第12話・家臣は無我夢中。


永禄三年 一月七日 山中砦 北村新介


「槍上げ!」

「叩け!」

「突け!」


 山田市之丞の指示で密集陣形の槍隊が動く。まだまだだな。動きが揃っていないし、槍先がふらついて地面に当たっている者もいる。長い竹槍を振るには筋力がいる。腕だけで無く足腰など体全体を鍛えなければならぬ。


 大将の砦も整地が終わり、やっと広々とした所で調練出来る様になった。今は小屋や蔵などの普請に大わらわだ。弓や矢、武器や防具も急いで作っている。それらの人夫や職人・兵を食わす賄い所も大勢の民が来てくれて働いている。


 しかし五十名もの兵の調練は見ものだ。それを某が指揮しているなど今でもちょっと落ち着かない。ついこの前は、総勢で十名しかいなかったのだ。


「大隊長、新規兵が五名来ました」

「うむ、ここでの遣り方を教えておけ。その後、小屋普請に回せ。寝る所の確保が第一だ」

「畏まりました!」


 これだ、まったく。毎日の様に兵が増える。最初は戸惑ったが、今では十名や二十名の単位に少ないとさえ思ってしまう。兵の寝る小屋の普請が間に合わない位だ。兵も調練の時以外は、整地や小屋作りに活躍している。

この分ではすぐに百名を越えるだろう。以前はあの柳生でさえ六十名の勢力だったのだ。それを見た某はその威勢に感激していたのを思い出す・・


どうしてこうなった・・・



 ついこの間の正月、大将の屋敷に年賀の挨拶に行った。先に行っていた十蔵より、その肝心な大将が国元に帰っていないと聞かされた。


大和はこれからますます難しい状況となってゆく。そんな時に大将を失っては・・とその時、俺は頭の中が真っ白になったのだ。


「ところがな、大将を呼びに来られた弟君が大将に変わって残られたのだ。大将の一つ年下という勇三郎どのは大将と瓜二つなのだ。驚くぞ・・」


 勇三郎どの・・・瓜二つ・・・弟君????


 頭の中が真っ白となった某には、十蔵の言葉の意味が良く分からない・・・


「うはっはっは。飲み込めないようだな新介。無理もない。儂も実際にお目に掛かって目が点になったわい」


 実際に大将の弟君だという方にお目に掛かって驚いた。たしかに少し様子が違うがまさに瓜二つ、声もそっくりだ。それに大将と同じ様な武威を感じる。


 聞けば国元で大将と同じ様に武術を学んだという。だが剣は抜刀術なるもので、組稽古をしたことが無いと言われる。戦の経験も無いと。



あの日あたりから音を立てる様に毎日が激変したのだ。まさに眠っていた虎が起きたと言って良い。勿論虎は我が大将・山中勇三郎様だ。


 次々と大将から届けられる指示に、村人は活発に動き始めた。丁度農閑期だったこともあった。大勢の村人が期待以上に動いてくれたのだ。


 大将の屋敷にも大勢の人々が詰めかけて、それぞれに出来る事を懸命にしてくれている。老人や女たちにも出来る事が沢山あるのだ。

 そんな人々に銭を渡すことは出来ぬが、飯を食わすことが出来る。幸いにも昨年はあの騒動で、税は僅かしか納めていないので皆に食わす食料はある。これも大将のお蔭だ。配下に付いた須川からも大量の米が届いた。


大将の屋敷と周辺は、まるでお祭り騒ぎのようにどんどんと拡張されている。


父上や須川の先代も重要な役目をあてられて、まるで十歳も若返ったようで生き生きと動いている。


某も十蔵も必死で役目を熟している。毎日・寝ても覚めても無我夢中と言ったところだ。だが不思議と疲れを感じない。気持ちの高揚感があって、目の前のことをひとつひとつ片付けてゆく達成感にも癒されていくようだ。やればやるほど早く次の事をやりたくなるのだ。



「新介、賀茂郷調略の感触はまあまあだ。ここらで白黒を見るために訓練がてらに侵攻してみてくれぬか?」


 十蔵も忙しさからか見るからに顔も体も引き締まったな。だが大きな目の光は、いっそう強くなった気がする。その生き生きとした目の光からは、疲れを感じない。


「分かった十蔵。我が隊は新兵を伴って敵地で威力訓練と行こう。勿論・戦闘も覚悟して行く。兵站は無用だ。こちらに柳生から藤内どのらが来てくれたので、新兵の訓練などは任せられるしな」


「うん、大将から藤内どのの事は聞いている。その藤内どのを南部の制圧に使ってみようと思うがどうだ?」


「藤内どのが河原者十名を率いれば、三倍の傭兵でも止められぬぞ。戦場での判断力も優れている筈だ。あれ程の人が味方にいて実に頼もしく思っている。安心して使ってみてくれ」


「分かった、そうする。ところで大隊長、庄佐衛門どのらの調略空しく狭川はどうやら敵対するようだ。あの狭川だぞ、うちの兵で勝てると思うか?」


 狭川一千五百石、今までの我らならあまりに大きな国人だ。敵対することを考える事さえ無意味なほど大きな勢力だった。

 だが大将は下らぬなら踏み潰す、とあっさりと言い切ったのだ。


「某にその答えは無い。だが大将は下らぬなら踏み潰すと言った。それが全てだと思う」


「ふふふ。儂もそう思うぞ。大将がどうやって狭川を踏み潰すか見物だな」



 大将から派遣されて来たのは藤内どのらだけでは無い。

黒蔵率いる一団も来たのだ。彼らは得体のしれない者たちで、流言・攪乱・拉致・監禁・暗殺など人の躊躇う事を平気でやる者達だ。


 山中忍びと言う名を付けた彼らを、雇い派遣して来た大将の覚悟のほどがひしひしと解る。他領を侵略するのは綺麗事だけでは済まされないのだ。

 十蔵は早速、山中忍びの一部を先行して賀茂郷に派遣していた。敵の動きを知る事は大事だ。特に敵地では重宝するだろう。


 よし、賀茂郷での実地調練だ。これが山中軍の戦の始まりだ。

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