第5話・周囲の状況を知る。


永禄三年 正月 山中勇三郎


 ”俺は山中勇二郎のひとつ下の弟の山中勇三郎だ”


という俺が入れ替わった事が不審にならないように考えた事情を、勇二郎の配下に付いていた清水十蔵と北村新介に話した。


すると彼らは、弟の俺でも同じ様に大将として認めてくれた。よってこの時代で生きる一番大きな問題はクリアした。

俺はこのままここに居られると言う事だ。この時代での居場所を確保したのだ。


 次に問題なのが。仕事だ。

勇二郎は彼らに武芸の稽古をさせるというのが勤めと書いている。それは襲って来た賊を追い払い、戦に出ても生き残る為だ。その他の領民の面倒などは国人衆がみるので必要無い。


つまり俺の仕事は、周囲の情勢を知り戦で勝ち残る事のみだ。


 しかしここでも大きな問題がある。


彼らは戦国の世を生き抜く本物の武士で、それらを指導する立場の俺は、現代で生きてきた普通の人だと言う事だ。

勿論、戦の経験も無ければ、組稽古の経験も無い。ここに居た勇二郎は柳生の道場で稽古して来て慣れたのだろうが俺は違うのだ。


果たして真剣の刀や抜き身の槍を持って命を掛けて戦えるのか・・

躊躇無く相手を殺すことが出来るのか、

殺して首を切り取り持参するのだぞ。


・・うう、とても出来そうにない・・

まるで猟奇殺人じゃないか・・


 しかしこれは、道場で実際に稽古して慣れてゆくしか無い。

 俺が現代で修業したのは居合術で、それは独り稽古のみの剣術だ。それゆえに木剣をもっての組稽古には、結構な不安がある。


これは早急に柳生に願って稽古をさせて貰うべきだな。

それに柳生家に新年の挨拶に行かなければな。柳生はこの辺りで一番大きな国人で勇二郎も懇意にしていたそうだからな。


 二人から配下の村の話も聞いた。


北村新介が北村と南庄の二村・百八十石を納め、清水十蔵が平清水・法用・鳴川の園田の四村・百三十石を納めている。

二人共当主を引き継いだが、まだ先代が元気で領地を見ていてくれるらしい。


新介の領村は平野が広く百姓が多く戸数や石高が多いが、十蔵の領村は田畑が少なく百姓の他に様々な職業の者が住んでいるらしい。


柳生街道沿いで商業が盛んで行商人が多い平清水村。

鳴川村は斜面に立地し田畑が少なく、遊行の者や山伏が多く住むという。

園田村は良い粘土が取れるらしく、焼物の職人が移住してきた小さな村。

そしてここ法用村は、百姓のほか寺社の仕事をする者が多いらしい。木地師や仏師、そしてその材料を運んでくる山師などだ。


うん。どれもなかなか面白そうな村々だ。さすがは古都大和の奥座敷だな。


 それともう一つ、清水家と北村家は城持ちだそうだ。


 いやビックリしたな・・二人とも凄いな・・・御曹司かよ。

 城持ちの国人衆が俺なんぞの与力で良いのか・・・


小さな時からの知り合いの二人は仲も良く、俺は良い配下に恵まれたようだ。


 色々な職業の者がいて情報が集る村々を持つ清水十蔵は情報通で軍師格、柳生道場で修業した剣客の北村新介は軍隊長という感じだな。


 周囲の情勢も聞いた。

 小山が連続して連なるこの辺りは、時代の流れから興福寺の荘園から半独立した弱小の国人衆が列挙しているそうだ。

彼らは南都西南部から郡山までの大きな勢力のある筒井氏に従っている。


 ちなみに屋敷の前の道が大和街道らしい。

伊賀から笠置を通って須川を経由して南都に向かう主要街道だ。現代の俺の記憶では、国道163号線で伊賀ー笠置ー木津かと思うがそうでは無いのだ。


 なるほど、南都(大和)に繋がるから大和街道か、京からの街道も南都を経由して伊賀に向かうのだ。

ここは単純に山の中にある屋敷だと思っていたが、実は街道を抑える重要な場所に建てられていたのだ。


 永禄二年の夏に、河内から松永が侵攻して来た。勇二郎がここに住み着き二人の配下を持った直後の事だ。

”ここは、松永に組みするべきだ”と、それにいち早く反応した勇二郎が柳生を説得して松永方についた。


 うん、当然そうするだろう。勇二郎は歴史を知っているからね。


 畿内を席捲した三好家の一角・松永勢の威勢は予想以上だったそうだ。

筒井氏の居城・筒井城をたった一日で降ろし、筒井勢はどこかに逃亡した。筒井方の国人衆は松永に付くか、或いは領地に閉じ籠もった。


 この辺りの山間の弱小国人衆は、俺と柳生以外は皆・後者らしい。松永に付くにも躊躇いがあるらしい。自分が弱小過ぎて相手にされないという気持ちがあるのだ。新しい勢力につく怖さもあるだろう。


