」


 攻め寄せれば降ると言うのだ。実際にそうならないと動けないのだろう。気持ちは解るが、我らとしては面倒だ。


「隣人として忠告する。山中の大殿は、半興福寺などという曖昧な事許さないだろう。兵を挙げれば躊躇なく踏み潰すと仰せだ。時期を誤ると取り返しがつかぬぞ」

「・・・相解った」


 これで、ここの調略は終わりだ。次は木津領だ。道々の輩を集中して送り込もう。



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