⑨原作ルートを塗り替えたい! 副題:見えざる手への儚き叛逆
彼は目を覚ました時に、自室とは違う場所にいるという事だけを辛うじて把握しただけに過ぎなかった。自分に何があったのかはよく覚えていない。家に戻って、お米を洗って炊飯器に二合セットした事は覚えている。夕食のためにだ。しかし夕食を摂った記憶はない。
ここは何処だろう。首を巡らせながら、演劇部が使うようなステージに似ていると思った。群青色の艶のあるカバーがタンス程の大きさのものを覆い隠しているのが見える。
「やぁこんにちは、哀れな哀れな仔山羊ちゃん」
正面の、何もないと思っていたところから彼に向かって声が投げかけられる。声の主はすぐに眼前に現れた。若い男、青年だった。純白のワイシャツと真っ黒なスラックスの対比が目に眩しい。首元は金色のチェーンに連なった、七つのフェルト細工めいたアクセサリーで飾られている。
「ボクの事はオイチョって呼んでくれるかな。わけあって、死せるキミの魂の、新しい転生先を担当する事になったんだ」
「え、僕って死んだんですか……」
オイチョという奇妙な名の青年に対して彼は問いかけた。そうだよ。暗さなどみじんも感じさせない声色でオイチョは答えた。むしろ楽しげでもあるくらいだ。
「家の炊飯器が爆発して、飛んできたお釜が君の脳天を砕き潰したみたいなんだ。あは、中々珍しい死に様だよね! それ、合コンとかの自己アピールになるんじゃないかな。事故だけに」
ジョークともオヤジギャグともつかぬ発言ののち、オイチョは歯をむき出しにして笑っていた。見た目のせいか、不思議と下品な感じはしなかった。
「ニンゲンの、生き物の生き死にを見ていた神様たちがさ、キミの死に様が余りにも面白いって事でね、わざわざボクが派遣されてピックアップされたんだ」
オイチョはそこまで言うと、内緒話でもするかのようにぐっとこちらに顔を近づけた。
「そういう訳で、これからのキミの転生先はボクの裁量で決定できるんだけどね……せっかくだから君の意見も聞きたいなぁって思ったんだ。どんな世界がお望みかな?」
瞬きをしながら、彼はオイチョの言葉を一言一句丹念に噛み締めた。いわゆる異世界転生の序盤と同じシーンが、今自分の前で繰り広げられているらしい。
「それって、異世界以外の場所でもアリですかね?」
「例えばどんな世界かな?」
疑問符をあからさまに浮かべるオイチョに対して、彼は二秒ほど考えてから口を開いた。
「僕が転生したいのは、『県立あやかし学園』の世界なんです」
県立あやかし学園とは、生前の彼が愛読していた小説・ライトノベルの事である。異能バトルとラブコメと学園生活に重点を置いたこの作品は、文字通り種々雑多な妖怪が出現し、人間の退魔師や陰陽師の卵と一緒に学校生活を送るという筋立てだった。
主人公は元々は凡庸な人間の少年だったのだが、大妖怪・雷獣の血を引く半妖の少年に襲撃される事により往古の退魔師の血が覚醒し、妖怪たちと渡り合う能力を得るのだ。
邪悪な考えに取り付かれた妖怪を打ちのめし時に誅殺する中で、主人公は妖怪・半妖・退魔師を問わず多くの少女に慕われハーレムを形成するというのが主だったストーリーの展開だった。異形の力や異形の存在という非日常ぶりと、凡庸だった主人公が名声と女たちの愛情を手に入れるという部分が、多くの若者の心を掴み、アニメ化・ゲーム化までされた作品でもある。
彼もまたこの作品の魅力に取り憑かれた一人だった。願わくばあの世界の主人公になりたいと、酒に酔った夜などに思う事すらあったほどだ。
「大丈夫だよ」
だからこそ、オイチョの快諾は彼にとっては福音そのものだった。しかし、オイチョは頷いたものの、意味深な含み笑いをこちらに向けている。
「だけどね、作品の世界に入り込むのなら、どのキャラにするかはこっちで今から指定するね。あ、でも心配しないで。キミはそのあやかし学園とやらの事に精通しているんでしょ。それなら、どんなキャラになっても問題ないよね!」
