第6話・松永久秀に会う。


永禄三年 正月三日 山中屋敷


朝が開ける頃に柳生の一団がやって来た。全部で十名、全て馬に乗っている。


それを迎えた俺たちは三名だ、新介が山田という部下と俺用の馬を未明に連れて来てくれたのだ。

俺たちは皆、具足に鉢金を付けた軽い武装の姿だ。柳生の一団には弓や槍を持った者もいる。いつ襲われても切り抜けられる装備だ。

まだ南都は松永の支配下に無く、俺たち松永方にとっては敵中突破に近いのだ。


「山中どの、明けましておめでとうござります。今年も何卒宜しくお願い申す」


 柳生の方から丁寧な挨拶をして来た。逞しい体つきの三十過ぎ壮年の武家は柳生宗厳だ。年は俺の方が五つほど上なのだ。それで丁寧な物言いをするが、元々宗厳はこう言う実直な性格らしいのだ。


 実は俺、一晩寝て起きるとこの時代の記憶が少し戻ってきたのだ。

たぶんこのままだんだんと記憶が戻って来る。それに反してあの現代の記憶が薄れてゆくのだろう。それを感じた俺は、朝一番に知っている限りの歴史を忘備録にしたためた。

 特に松永・筒井・将軍・織田の事は必ず、伊賀・堺や本願寺の事も重要だ。


「明けましておめでとう御座います。こちらこそ宜しくお願い申します」

「早速ですが参りましょうか。油断出来ぬ道中なれば・・」


 宗厳と俺を真ん中に、柳生の一団と新介たちが前後をなして進んだ。


 柳生街道に戻り、しばらく進むと道は急激に下る。どんどん下った先が春日大社や興福寺の門前町で栄えた奈良町、ここから遥か南の明日香まで繋がる広大な奈良盆地の北の端だ。


 一行は町を突っ切って佐保山に向かい歌姫街道を南下する。俺の屋敷から奈良盆地まで約二里・歌姫まで一里・筒井まで二里半・合計で五里半の道程だ。

 柳生の一行は早駆けでどんどん進んで行く。俺たちは馬に任せてただ従って行く。


 筒井城に着いたのは一刻(二時間)ほど後だ。皆は平気な顔をしているが、乗馬に慣れない俺は結構疲れた。これも稽古しなければならないな・・


「おお、良く来てくれたな。柳生どの、山中どの。お手前たちの居る場所があれなので来てくれぬと思っていたぞ」


 まだ朝も遅くない時間だ。門内にはまだ多くの国人衆がお目通りの順番を待っていたが、俺たちはすぐに通された。

どうやら敵中突破して来た俺たちは歓迎されているらしい。



 松永久秀、将軍足利義輝の御供衆に任じられて弾正少弼に任官。

今で五十を一つ二つ過ぎた油が乗りきった働き盛りの年齢で悪魔・悪鬼と呼ばれた歴史上超有名な大魔人だ。


 俺の想像は、松永久秀は神経質で病的なほど偏屈でいやらしい目つきをした野郎かと思っていたが、想像に反して笑顔の似合う気さくで柔和なおじさんだった。


この男の出生は明らかではないが、京か摂津の士豪の家に生まれていつの間にか畿内を制した三好家の中枢にいた人だ。

 非常に有能で辣腕・欲深く狡猾・博識で革新的と様々な評価がある。将軍もその顔色を伺うというほどの、この時代の大実力者だ。

かの第六魔王信長もひと目もふた目も置いていた人物だ、彼をもってしても最後まで松永弾正を制御する事は出来なかったのだ。


 つまり俺などがどうこうできる人物では無いのだけは確かな事なのだ。


「いいえ、敵地を通過するのを恐れて年賀のご挨拶が出来なかったとなれば、武門柳生の恥となりましょう」


柳生殿の強気の返答に、うむうむ、と弾正は頷いている。うん、ご機嫌だな。


次は俺の番だ。


「それがし、山中勇二郎の弟の山中勇三郎と申します。父の最後を看取るために兄が急遽在所に戻り、しばらくそれがしが交代する事と相成りました。精一杯勤める所存でありますれば、どうか宜しくお願い申し上げます」


「なんと、弟どのであったか・・よく似ておるわ。儂も良く出来た弟がいるのだ、勇三郎どのの言葉を聞いて、今丹波で難儀している長頼の顔を思い出したわ。こちらこそ宜しく頼む。それにしても父上を看取りにか・・、儂は放蕩息子で父の最後を看取ることが出来なんだ。山中どのは間に合えば良いがな・・・」


 なんと、弾正は泣き出した。人目も憚らずボロボロと涙をこぼしたのだ。

 これには俺たちも驚いた。いや引いた・・・かなり・・


柳生一行には俺が山中勇二郎の弟で勇三郎だと、ここに来る道すがらに話していた。

「そうでしたか。新次郎や孫六も言っておったが、某も何か少し違うなと感じてはいました。しかし北村どのらが良いのなら某らが何も言うことは御座らぬ」

と、宗厳から返ってきた言葉は実にあっさりとしていた。


 まあ、それはそうだろう。自分の領地には大して、いや全く関係の無い事だ。


 しかしそれに比して、弾正どのの表現は派手だ。

 なるほど、革新的で実力者であれば、自分の感情を抑える必要が無いと言う事か・・・却ってそれを出す事で、配下の気持ちを盛り上げる働きもある。


「勿体ないお言葉です。兄も松永様にくれぐれも宜しくお伝えせよと申しておりました」


「そうか・そうか・・」


 俺たちは帰りに褒美替わりの大枚の銭を持たされ、ある指示を受けた。それは俺の想像通り、いや少しばかり想像以上の指示だった。


それは、

「この春に興福寺を攻める。そなたらは北大和の国人衆を抑えよ」



(この春って・・・)

 正月は初春と言う。つまりもう春の口なのだ。

これからひと月ふた月の間に、いつ動いてもおかしくないと言うところなのだろう。


(これはピッチを上げなければならないな・・)


 横を移動する宗厳どのも難しい顔つきで考えていた。




「宗厳どの、お蔭で松永様への挨拶が叶いました。お心遣い誠に有難う御座ります」


 俺たちは、柳生街道・平清水村で柳生の一行と別れる事にした。大和街道の俺の屋敷まで行くと彼らは遠回りなのだ。


「いやいや、某も一人で弾正様とお会いするのは不安でした。山中どのが同行してくれて助かりました。それより・・・」


 うん、宗厳どのも弾正どのの指示を考えているのだ。ならば、分担を決めておこう。


「国人衆の事ですな。それがしはこの辺り一帯から北の須川・狭川に取り掛り、賀茂郷・木津に向かい北から南都を押えます」


「・・ならば某は南に進み、椿尾に向かおう」


 南都の南東の椿尾山には筒井の山城がある。おそらくその辺りに筒井順昭は潜んでいると思われる。柳生は筒井に臣従していたものの、決して良い感情を持ってはいない。それは勇二郎に誘われて松永に鞍替えした大きな理由だ。


 その昔、勢力を広げる筒井に柳生は最後まで抵抗した。そして少数の籠もる柳生城を大軍で踏みにじられて・やむなく筒井に臣従した歴史がしこりとして残っている。

歴史ではこの後、松永が没落して再び筒井が勢力を増しても、最後までそれに抵抗したのだ。


「それと柳生どの、それがし大至急・稽古のやり直しをしたい。その為に明日にでも柳生にお伺いしたい」


「いつでも参られよ」


柳生但馬守宗厳は、剣客集団を連れて颯爽と街道を下って行った。


かっけぇー

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