戦国の超弱小国人は何を目指す
kagerin
第一章・大和
第1話・目が覚めたら知らない世界。
序章
令和三年一月二十九日
グッシャーという得体の知れない音が渦巻いている。俺の乗った車がスピンしながら何かに激しくぶつかっている音だ。未明で暗い時間だ。何も認識できないまま周囲は目にも止まらぬ早さで流れている。
ブラック・アイスバーンだった。
高原の直線道路で突如コントロールを失ったのだ。しかも前後に車が走っていたのに俺の車だけ滑って対向車線に向かって行った。
ハンドルもブレーキも利かず、為す術は無い。
(死とはこうして来るのだな・・)
と、回転している俺は思った。
そして意識を失った。
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第1話・目が覚めたら知らない世界。
ここは何処だ・・・
あの凍結した高原道路で乗っていた車がコントロールを失った。
一瞬の事だ。
車はなすべくも無く翻弄され、山や硬い物にぶつかって凄まじい音を出しながら回転していた。視界は激しく流れて死ぬのだと感じた。
その記憶はある。
だが、ここは車の中とは違う。
回りが静かな暗い闇で埋まっている。
何処なのだ・・・
次第に目が闇に慣れてきた。
そこは見慣れぬ風景だった。
黒々とした闇の中、まだ新しいと思える板壁が見える、建物の中のようだ。
上を向く。
天井は棒の様な物を並べているのが見える。竹か・・・
そのままぐるりと体を回す。
天井の真ん中あたり・丁度俺のいる上が黒く燻っている。
そこから吊られた黒い物がすぐ横まで下がっている。
自在鉤・
目の端に動く光が移る。
囲炉裏に火がある。チロチロと小さな炎が上がっている。
俺はその炎を見つめた。体に痛みは無い。だがちょっと寒い。着ているのは見慣れぬ物だ。
・・・着物だ。
着古した着物に毛皮の袖無し、下は袴だ。足袋を履いている。昔の格好だ。かなり昔の侍の格好・・・
・・刀がある。
俺の横に添うように置いている。短い脇差しだ。寝る時に置いた感じだ。
持ってみると、それはしっくりと手に馴染んだ。俺の刀だ。
俺の趣味のひとつに古武術や武具作りがある。居合・槍・弓・手裏剣に棒術を稽古して、自分で使う武器や忍具などを作った。その内の幾つかは実際に注文を貰って販売もしていた。ちょっとした武具屋だった。
だから身の回りに常に武器があるという環境には慣れている。体の横に刀が転がっていても驚いたりしない。
起き上がって囲炉裏に向かった。横に薪がある。何本かくべる。
まだ夜なのか・・何も音は聞こえない。顎を腕に預けて炎を見つめる。
さっきのあの事故は夜明け前だった。
それは、ついさっきの事としか思えない。
間の悪いことに一番気温が下がる時刻に危険な所に差し掛かったのだ。
見通しの良い直線道路、
最も速度の上がる場所だ。そこでいきなりコントロールを失ったのだ。
俺の車はどうなったのだろう・・・
後ろの車はすれすれで抜けていった。つまり単独事故だろう。グッシャーという激しい音がしていた。無理も無いあのスピードで止まるまで何かにぶつかり続けるのだ。
だが、ここは何処だ。
気が付いたら囲炉裏端で寝ていたのだ。もちろん、こんな所で寝た記憶など無い。事故の最中に意識が消えたのだ。
立ち上がって横に見えている板戸まで行き閂を外して引いた。
外は淡い白い景色だった。一面に雪が積もった薄暮だ。鳶色の空で朝が近い事が分かる。
しかしやはり見慣れぬ風景だ。
寒いので戸を閉めた。
囲炉裏端に戻ると少し炎が大きくなったようだ。暖かい・・・。暖かな炎に照らされていると眠くなった。
もうちょっと寝るか・・・
ここはいつまでも寝ていて良いようなところだ。眠くなったら寝れば良いのだ。
チュンチュンと言う小鳥が賑やかに鳴いている声で目が覚めた。
雀か・・雀は寒くなると集団になって賑やかになるのだったな。
暗い室内に一筋の光が差し込んでいる。屋根裏の煙抜きに入る光だ。
朝が明けたか・・・
朝の光で後ろの壁に窓があるのが見えた。横にスライドさせて格子状に開くタイプの窓だ。窓を開けると寒気と共に眩しい朝の光が入ってきた。
そこから見える景色は真っ白、一面の雪景色だ。白く埋もれた木々と山波が続く。家や畑・電柱やガードレールなどの人工物は見えない。
俺には全く見覚えの無い風景だ。
朝の明かりが入って部屋の様子が良く見える。
二間ほどの四角の部屋で真ん中に囲炉裏があり、右手が板戸で正面と左手が襖だ。窓の横には床の間風な一画があり、掛け軸が吊されて刀架けに刀が乗せられている。
その刀の拵えに見覚えがある。手にとってみても違和感は無い。
俺の刀だ。
俺の愛用している刀だ、間違い無い。
下げ緒は俺が好みの物に替えた。一目で俺の物と分かる。
抜いて見る。
・うむ、刀身は綺麗に手入れされている。名品という物では無いが、質実剛健と言う気がする。
刀を戻して、囲炉裏端の脇差しを再び持った。
これも一尺五寸の俺の脇差しに間違い無い。何より鐔は俺が自分で作った物なのだ。鉄板を苦労してくり抜き四つ葉の模様を付けた。転がらないように四角を基本に角を丸め墨染めをした鐔だ。間違えようが無く俺の物だ。
俺はゆっくりと抜いて見た。
やはり・・・