そういうとオイチョはくるりと背を向けた。だれも何も触れていないのに、群青色のカバーが地面に落ちる。あらわになったのはダーツ盤だった。かつて流行ったクイズ番組のそれのように色分けが施され、その区域の中には、彼の見覚えのあるキャラの名が記されている。
「それじゃ、ボクがダーツを投げて誰に転生するか決めてあげるね!」
オイチョの手には、いつの間にかダーツの矢が握られていた。気取った持ち方に見えるのは、彼が並々ならぬイケメンだからだろうか。
そう思っている間に、数メートル先のダーツ盤がひとりでに回転を始める。クイズ番組ではお決まりの展開だ。実際のクイズ番組と違うのは、回転速度が速すぎる事くらいであろう。
「主人公・主人公……」
ダーツを投擲するオイチョを見ながら、彼は主人公コールを行っていた。小さくも鋭い音が響き、矢がダーツ盤に命中した事を彼は知った。
程なくしてダーツ盤は自然に回転を終える。矢が刺さったダーツ盤を彼は凝視していた。一体どのキャラになったのか。それはかなり肝要な話であるからだ。主人公である事に越した事は無いが、主人公の周辺人物である男キャラでもまぁ許容範囲に入るだろう。それよりも、主人公に誅殺される敵キャラや、少女キャラになってしまっては大変だ。
「そ、そんなぁ……!」
ダーツの矢が刺さった名前を見て、彼は情けない声を上げた。そこに記された名は「
「ありゃま、希望のキャラじゃなかったみたいだねっ」
わななく彼を見つめながら、オイチョは軽い調子で微笑む。
「だけど大丈夫だよ。原作の知識を知っているからと言って、作中世界に入るからと言って原作通りに事が進むわけじゃあないんだからさ。それじゃ、逝ってらっしゃ~い!」
オイチョの言葉が終わるや否や、彼の足元の地面が割れ、彼はそのまま地底へと墜落していった。地底と異なるのは、トンネル状の壁が明るく淡く発光している事であろう。
※
雷園寺風牙とは、県立あやかし学園において読者のヘイトを概ね集めている悪役である。父譲りの高いスペックを受け継ぎつつも、大妖怪の風上にも置けぬような腐った性根の持ち主だった。七つの大罪のうち、怠惰以外は兼ね備えていると言えば、彼の性質が如何なるものであるか解るだろう。
風牙は結局のところ猜疑心と癇癪から手下を殺したり欲の赴くままに女をかどわかしたりするという悪事に悪事を重ね、結局のところ主人公との一騎打ちに敗れ、若い身空で誅殺されるという末路があるのだ。なおアニメではカットされているが原作によると、風牙は死後、剝ぎ取られた毛皮は退魔用の道具として売買され、残りの肉塊は細かく分断されたのちに焼却され、その灰を生ゴミとして廃棄されるという、余りにもショッキングな後日譚まで余す事無く描かれていたのだ。
もっともヘイトキャラとして名高い風牙であるが、その生い立ちの不遇さから、一部のファンからは好意的(?)な支持もあるにはある。
風牙の父は大妖怪の名門・雷園寺家の当主という大層な身分なのだが、彼の母親は人間で、しかも妾という扱いなのだ。正妻と純血の異母兄姉からは賤しい半妖として疎まれ蔑まれている。その上風牙の母は妾になる前に息子を一人設けていた。異父兄は異父兄で不気味なほど母親に傾倒しており、母が悍ましい妖怪の妾になったのは風牙のせいであると思い込み、やはり異父弟を憎んでいたわけだ。
半妖は迫害されるという物語は確かに多い。しかし一介の悪役と言えど、ここまで不遇に不遇を重ねたような物語がかつてあっただろうか? そう思う層が一定数のファンが、風牙を憐れんだ。何となれば、その思いが募って彼が幸せな暮らしを行えるような二次創作に手を染めた輩もいるくらいだったのだ。
……せっかく憧れの世界に転生したというのに、くじ運の神は微笑んでくれなかったらしい。県立あやかし学園のキャラは多くいるというのに、よりにもよって(公式の)作中であそこまで憎まれ、死に様すらも嘲笑で冒瀆されるようなキャラになってしまうとは。
