第7話・山中領の軍拡宣言。
一方こちらは、主が松永に年賀の挨拶に行ったあとの山中屋敷、
法用村長・六左衛門
殿(清水十蔵)の緊急の要請で助作と大工の営造を伴って来た。既に南庄村の三左衛門どの・鳴川村から作左衛門どの・園田村の儀佐衛門どのも来ておる。こうして近隣の村長(むらおさ)が顔を会わすのは久し振りじゃな。
おお、殿が入って来られた。大殿の三十郞様もお元気そうじゃ。北村村の庄佐衛門様もご一緒じゃ。
「皆の者よく集ってくれたな。まずは年賀の挨拶をしておこう。皆明けましてお目出とう御座る。今年も宜しく頼む」
「お目出とう御座います」
「さて、大将は今・柳生様に同行して松永様にご挨拶に向かっておる。新介も一緒じゃ。こうして皆に集って貰ったのは大将からの指示があっての事じゃ。これから途方も無い話をするが皆・心して訊いてくれ」
途方も無い話とはなんじゃろ・・皆も不審そうじゃ。大工を連れて来いと言われたのに関係があろうか。この屋敷の普請か・・それならば今造作中じゃ、わざわざこの席で話すまいのう、はて・・・
「昨年の夏、我らは侵入してきた一揆勢の策に嵌まり危うく殲滅されそうになった事は記憶に新しい。
その時、山中どのの判断力と比類無き武威に助けられ我らは家臣となった。その大将は新年を迎えて我らの行く末を決められたのじゃ。
僅か十数名の賊に怯えぬように領地を広げて大きくなると、今の三十数名の兵はすぐに百を越えて千の兵となると」
「な・ななななな・・・・・・・・・・・・・・」
思わず声が出てしまった。
千の兵と言われたか、まさか・・・・・・
皆も動揺が大きい。いや、話が大きすぎて呆れている・・・
それも当然じゃ。あの柳生様でさえ、予備兵を入れてやっと百を越える位の勢力なのだ。
「ふふふ、儂が大ボラを吹きよったな、と言いたい顔つきだな。うん、無理もない。儂と新介も同じじゃった。だがな、大将は本気だ。すぐに出来ると、出来て当たり前と思っておられる。熟考の末・儂と新介は大将を信じて全力を尽くすことに決めた。皆にも大変な苦労をさせるが宜しく頼みいる」
・・駄目だ。どう考えれば良いのか頭がまるでついて行かぬ。
「助作、どういう事なのか教えてくれ。儂は何をすれば良いのだ」
「村長、儂らの所帯が大きくなるのです。これから殿の言われる通りに動いたら良いのです」
ふむ、それはそうじゃ。まだ殿は具体的なことを話していない。
「よし、皆が今からやって貰うことを言う。まず兵は次男三男などの家業を継がぬ者にせよ。つまり年中城に詰めて貰う常備兵だ。それは本人の希望が第一じゃ。だが働きによっては十名・二十名の足軽頭になれよう。さらに武士身分となり百兵を率いる足軽大将にもなれるかも知れぬ」
「おお・・・・」
なるほど。常備兵ならどんな事態にも対応出来る。うちの村の足軽の大六は次男だし、章八は山師の倅だ。本人に訊いてみなければ解らんが、常備兵になるのには問題が無いだろう。
「次に兵が増え、戦をするには大量の武具が必要となる。今の我らの世帯ではそれを購うことが出来ぬ。そこで作れる物はここで作る。この周囲を均し簡単な建物を建てる。その人工と材料を供出して欲しい」
だな。そういう話になろう。だが、どれほどの規模なのだ?
「武具を作る作業場に住み込みの小屋。飯を食わせる賄い所や兵の宿舎もいる。これらの段取りは平清水村の商人・目木久佐衛門が担当する。だが各村からも算用が出来る者を出して手伝って欲しい。今はまだ材料の代価を払えぬが、帳面に記載して必ずあとで代価は支払うので信用して欲しい。そして、これは急ぐ。明日にでも持って来て欲しいのだ」
明日にでもか・・、そりゃあ大変だ・・
「法用村の営造、地元なので普請全般の監督をしてくれぬか」
「へえ、あっしで良ければ」
「頼む。皆も大工に声を掛けてくれ。それに六左衛門どの、賄い所の差配する者を出してくれぬか。これは地元の者が何かと都合よかろう」
「・・そうですな。うちのお銀に頼んでみましょう」
「おお、お銀か。適任だ。お銀なら男どもも顎で使える。実は儂も頭が上がらぬ」
「うっはっはっは・・・・」
皆が大笑いした。
うん、うちのお銀は恰幅が良く姉御肌、足軽だった夫の宗五郎を亡くしてからは近隣の男たちの面倒をよく見た。つまり夜這いだ。お銀に筆おろしをして貰った若者は多いと聞く。彼らはお銀に全く頭が上がらない。お銀は女衆にも人気がある法用村の女親分だ。
「・・・・・」まさか! ひょっとして殿も・・・
「材料や人夫の差配は各村の実務方に頼む。営造と実務方は、今から現場を見て目木と普請の相談をしてくれ」
助作や営造たちはゾロゾロと外へ出て行った。この場に残った者は、村長ら六名になった。
「実は顔の広い村長どのらには重要な頼みがある。それは領外の村々の説得じゃ。大将の見立てでは、松永はすぐにも南都に侵攻して来て筒井の残党も興福寺も一気に制圧される。そうなればこの東里や奥山の半興福寺・半筒井の村々はどうなるか。それは考えぬでも解ろう。村々が生き残るのには我ら山中に付くことしか無い。しかし松永の殿は残虐非道で有名なお方じゃ。直接配下になるのは恐ろしい事じゃと説くのだ」
・・・・そうか。そうじゃな。儂も直接、松永に頭を下げに行く勇気は無い。しかし、いち早く柳生を説得して配下についた大将は、松永に大層信頼されていると聞く。・・・なるほど、儂らにも大事な働き場があると言う事じゃ。
「その割り振りだが、庄佐衛門どのと三左衛門どのは隣の須川を説得してほしい、その後に狭川・笠置と調略。儂の父上は、奥山の村々の調略。六左衛門どのと儀佐衛門どのは賀茂郷を調略。作左衛門どのは中川村から木津郷を頼む」
なるほど、儂のおる法用村は山師・仏師・木地師がおるで賀茂郷と関わりがある。儀佐衛門の園田村も器や土器を賀茂郷の寺に納めている。そこから話を持って行けばよいと言うことか・・・
しかし、狭川や笠置・木津郷とは広範囲だな。
ぬ・・兵一千か・・なるほど。
「繰り返すが今すぐに取り掛かって呉れ。村々は我が大将山中に付くか、反抗して兵を挙げるかどちらかだ。山中に反抗する村は兵を送って躊躇無く潰す。もはや山間の村だと楽観視している時では無い」
・・・えらいことになったな。
こりゃあ、正月どころでは無いわい・・・・
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