第2話・俺が誰かが分かった。


 さて飯も食ったし、奥の間に行ってみる。

そこには窓に向かって座机が置いてある。

正座して使う机だ。膝の上に薄い引き出しがあって、右には幅の狭い袖引き出しがある。それは俺も子供の頃に使った事のあるタイプの物だ。薄く広い引き出しを開けると紙と冊子があった。


おう!


いきなり目当ての物があった。

紐で綴じられたB六位の大きさの冊子、結構厚い冊子だ。

その表紙に「見聞録」と書かれて、左に「山中勇二郎」とある。うむ・・これが俺のここでの名前だろう。この名前は本人が考えたのだろうと思える。使った字に俺の本名に通じるものがあり、俺自身、馴染みがあるからだ。


山中というのはここの地名だろうか。この時代土地の名を姓にするのは良くあることだ。或いは単に山の中なのでそう付けたかも知れぬ。語呂も悪くないし・・まあそんな事はどうだって良い。


 肝心なのは、ここで生きていたのは俺だ。いや正確に言うとマルチワールドつまり異次元に存在していた俺だ。あの現代で生きている俺自身では無いが、精神的共有や夢や無意識を通じて繋がっていた俺なのだ。


 まあ俺の分身と言ったら良いかな。ややこしいし、今それを考えても意味の無いことだ。分かっているのは、この時代の俺と入れ替った俺は、この環境に早急に適応しなければならないという事だ。



しかし、この時代で屋敷と食料や道具を揃えるだけの銭を得る仕事を持っていると言う事は立派だ。

我ながら・・いや俺ながら・・・どっちでもいいか。とにかく大したものだ。例えそれが傭兵や山賊でも・・・


 ・・待てよ。ここが戦国時代だとしたら、山賊はともかく傭兵は本当に有り得るかもな。

 ともかく他の引き出しもみて見よう。


右の狭い二段の引き出し、その上の段を開けると墨と硯・筆、筆記用具が入っている。下の段は・・

あった。銭だ。


紐で結ばれた銭、奥には小さな巾着に入れた銀らしい小粒がある。銅銭は一枚が一文、ひと結ぶ一千枚で一貫文だな。

小粒は・・・単価が分からないな。大きさも色々だし・・・


結んだ銭が五つ、五貫文かそれとバラ銭が・・二百枚ぐらいか。それに小粒少々ってとこか。さっぱり価値が分からない・・・

まあいいや。俺にはなにがしかの銭があり、充分な食料と家屋敷、高価であろう武器も持っている。つまりこの世界では、かなりの良い暮しをしているのだ。

うん、助かったな。もう一人の俺よ、どうも色々と有難う。



 囲炉裏端に戻って、冊子を捲る。


 キター

 年号だ。


「永禄二年、正月」とある。

--------- 戦国時代確定!!(^_^;)


「コノ世ニ降リテ早一年・判明セシ事ヲ記ス」


 やっぱり勇二郎さんは、いきなりこの世に来たのだ。

永禄元年に・・・どこから来たのか知らんけれど・・・

ちょっと字に癖があって読みづらい・・俺の方がまだマシだな、同じ俺でも違うところがあるのだな。逆にちょっと安心したぞ。


「コノ地ハ、山城ト大和添上郡ノ堺ニテ所有ノ曖昧ナ所ナリ」


山城(京都府)と大和(奈良県)の県堺の山中か、添上郡ってのはあの時代の山際村のある辺りだろうか?

つまりここは、奈良県の北東部で京都府の南東部になるのか。それでこの積雪量なのだな。雪国の積雪量では無いと思っていたのが正解だったな。


実は、あの時代に住んでいた地域とあまり遠くは無い。俺にも地縁はあるって事か・・・なるほど。


 しかし南山城もだけれど、戦国時代の大和って、稀にみるほど混沌として分かりづらい地域なのね。

 興福寺や春日大社が絶大な勢力を誇り、それから筒井や越智・十市などの国人衆が猫の目のように敵味方を変えて争い、そこへ松永、畠山らの乱入がある。都に近い事もあって公家や公方の側近衆の介入もありで、まったくややこしくて手に負えない地域なのだ。

だから誰の領地か分からない所有が曖昧な山村もある訳だな。



「故ニ我ノ存在ハ黙認去レルモ、柳生ノ合力ハ欠カセズ」


 なるほど、大和北部の筒井氏と北東部の柳生氏は隣だわ。彼らに合力しなきゃあすぐに潰されるわな。

 その替わり存在を黙認されたって・・・・どう言う事?



「直近ニ法用村、大和街道・西ニ鳴川村六丁・大社マデ一里半、北ニ岩船半里・加茂一里半、東十丁南条村・須川越エテ一里半デ大柳生、南十丁柳生街道」


 ふむふむ。山の中と言っても、一里半も行けばどの方向でも町や街道に行き当たるのね。

 特に西は大和の中心地に結構近いな。大社は春日大社だろう。買い物には便利な土地柄かな・・・

 地理的なものはこれで良く分かった。近くに法用という村があるのね。



「目立タヌ事ヲ第一ニ心掛ケルモ少々ノ功アリテ、永禄二年九月・法用・鳴川・平清水・園田・南庄・北村ノ六村ノ与親トナル。三百石・徒十人役ナリ」


 え・えええええ、

 と言う事はつまり六村の領主なの・・いや小国人を与力にした寄親か・・ともかく戦では十人の足軽を率いて参戦する訳だ。

 驚いたな・・


 でも、山村の寄親って何をするのだろう・・・領主とは違うのか・・

 土地の開墾とか、水路や道の整備とかするのか?

 六ヵ村もあって三百石しか無いって、村と言うよりは集落だろう・・

 米とれるのか、こんな山中で・・・



「米モ録ニ取レヌ小村ナレバ、賊ニ備エテ戦デ死ナヌ為武技ヲ練ル事ガ主ナ勤メナリ」


 やっぱり米は録に取れねえか、そうだろうな。

賊や戦に備えて武術を練るか・・それで、あの道場か・・独り稽古にしては木刀の数が多いなとは思ったのだよね。二十本以上あるからな・・村の足軽らがここに来て稽古をするのだろうな・・


「河内ヨリ松永ガ大和ニ侵攻。ソレヲ機ニ柳生ト共ニ松永二属ス」


 筒井から松永に鞍替えしたのか。松永ってのは松永久秀だな。主(三好長慶)を殺し大仏殿を焼き・公方(足利義輝)を殺した大悪人だ。

 ま。実際はどれも違うらしいが・・・


ともかく戦があれば松永の麾下として、十人の足軽を率いて出陣するのか・・・・

 こりゃあ、喜んでいる場合じゃないな。彼らの兵糧や武具はどうなるのだろう・・・それより徒十人の超弱小な国人だ。前線に放り込まれて真っ先にお陀仏だろう。


この時代・戦は事欠かない。年がら年中戦をしている戦国時代だ。

こりゃあ、確実に死ぬな・・うむむむ・・やばい。

そんな使い捨てのペーパーみたいな人生は嫌だ。


どうしよう・・・・

このまま銭持ってトンズラするか・・・

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