しかし長いトンネルを落下しながらも彼は考えていた。オイチョが言ったとおり、次の世界が必ずしも原作通りになるとも限らないのだ。現に二次創作では異母兄姉らとも異父兄とも正妻とすらも和解するようなエンディングもあるではないか。こちらには知識がある。やってはいけない事が予め判っているのだ。それに――不遇を覆すというのも中々エキサイティングではないか。そう思っているうちに、底が見えてきた。
かくして「彼」は雷園寺風牙として生を享けたわけである。彼が、風牙が初めに県立あやかし学園の世界に降り立った事に気付いたのは赤子の時だった。赤子の頃から前世の記憶を保有し優位に立てるというのは、何も考えていない事が丸わかりな、愚劣なる作家気取りが垂れ流す作文にはありがちな設定である。しかしもちろん、風牙にはありがたい事ではあった。何事も先手を打つ事が肝要だからだ。
しばらくのうちは乳幼児の肉体であるから派手な事は出来ないだろう。しかし対策を練る事は出来るはずだ。
歳月は流れ、原作開始まであと五年という所まで至った。さすがに県立あやかし学園には、風牙の幼少期まで言及されてはいない。しかし風牙は彼なりに原作知識を思い返し、そこから逆算して破滅を回避しようと奮起していた。
原作の流れでは、兄姉らを筆頭に周囲から虐げられ、しかしそれを跳ね返すだけの胆力が無かったが故に心が歪み、力に頼る邪悪な存在に成り果てたのだ。
それを回避するにはどうすれば良いか――簡単な話だ。心を鍛え、尚且つ異母兄らや異父兄らに虐められないように立ち回ればいいのだ。風牙は幼く雷園寺家では地位の低い存在だったが、その代わり前世の記憶をほぼ丸ごと継承している。異母兄だのなんだの言っても、向こうは所詮は小中学生に毛の生えたような子供に過ぎない。ひるがえって風牙は前世の記憶も加味すれば精神年齢は二十を超えているのだ。それに元々は弁論に長けていたような気もする。ともあれ、単にプライドが高いだけの子供らに取り入るなど、簡単な物だった。
前置きは長くなったが、ともあれ風牙は半妖、それも妾の子ながらも幸せな幼少期を過ごす事に成功した。異母姉に懐いた素振りを見せると、半ばなし崩し的に異母兄らも彼の事を認めるようになった。その一方で父や父の従者に頼んで稽古付けに励んだために、実母を盗られたと、嫉妬と鬱屈を抱えていたはずの異父兄(彼は食客として屋敷に逗留していた)も、彼をないがしろにはできなかったのだ。
――ああ、本当に原作知識と年の功が役に立ったぜ……
比較的年の近い異母兄と戯れつつ、風牙は密かに思った。原作は未だ始まっていないが、今自分が父母のみならず兄姉らに可愛がられているという事からしても、既に原作のくびきを逃れていると言えるだろう。
――このまま行けば、原作の流れなど気にせずに、面白おかしく暮らせそうだな。十二年間頑張って明るい展望のある未来への布石を掴めたし。原作に突入しても何も怖くないぜ
「どうしたんだい、風牙?」
「ううん、何でもないよ、お兄ちゃん」
不思議そうな様子だった異母兄に対し、風牙はあどけなさの残る、愛想のよい笑みを見せておいた。雷園寺風牙はこの時まさに幸せの絶頂だった。出自ゆえに家にこもりがちなのだが、先日妖狐のお姫様に当たる美少女・伏見塚もみじという娘と色々あって友達になる事が出来たのだ。金髪金瞳の狐らしい特徴を持つ彼女は、何を隠そう県立あやかし学園のメインヒロインだった。
いよいよ気ままに暮らしだした風牙が今一度原作知識を気にするようになったきっかけは、一人の妖怪少年との出会いだった。彼は風采の上がらない化け狸の男の子だったのだが、原作知識を網羅している風牙をもってしても、彼が何者であるかは解らなかった。
とはいえ、彼の素性が気になったのも初めの数分間だけだった。よくよく考えれば、県立あやかし学園という小説も、文庫本で二十三冊分という長編ではあるが、作中世界のすべてを網羅している訳ではない。であれば、作中で登場しないキャラやイベントがあっても不自然ではなかろう。それにそもそも、自分は既に雷園寺風牙として生きつつも、原作の彼と違って幸せな道を歩み始めている訳だし。