刀身は真剣だった。
そこだけが違う。
どう言う事だ。
ここは何処だ、いつの時代なのだ・・・
俺は脇差しを持って正面の襖を開けた。
そこは土間だった。
むこうに戸がある。右にも玄関らしい戸があり、縁が延びる左には土間を仕切る間仕切りがある。上部の明かり取りから光が差し込んでいて、ここはそう暗くは無い。
縁に降りて左の間仕切りに向かう。
そこは竈や水瓶のある台所だ。壁一面にしつらえた納戸があり、左手は奥の間に行く襖だ。
土間に戻り下駄を履いて正面の戸を開いて外に出る。
右の壁際には薪が積み上がり、その先に井戸がある。
左は湯屋だ。湯屋の焚口の前に厠がある。
井戸の向こうには大きな納戸がある。
開けてみると、弓や槍などの武具が並んでいる。
(やはり、武士の時代か・・・)
想像するに武士の館の武具蔵だ。他にも色々な物があるようだ。
厠と武具蔵の間の通路、その先の戸を開けると天井が高い広い空間だ。
壁には木刀や稽古槍などが架けられている。
つまり道場だ。
広い空間の端には材木が山積みされていて、刻みかけの木材もある。道場兼作業場或いは倉庫と言った所か・・・
建物はそれだけだ。誰も居ない。ここには俺一人のようだ。
ここは俺の家なのか・・状況からみて そうだろうな。
土間に戻って外に出て見た。
一面の雪景色だ。雪は止んでいる。
まず目に付くのが玄関の傍の大門だ。
真新しい幅二間の立派な門、その横には潜り戸もある。
敷地は千坪ほどか、
その三方は頑丈そうな板塀で囲まれている。残りの一方は山だ。山を削った切り岸が壁の様に見える。
控え柱も儲けられている板塀は、狭間もある。門といい狭間といいまるで砦のような造りだ。
そこにあった板で作られた雪かきらしき物を押して門まで行ってみる。
積雪は三十センチほどだ。板ですくって脇にどけ道を作る。門につくまでに一汗掻いた。その成果で雪かきの幅の四角い道が門まで出来た。
潜り戸を開けると緩やかに下ってすぐに右に折れる道がある。その方向は、ここよりは低く見通しが効く。
道には足跡一つ無い。
雪が降ってからは、誰も出入りしていないのだ。
腹が減った・・・
建物に戻り、台所を物色する。
納戸の一番下は瓶が並んでいる。
漬け物が二つと味噌・もう一つは・・・酒だ!
「よしっ!」
と思わずガッツポーズをしてしまった。
上の棚に並んでいる膳を一つ引っ張り出すと、中に椀と茶碗、箸に皿と湯飲みが入っていた。湯飲みに酒を汲み飲んだ。
キリッと濃い豊熟などぶろくだ。
旨い。
米もあった。しかもたっぷりとある。メッチャ多い。
これならば当分食いっぱぐれは無さそうだ。
小鍋で米を洗い囲炉裏に掛けた。漬け物瓶から沢庵を出して適当に切って皿に盛る。椀に味噌を一掬いして、徳利に酒を入れた。
ふと思いついて、小窓を開けてその明かりで水瓶に映った顔を見る。
(・・俺だ!)
見慣れた自分の顔があった。髪をてっぺんでマンガの宮本武蔵のように束ねて、無精髭が伸びているが紛れも無く自分の顔だ。
ほっとした。
実は、違う顔があったらどうしようと思った。やっぱり長年親しんできた自分の顔には愛着がある。
囲炉裏端に戻る。
チョロ火で飯を炊きながら、ゆっくりと酒を飲む。
ここには照明とかコンセントとか慣れ親しんだ文明の香りがする物が一切無い。
どうやらここは、戦国から江戸時代初期の間の日本のようだ。
そしておそらく、この建物は俺のものだろう。
確かな記憶では無いが、そんな夢を見た記憶がある。
ここは夢の中の記憶の世界。
つまりここは並行世界・パラレルワールドというものだろう。
あの事故が切っ掛けとなって、俺はこちらに来たのだ。あの世界の俺がどうなったか、またここに居たもう一人の俺はどこへ行ったのか。
そんな事は分からない。分る筈が無い。
分かりようが無いので考えても無駄だろう。
ここには住める建物があって食料も充分ある。しばらくは生きてゆくのに不自由しない。
飢えるのが普通のこの時代にしては考えられないほど恵まれている。
だが・・・
今ある食料が尽きたらどうなる?
銭はあるのか?
銭があっても何処へ行けば買えるのだ?
人家がある所までどのくらいの距離があるのか?
もっと肝心な事は、俺が誰だか分からない事だ。
確かにおれは俺だが、この時代の名前や経歴・身内や知人それに職業さえも分からない。
おっと飯が炊けた。まずは腹ごしらえだ。
飯を食ったら、奥の間を見てみよう。そこに何らかの書き付けがあるかもしれない。
それに銭だ。生きてゆくには銭が必要だ。
これ程の屋敷に武具や食料を備蓄しているのだ。それなりの銭もあるだろう。
無ければ無いで、どうするかはまた考えたらいい。
飯は真っ白い白米ではない。精米具合が違うのだろうが、こちらの方が栄養あるのだろう。
そもそもこの時代に、米のご飯が食えるだけで贅沢だろう。
米を作る百姓でも六公四民とか、酷い場合は七公三民だ。作った米のおおかたを年貢として取られるのだ。
その上に、戦だの道普請だので無闇に狩り出される。巷には悪どい代官や盗賊がうろついている。ヘタすればすぐに殺され、正義もへったくれも無い時代だ。
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