第3話・俺はもう一人の俺になる。


 この戦国・永禄時代のもう一人の俺は、山中勇二郎と言う名前で小さな村をいくつか寄子?とする超弱小国人と判明した。


 しかも猫の目の様に敵味方が変化する混沌の大和周辺だ。身内や遠戚のしがらみが無い俺など、真っ先にしょうも無い戦場に狩り出されて死ぬのは目にみえている。

 命あっての物種だ。ありったけの銭を持ってトンズラしようかと思った。


 思ったが、そこはもうちょっと様子を見てからにした。


 なにせ、トンズラするにも行き先が無い。


少々の銭を持ったしがない浪人などあっという間に飢えて、山賊になるか銭雇いの傭兵になるしか無いだろう。

 ならば、超弱小でも館を構える国人の方がまだマシだろう。一人暮らしで領主の館と言えるのかは微妙だけどね・・


 それに国人衆であれば、歴史上の有名人物と直に話が出来る可能性が大である。

筒井順慶や嶋清興・松倉重信・柳生宗厳らだ。歴史好きの俺としてはかなり魅力的だね。


 しかし大きな問題がある。


俺は俺・見掛けも声も同じだけど中身が違うのだ。その差は真剣と竹光ぐらい違うかも知れない。


今の俺は、この時代の事を知らない。物価とか情勢とか色々がまったく分からないのだ。戦の経験など勿論無い。あってたまるかってぐらいだ。

その上この時代で付き合いのあった人とでさえ、相手の名前も立場も今までの会話の内容も何も知らないのだ。


 知り合った知人なのに以前と同じ様に付き合えない訳だ。これは致命的だ。


 どうしよう・・・・


同じ人間なのに経験が違う。つまり同一人物としては演じられないのだ。相手にとってはこの上も無く不審だろう。それは村人達だけで無く、村を領有することを認めた有力者でさえ同じだ。不審な者を傍に近づける訳が無い。その場合、抹殺される可能性大だ。


 これは何か理由を考えなければならない。


 ・・そうだ。変身だ。

俺は俺で無く、もう一人の俺になるのだ。


 俺は急いで湯釜に水を運び、薪を入れて沸かした。

その間に居間や奥間を調べて、村々について書かれている帳面を見つけた。衣装や肌着も何着かあった。そして嬉しいことに手鏡があった。手鏡はこの時代かなり貴重な物だろう(たぶん・・)古都(大和)の町で見つけたのかな・・


 手鏡を見ながら、茶筅髪を解いて後ろで束ねた。そして余計な髪をざっくりと切る。鬢の部分もバッサリと落とす。イメージチェンジだ。


うん。大分印象が変わったな。


 風呂が沸くと早速入った。この時代がどんな風呂事情かは知らないが、本物の五右衛門風呂だ。薪で焚いた風呂は体の芯から温まる・・・


 あっと、石川五右衛門が活躍するのはまだまだ後の事だな。秀吉が天下を握った頃だ。だとしたら五右衛門風呂では無くて只の釜風呂か・・・

 勇二郎さんが湯に浸かりたいと思って作ったのだろう。彼とは会ったことが無いが、たぶん俺と同じスキルがあるのだろう。


つまり、物作りは得意だろう。道場に十文字の稽古槍があったところを見ると、俺同様古武術の経験もある。槍・居合・弓・手裏剣に礫も使える。

それに築城・縄張り、戦略や戦術も好きで歴史もある程度知っている。控えめといえどもそれが功に繋がったのだろう。


 この時代・当然石鹸は無い。風呂場に置いてあったのは灰だ。それを体に擦りつけて汚れを落とす。髪も灰で洗った。

 うん・・・まあまあだな。


後は髭を剃りたい・・うん、泥の様なものが置いてある。いや泥だな。俺もあの時代に何処かで触ったことがある。ヌルヌルの泥で肌がつるっつるになる特殊な泥だ。

 それを顔に塗って、手鏡を見ながら髭を剃る。使うのは刀の小柄だ。砥石で刃先をビンビンに研いだ。ちょっと怖いが慎重に剃る。

 安全カミソリが欲しい・・だが仕方がない。


何とかそり終えた。泥のお蔭でお肌つるっつるだ。


 うん、想像通りちょっと若返ったな。

 よし、変身、完了だ。

 今日から俺は山中勇二郎のひとつ下の弟・山中勇三郎だ。


父上が危篤で跡継ぎの兄上を呼ぶために、奥駿河から出て来た。ところが兄にはここに領地があるために、弟の俺に「後を頼む」と託したのだ。父上が危篤のために知り合いの誰かに説明する暇もなかった。


 うん。完璧だ。


 これで、ここでの人付き合いを一からやり直せる。

 ヤバイと思ったら、「駿河に帰らなければならない」と言ってトンズラだ。

 ぐふふ・・


 変身を急いだのは理由がある。


 あの時代で事故を起こしたのは、一月二十九日の未明だった。

この時代も雪化粧って事は、時間軸が同じかも知れない。そうならば今は一月二十九日か三十日。この時代は旧暦だからひと月ほど遅い。つまり正月ぐらいだ。

今は積雪があってお出掛けをやめているが、正月だとすれば足軽どもや庄屋らが挨拶に来るだろう。

いつ来るか分からないのだ。すぐ直近に村があると言う事は、今来てもおかしくないのだ。


 さあ、これでいつ来ても良いぞ。


その前に、勇二郎兄上(俺だけど)が書いた村々の覚え書きを読んでおこう。しかし読み難いな肩が凝る。最もこの時代の文字は、流暢な漢文だからもっと読みにくいのだろうな・・



「平清水村ノ清水十蔵、北村村ノ北村新介ノ両国人ノ配下三十八名。別レテ十日ニ一度稽古ス。剣槍弓ヲ主トスル」



 平清水村の清水家と北村村の北村家は国人なのだな。まずは彼らを呼んで説明しようか。

総勢三十八名か、それが十日に一度稽古に来るのか。日にちとか決まっているのかな?


 やはりこの時代には、武芸が必須だな。戦場で後れを取ると死ぬからな・・・

 そう思うと、道場がメインのような建物の作りも納得だ。


 俺もウカウカしてられんぞ、ここのところ殆ど稽古してなかったな。皆が来たら稽古をつけねばならん・・・


取りあえず道場で槍をふってみた。

宝蔵院流の型だ。しばらくぶりだが何とか覚えていた。表十四本、裏十四本の型を使うと汗が噴き出た。


体が熱くなったその勢いで、門から道までの雪かきを一気に敢行した。門を出ると一定の勾配で下り、二度クランクして道に繋がっている。直接道からは門が見通せない砦風の作りだ。

道には人の足跡がひとつ付いていた。いつから積雪があったのかは分からないが、滅多に人が通らない道なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る