「ぼ、僕は鳴門川 玄夢って言うんだ……風牙、君。できれば友達になってくれれば、う、嬉しいな」
鳴門川君は、臆病だと定評のある狸らしく、おどおどした様子で問いかけてきた。良いよ。子供らしい無邪気さと傲慢さをまといながら風牙は頷いた。もみじと仲良くなれた事には満足している。しかし男友達もそろそろほしいと思っていたころだったのだ。すっかり骨抜きになった異母兄たちは、確かに風牙が望めば構ってくれるし遊んでもくれる。しかしそれでもやはり、同年代の友が欲しかった……彼はこの時、自分が前世での年齢も加算してオトナぶっていた事を確かに棚上げしていたのである。
風牙はこれを皮切りに、少しずつ彼を中心とした男女混合のグループを形成し始めていた。彼がリーダーとなる事は無理からぬ話だっただろう。風牙は齢十二の子供だったが落ち着き払って貫禄もあり、尚且つ威張るような気配もない。半妖だという本来ならばマイナスの要素も、努力によって得た妖力の多さに皆はひれ伏し、半妖でありながらそこまでの力を得た事を称賛すらしていた。
未だ色恋を知らぬ少女たちが無邪気に風牙にすり寄るのを、彼は内心を覆い隠しながら迎え入れていた。色とりどりの美少女に囲まれるのはまんざらでもない光景だったが、こちらに色欲がある事を見せるのはもう少し後でも良いだろう、と。
※
風牙の放った雷撃は、扉ごと扉の鍵を破壊した。室内へと飛んでいく扉の残骸をものともせず、風牙は大股に建物に入っていく。今日は単騎でガサ入れを行っていた。誰かに命じられたとか、仕事だからとかという訳ではない。友達にしてヒロイン候補の一人、もみじがかどわかされた為だ。柄の悪い組織である事は既に解っていたし、件の組織も原作には登場する事は知っていた。しかしもはや原作のくびきは風牙には無いに等しい。そもそも正しいルートを辿るのならば、彼はこの組織の若き長に収まっているはずなのだから。
「もみじ! 大丈夫かもみじ……!」
襲い来る組織の連中をのしながら、風牙は声を上げ、先に進んだ。
奥まった部屋にもみじはいた。彼女は憐れにも大型犬用のゲージに入れられ、足首を鎖で繋がれている。怯え切って丸まっていたが、特に目立った外傷はない。
駆け寄った風牙は、そのままもみじが閉じ込められている檻と鎖を破壊し、彼女を解放した。手に手を取って逃亡しようとしたその時、思いがけぬ事が起きたのだ。
「雷園寺さん。こっちで上手くやろうと思っていたのに、勝手な事をなさってくれましたね」
静かな怒気を笑いで押し隠しながら語ったのは、誰あろう鳴門川玄夢だった。もみじの手がぶるぶると震えるのを感じる。
「いったいどういうつもりだ、鳴門川」
「どうもこうも、僕は仕事をこなそうと思っていただけですよ」
周囲を見渡しながら、鳴門川は欧米人らしく肩をすくめた。
「あなたがしゃしゃり出てこなければ、こちらで上手く事が――」
鳴門川は最後まで言い切る事は無かった。その前に、風牙の拳を顔面に受けていたからだ。
「いったい何の怨みがあって、この、イレギュラー野郎が!」
気付けば風牙は鳴門川に覆いかぶさり、その頭や胸や腹などを殴りつけていた。くぐもった悲鳴と血の間から、弁明じみた言葉が漏れ出ている。しかし風牙はそれに拳で応じるのみだった。
――この薄汚い狸風情が、ヒロインのもみじ様を窮地に追いやるなんて。赦すわけにはいかねぇよ
もみじ嬢がこの邪悪な組織に囚われるという展開は、過去回である事を風牙は思い出していた。自分は原作の動きを回避して円満な生活を送ろうとしたはずだった。だというのに、このモブ狸は、それをことごとくぶち壊してきたんだ。イレギュラーの陰キャには、相応のしつけが必要だ。
雷撃の術も忘れて狸を殴っていた風牙は、憑き物の落ちたような表情で立ち上がった。狸が動かなくなったから殴打を辞めたのではない。拳が痛み、所々血で滲んでいる事に気付いたためだ。
