第8話・柳生道場で稽古する。


永禄三年 一月四日 柳生街道・山中勇三郎


「ゴロゴロゴロ・・」と、荷駄を引いた馬が俺の後ろにのんびりと従っている。


 俺は昨日に引き続いて今日も馬に乗って移動なのだ。早足で駈けた昨日と違って今日は並足でゆっくりなのだが、はっきり言って尻が痛い。

昨日の今日で尻の痛みが無くなる間がない。しかしこれも慣れなのだ。我慢するしか無い。


 馬の轡を引いている供は、十蔵と新介が付けてくれた作吉と万蔵の二人だ。今日からしばらくの間、柳生の道場で住み込み稽古の日々をおくる。

住み込みの稽古は基本的に自給自足で、荷駄に積んでいるのはその為の荷物だ。具体的には米と味噌に酒を積んでいる。三人分にしてはかなりの量だ。量が多いのはある目論見があってのことだ。



 俺の居ない間、俺の屋敷には十蔵が入ってくれる。屋敷で調略・兵站・人事などの全体を見て貰うのだ。皆にはご家老と呼ばせている。


新介は軍の指揮だ。取りあえずは足軽の徴兵と訓練だ。皆には大隊長と呼ばせる。兵は農繁期でも動ける者を集めるように頼んでいる。兵が数百名もいればそれも急には難しいが、今のところ一村で数名ずつなので何とかなるだろう。

とにかく戦が近いのだ。状況次第で月末にも近隣の制圧戦を行なうつもりなのだ。


 周辺の村の調略は、二人の先代や村長たちに期待している。年寄りは顔が広くて人生経験や知識が豊富だ、つまり調略には最適任なのだ。昔聞いた意外な話から、人を知り展望が開ける事もあるだろう。


また各地を歩いて商売をする者などから敵地の情勢を探る素波衆を作るように言ってある。

 それに畑仕事や兵士に向かなくとも、手先の器用な者や算用が出来る者も集めさせる。そう言う仕事はこれからふんだんにある筈だ。


 とにかく時間が無い。人が足りない。おまけに銭も無い。

 三重苦だが、やれることをやって行くしか無いのだ。



 法用から平清水に出て、平清水から柳生街道を行く。柳生は近い。山影に雪が残る山あいの道を三里ほどでまだ朝の内に到着した。


まずは柳生屋敷の宗厳どのを訪ねる。


「宗厳どの。お言葉に甘えて早速参上しました。なにとぞ道場で稽古するお許しを願いたい。それに、川原で寝泊まりする許可も得たい」


「山中どの、よう見えられた。道場にいつでも入ることを許す。昼でも夜でも心ゆくままに稽古なされよ。この事既に門弟には伝えてある。それに部屋を用意してある。山中どのは以前とは違い、柳生家の唯一の同盟した国人衆だ。もはや河原に寝泊まりする身分では無い」



 ここ柳生は武芸の里として有名で、各地の有力者の家臣や子弟や武者修行者・その他雑多な者たちが来訪する。その中には得体の知れない胡乱な者も混じっている。

しかし、小山の中腹にある正木坂道場はあまり広くなく、全ての者を受け入れることは出来ない。ましてや政治的にも大事な有力者の子弟らと胡乱な者を一緒にする訳にはいかない。


そこで下の小川沿いの空き地に露天の道場を作り、身元の知れない者たちを稽古させている。そこでの稽古で人柄と技量が認められると道場に上がっての稽古が許されるという仕組みだ。


露天道場の一帯には粗末な小屋が並び、そこで寝起きしながら稽古に励む彼らは便宜上河原者と呼ばれている。

山中勇二郎も川原で住み込み稽古をした河原者だったのだ。だから俺はそのつもりで来たが、用意してくれた部屋があるのならより稽古に没頭できる。



「ご配慮 痛み入ります。では早速稽古させて頂きます」


 用意された部屋に荷を置くと道場に入る。時刻は昼前・この時間に稽古しているのは、家臣の子弟や各地の有力家からの客人・それに河原者の中から許された者だ。勤めがある柳生の家臣らは、当然だが早朝か夕方にしか稽古が出来ない。


 俺は壁際に座して、頭の中の記憶と目の前に見る門弟の動きとの摺り合せをしばらく行なった。その結果はさして違和感は無かった。


 うん、これなら何とかなるか・・・


 その時・俺の前に笑顔の男が近付いて来た。

懐かしい感じがする。


(藤内宗正だ・・)


藤内宗正は川原者の古株で彼らを差配するリーダー格だ。

もう一人の俺・山中勇二郎がここにいた時、同じ河原者だった藤内宗正と年も近く腕も拮抗していて意気投合した。


つまり、勇二郎・・俺のこの時代での数少ない友人だ。


「山中どの。久し振りにやろう」

「藤内どのか、頼もう」


 俺は木剣を取って藤内に向き合った。記憶の通りにゆっくりと正眼に構え、藤内の目を見た。

 俺の構えに僅かに首を傾げた藤内は、下段からいきなり袈裟に来た。


「カン」と乾いた音がして手が軽く痺れた。俺は一歩下がると、今のシーンを記憶に照らして見た。手の痺れはまともに受けすぎた為だ。もう少し斜めに受け力を逸らすのだ。


再び前に出て構えて、不思議そうな藤内に言った。

「もう一度、同じのを頼む」


 再び希望通りの位置に木剣が来る、今度は柄頭のこぶしをやや上にして受ける。

「カシッ」と、鈍い音がして上手く受けられたのが解った。

 さらに反対側・・よしっ。

今度は胴だ・・これは下がって躱す。


喉元への突きが来た!

うおぉぉぉーーと驚いた。危うく木剣を上げて逸らす。


・・この野郎、初心者に容赦ねえ突きをしやがって。

むかついた俺は咄嗟に木剣を振り回して逆袈裟に仕掛けた・


おおっと・・・・・!!


ヤバイ、危うく肩を打ち砕くところだった。なんとか寸前で止めた。

藤内ぃぃー、何故受けるか躱すかしない?


 しかし藤内は驚いている。


「一体どうしたのだ、山中どの。まるで別人みたいだぞ?」


「・・・済まぬ。実は別人だ。俺は山中勇二郎の弟で山中勇三郎だ。木剣での組稽古は初心者なのだ。ゆっくりと頼む」


「弟?、本当か・・しかし今の攻撃は何だ・・」

「済まぬ。初心者に容赦無い突きが来たもので、つい咄嗟に・・」


「う、はっはは、左様か。では初心者向けからゆっくりとやろうか」

「宜しく頼む」


 さっきの攻撃は、槍術を応用した攻撃だ。宝蔵院槍術・この時代にはまだ確立する間際かな・・

 流祖の胤栄は、柳生宗厳の少し年上だった。と言う事は俺と同じ様な年頃だな。そのうちに会えるかな。しかし完全に敵対勢力だな。ひょっとして闘う事になるかもな。

うーーん、ちと悩ましい・・・・



 その日は藤内にみっちりと稽古をつけて貰った。お礼がてらに夕食後に酒を持って川原の小屋を訪ねた。そこには見覚えのある顔が揃っていた。皆ここで一緒に稽古した仲だ。


 それにしても、体のあちこちが痛い。全身筋肉痛だ。


 うげぇぇーと寝返りするときに声がでた・・

ちょっと情けないが仕方ねえ・・


だって痛くて自然に声が出ちゃう・・


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