第4話・配下が来る。
翌日・未明に起きて道場で居合を稽古していた。
戦国時代にいるという事実に、やはり気が高ぶって眠りが浅かったのだ。
真剣で居合を使うと背筋が伸びて気持ちが引き締まる。
こういう時に居合の稽古は実に都合が良い。
そもそも居合術とは、そう言う目的もあったのでは無いかと思うくらいだ。なにせ戦国の世が終わって戦が無くなった江戸時代に隆盛したのだ。
弓道も同じ様な感じだな。的に当てるよりは集中力を養う・・
「ガン・ガン・ガン」
と、表で音がした。門外に誰かが訪れたのだ。
この時代で出合うお初の人だ・・パンパンと頬を叩いた。
よし、山中勇三郎参る。
「大将、明けましておめでとう御座りやす。十蔵です」
(・・おう、平清水村の清水十蔵が一番に来たか・・さすがだな・・)
「今開ける。しばし待て」
胸の鼓動を沈めながら門に行き、潜り戸を開ける。
「大将、今年も宜しくお願いします。むっ・・・・・大将・・ですよね?」
十蔵はがっしりとした体格の四十がらみの武家だ。背に荷を負った伴の者がいる。十蔵が俺を見て、その大きな目が点になっている。
(よし、イメチェン成功だ!!)
俺は心の中でガッツポーズをした。
「そこもとは平清水の清水さんだな。兄上から聞いている。儂はお前らの大将であった山中勇二郎では無い。弟の山中勇三郎だ」
「えっ・・まことですか。・・・・・では大将はどちらに?」
「うん、まあ中に入られよ。座って話そう」
二人を連れて囲炉裏傍に腰を落ち着けると、まず聞く。
「兄は自分の出自をどう話していたな?」
「はい、大将はそこのところは上手く話せぬと・・・」
「・・・そうか、実は兄上が武者修行に出るのを、父上は賛成では無かったのだ。それがあって家のことを話すのを憚ったのだろう・・」
「・・そうでやしたか」
「父上は兄上を頼りにしておられたので、武者修行に賛成では無かったが反対もしなかった。兄上が戻られるのを楽しみに待っておられたのだ。
ところが、その父上が昨年末に病に伏せってしまった。あまり長くは持たないと医師が申す。
それで某が急いで兄上を迎えに参ったのだ。話を聞いた兄上は父上の生きているうちにお目にかかろうと、取るものも取りあえず急いで駿河に帰ったのだ」
「・・・左様でやしたか・・・すると大将はこちらには・・」
「うむ、父上の臨終に間に合ったとしても、家を継がねばならぬ。こちらには戻れまい」
「そうですか。大将にもう会えないと思えば実に悲しい事でやす」
「兄上は、自分の代わりにここを見よとそれがしに命じられた。それで、それがしが残ったのだ」
「・・勇三郎様でしたか。ならば勇三郎様は、お父上の最後を見とれないのですな。お察しします・・」
「いや、それがしはそれまで父上とは一緒にいたのだ。こちらに出立した時に別れは済んでおる。悔いは無いのだ」
「左様で、それにしても良く似ておられる・・」
「うむ。それは良く言われる。小さい頃はそうでも無かったのだが、三十路を越えると似てきたのだ。それ故にややこしいので、二人は離れて暮らす方が良いと真顔で言われたこともある・」
「ははは・・・」
「ガン・ガン・ガン」
と、再び表で音がした。
「新介でしょう。某が行って事情を説明して来ます。甚助は酒肴の支度をしてくれ」
もう一人の国人である北村村の北村新介が来たのだろう。十蔵が行ってくれて手間が省けた。
甚介と呼ばれた小柄で身軽そうな男は、台所に立ち徳利や湯飲み・小皿などを揃えて戻って来た。小皿には漬け物が乗っている。徳利を鉄瓶に漬け、熾きを掻き出して鯣を炙る。手際が良い。この家の事は俺より知っているのだろう。
「甚介か、兄上はここに最初来た時はどうであったのだ?」
ここ法用村は国人・清水家の領地である。そこへ旅の武者修行の勇二郎が住み着くには問題があっただろうと思ったのだ。