「もみじ、大丈夫かい……」
狸の返り血を一顧だにせず、風牙は笑う。もみじは心底怯え切った表情で、尻尾を垂らしたまま後ずさるだけだった。
「風牙、貴様一体なんて事をしてくれたんだ」
夜。戻って来るなり家族会議が発生した。内容は、風牙の狼藉に対する糾弾である事が、何故か既に決まっていた。
皆から晒し者にされるような位置に座するしかなかった風牙は、父と二人の母、そして異母兄姉らの射殺すような視線を全身で受けねばならなかった。
「三十分前、鳴門川 玄夢君が亡くなったと連絡があったんだ――心当たりは、あるな」
「あいつは死んで当然だったんだ!」
たまりかねて風牙は叫び、ついで鳴門川が行っていたであろう罪状を口にした。あいつは伏見塚さんを見世物小屋に売り飛ばそうとした組織に通じていたんだ。殺してしかるべきだったんだ、と。
父は納得しなかった。それどころか、顔を真っ赤にして一喝する始末である。
「鳴門川君はな、あの組織を潰すために手引きしていただけに過ぎないんだ。スパイとして従業員の一人となり、我々に出撃のタイミングを教えるために、わざわざ危険な任務を知ったうえで引き受けてくれていたんだ。
風牙よ、鳴門川君の気持ちをよく考えてみろ。親友で慕っていた伏見塚嬢が囚われの身になっているのに、自力では助け出す事すらままならぬ歯がゆさを。友と思っていた貴様に、一方的に殴打され、聞く耳を持ってくれなかった無念さを」
――お前には失望した。父の小さな声が、風牙の耳に入り込み、そのまま臓腑を切り裂くような感覚を抱かせた。血に飢えたけだもの、狸殺し、一家の恥さらし……日頃は優しかったはずの兄姉たちや正妻さえもが風牙をなじり始めている。気弱な妾たる実母だけが、ぶるぶると震えたり困り果てたような表情を浮かべたりしているだけだった。
「うるっせぇんだよ、この畜生共が」
風牙は右手で畳を打ち叩いてから、威勢よく立ち上がった。
「こちとら十何年もかけて、破滅ルートをどうにか回避しようと躍起になってたんだ。それなのに、イレギュラーのモブを一匹殺したくらいで、何でこうも騒がれなきゃあならないんだよ」
立ち上がった風牙の両手と尻尾は、無数の稲妻に取り巻かれていた。
※
〈現世 某シアター室にて〉
数百人はやすやすと収容できそうなシアター室の座席は、たったの二つしか使用されていなかった。一人は首元を七つ一組のファーボールで飾る色白の青年。もう一人は、すらりと背の高い、浅黒い肌の青年だった。
二人はポップコーンだのチュロスだのを口にしながら、銀幕に広がる映像を眺めていた。映画らしく物々しいが、要は県立あやかし学園のアニメを、二人で貸し切って放映しているだけに過ぎない……もっとも、これは公式ではなくて原作からの展開から乖離した二次創作ではあったが。
「ねぇヤツガシラ君。確かこの作品の雷園寺君って、君がプロデュースした子だよね?」
「そうだよ。原作通りになるのが嫌だって駄々をこねてたけどね」
そうかぁ……浅黒い肌の青年はわざとらしく息を吐き、それから名状しがたき笑みを浮かべた。
「その割にはさ、性格とかあんまり原作と変わらないよね?」
青年の言葉にヤツガシラは何も言わず、画面を注視していた。画面の向こうでは、悪鬼の形相を浮かべる伏見塚もみじの狐火によって、焼き殺されている最中の雷園寺風牙の姿が映っていた。
この作品では、雷園寺風牙は友を殺し親兄弟を殺し……半ば狂った存在として主人公勢と敵対していたのだ。
原作ルート回避:原作世界に主人公が転生という形で介入する物語で見聞きする事が可能。元々は既存の商業誌による二次創作で散見されたが、現在では一次創作でも架空の作品を用意し、その中に介入するスタイルをとる。
そういう手合いの作品では原作の展開を知り尽くした存在が転生して主人公となる話がほとんどであるが、中々に疑問が募るジャンルでもある。(作者註)
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