 駄目だな。それでは・・・・


よし 俺がそんな奴らをまとめよう。まとめて大きくなり束の間の生を精一杯生きてやる。

人の生なんて、長年積み重ねてきたものが、タイヤがちょっと滑っただけで終わるのだ。あの瞬間のあっけなさを俺は忘れない。



「十蔵・新介、回りの国人衆を取り込もう。俺の配下になる事で、松永方に鞍替えしろと説得しろ」


「えぇ・・、真面目に言ってまっか大将!」

 十蔵がすっとんきゅうな声を上げた。

俺は大いに真面目だけど、まあ酒を飲みながらの話だからな・・


「そうだ。我らはたった二十人ほどの賊に囲まれただけで、死を覚悟させられるほど脆い。情けない、もっと大きくなるのだ」


「しかし、我らのような弱小国人の配下に付こうと思うでしょうか?」

 新介の言うように、それは難しかろう。


「付かなければ滅ぶのみだ。松永はすぐに南都を制圧するぞ。そうなった時にはもう遅いと言え。そうだな・・まずは須川を取り込め。交渉は老練な新介の親父どのや村長に頼め」


「解りました。親父に頼みます」

「ならば儂も親父らに頼んで周囲の村を取り込もう」


「うん、頼む。それに十蔵は、行商人などにそう言う噂を広めて貰いたい」


「・・なるほど、助かりたいなら急いで山中に付けと広めやす。そう言うことならお任せあれ!」


「兵はすぐに五十・百となる。それで動けば千になるのも近い。それを支える者たちが必要だ。才のある者をどんどん集めるのだ」


「千の兵ですか・・そんな事が・・」


「なる。千兵を指揮する大隊長は新介だ。十蔵は多くの配下を差配する家老だ」


「儂がご家老でっか!」

「某が千人の大隊長・・・」

呆けたような顔していた二人の顔が段々とやる気になってきた。


 あとは俺の剣術修行だな。実戦で後れを取らないように修練しなければ。

 よし!、気張ってやるぞ!


「がん・がん・がん」

とその時、再び門木が打ち鳴らされ俺たちは顔を見合わせた。


「あっしが見て参ります」と、菊蔵が立って行った。


「正月早々、誰が来たのだ・・」

と、正月早々に一番に来てくれた十蔵が呟く。


 この時代の正月・元旦は家族で過ごし、二日は身内の挨拶回りだ。本家なら親類の訪問を受ける事になる。三日には世話になっている上役に挨拶に行くのが恒例だそうだ。武士なら組頭や殿様、商人なら座頭、百姓なら庄屋などだ。

 今日二日は親類筋の挨拶回りの日なのだ。当然今の俺には、この時代に親類はいない。


「へい、柳生の若様で」

 菊蔵は、なんと子供を連れて戻った。


若様だという子供は、防寒のために毛皮を纏っていたが、その顔は寒さで白くなっていた。馬に乗って来たのだろう。

 もちろん屈強そうな若者が従っている。


「おお、これは新次郎殿。良く見えられましたな。ささ、火の側にお寄りくだされ」

 柳生の門弟でもある新介が迎えに立った。


「いや、先に用件を申し上げる。山中さま、父上の伝言で御座います」

 新次郎という子供は後の巌勝(としかつ)だろう。四角い顔立ちの利発そうな子供だ。


「うむ、伺おう」


「明未明に、こちらに立ち寄ります。松永の殿に年賀の挨拶をご一緒にと」


「・・解りました。お待ちしておると申し上げてくれ」


 ふむ、正月三日は殿に挨拶の日か。

松永は今・筒井城だろう。


俺はこの時代の南都は不案内だし、敵対勢力の中を挨拶に伺うのは柳生家と相談しようと思っていたのだが、先に誘ってくれたか。

剣客揃いの柳生と一緒に行くのならまあ安心だ。柳生家に挨拶に伺う要件も済む。つまり、一石二鳥ってやつだな。


「新次郎殿。この寒い中、良く見えられたな。ささ、火の傍に」


「遠駆けの途中じゃ。何ほどの事も無いぞ」


 強がりを言いながら、囲炉裏端に座り甚助の入れた白湯をうまそうに飲む新次郎を見ながら十蔵を見た。


 俺の事は話さなくて良いと十蔵はかぶりを振った。新介も頷いている。


(そうだな。童に伝言するより直に会って話すべきだ・・・・)

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