「へい、山中様が鳥山にあった掘っ立て小屋に住み着くので頼むと、柳生家よりお断りがありやしたので」
「柳生家が?」
「へい、山中様は柳生道場を訪れて稽古をなさっておられたのです。但馬守様とも親しくなされて、独り稽古の場を柳生から遠からぬこの地に求められたと」
そういう事か・・。それで鳥山と呼ばれているここを見つけて、柳生に仲介を頼んだのか。
なるほど・・・腑に落ちた。
「兄は戦で小さな功があったと聞いたが、どのような事か知っておるか?」
「へえ。良く知っております。去年の事です。南山城から来た一揆勢の討伐戦で、突出して囲まれた我らを・・」
甚助の話は、戻って来た十蔵らによって遮られた。十蔵の横で目つきの鋭い引き締まった剣客風の男が俺を凝視している。この男が北村新介だろう。
「・北村さんか、それがし山中勇二郎の弟で勇三郎と申す」
「そ・某、北村新介で御座います。話は十蔵どのから聞きました。以降宜しくお願い致したく」
北村はぺこりと頭を下げた。どうやら見かけに寄らずに実直な性格らしい。
「大将、儂らにさん付けは要りやせん。十蔵・新介と呼び捨てて下せえ」
「解った。新介、それがしはこの地に不案内だ。以降宜しく頼む」
「承知致しました」
皆で囲炉裏端に座り酒を酌み交わす。甚助と新介の伴の菊蔵という者が世話をやいてくれる。
「さっきの話でやすが、南山城から押し寄せた一揆勢二十人ほどと北村村の北で対峙しました。儂ら合わせて十五名と隣の須川からの二十名でした。我らが正面から突撃すると、賊は二つに分かれて逃げだしました。一方の賊を須川勢が、儂らはもう一方を追撃しました」
「すると一町ほど追った所で敵が反転して、背後に十名ほどの伏勢が出て来ました。我らは罠に嵌まったのです。前後に倍の敵を受け、某は死を覚悟致しました」
十蔵の話を新介が受け継いだ。一揆勢は国人衆の反撃に対する備えをしていたのだ。
一揆勢と言うのは、盗賊やら他領の飢えた領民や国人衆も居て戦に慣れているのだ。人の道を説く僧侶や神官も武装して戦を繰り返す時代なのだ。
少数の国人衆の運命などは儚いものなのだな。たった数十名との小競り合いでも死ぬのだ。・・
「須川勢も苦戦しているようでやした。たちまち我らは追い詰められ、儂もさすがに死を覚悟しましたので・・」
「ところが、背後の敵勢が急に崩れました。槍を振った山中どのが突っ込んで来たのです。返り血を浴びた山中どのはまさに鬼人のようでした。某、今思っても背筋が凍るような迫力でした・・」
「なんと背後の者を山中どの一人で追い払われたので。おかげで我らは動揺する賊を包んで討ち取る事が出来申した。山中どのが討ち取った者の中に煽動した者がいました。一方の須川勢は罠に嵌まり、大きな被害を受けていました・・」
「山中どのは賊の逃げ方に不審を感じて、様子を伺っていたのです。我らは山中どのの機転と武威に救われたのです。その事で二人で相談して配下に付くことにしました。それから我らの大将は、山中どのになったのです」
二人は交代で一気に熱く語った。
・・なるほど、配下になりたいと二人から願ったのか。
「儂らは大将のちゃんとした屋敷を作る事にしました。ところが我らが木材を集め準備をしているうちに、山中どのがあっという間に整地を終えていたのには仰天致しました」
十蔵に新介、それに甚介・菊蔵も不思議そうな顔をしている。
まっ、それはそうだろう。
そのあたりは俺にも微かな記憶がある。
なんか、重機でもって一気にやったような・・・・
そもそも門までのクランクした坂道は、車が入るためだった様な気が・・・
パラレルワールドの不思議なところだな・・・
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